8 投資先を占う
「信じていただけないかもしれませんが、私の師匠は魔女で、私はその弟子です」
たっぷりの沈黙。まあ、そうなるよね。なにしろ魔法使いは絶滅寸前だもの。
「と言っても私は魔女としては出来損ないです。師匠に教わった魔法は何もできませんでした。見た目もそう。優秀な魔法使いは男女を問わず黒髪なのですが、私の髪はこんな色です。でも、私には師匠にない力があって、今はその力を使って生計を立てています」
レクスさんは整ったお顔を唖然とさせたまま私の顔を見ている。魔女とは暮らせないから出て行けと言われないことを祈るばかり。
かなりの間を置いて、レクスさんがやっと声を出した。
「ええと……驚いたよ。色々聞きたいけど、意外過ぎて何を聞いたらいいかもわからないな。落ち着くまで、僕の話をするね。それと、君の亜麻色の髪は美しいと思う。こんな色なんて言わないで。ところで、ニナは貴族が今どんな状況にあるか知ってる?」
「状況……。いいえ、知りません」
そこからレクスさんが貴族の状況を話してくれた。
エルノーブル国に限らず、各国の貴族は経済的に追い込まれているという。
産業が機械化されてから地方の人々は仕事を求めて大都市に集まり、農村は人が減って貴族の領地収入が減り続けているそうだ。
「僕の実家はローゼンタール伯爵家なんだけど、ご多分に漏れず貴族としての体裁を保つ資金に苦労している。困窮している貴族が跡継ぎと裕福な平民の娘を結婚させて、持参金を当てにするのは珍しくない。そういう花嫁を揶揄してマネープリンセスと言う人もいる」
レクスさんは伯爵家の人だった……。
「貴族という身分は豪華なアクセサリーと同じだ。見せびらかせても腹は膨れない。別荘や邸宅を裕福な平民に貸し出して家賃収入を得ている貴族もいる」
貴族が平民に家を貸す? クリスタル山脈みたいに高い誇りも捨てざるを得ない状況なのか。
「僕の本業は学者で、専門は比較文学。自国と他国の文学を比較して文化的背景や思考の比較を……まあ、そんな感じ。それは全然収入にならないから、いろんな事業に投資して配当を得て暮らしている」
「田舎育ちで平民で出来損ないの魔女の私と、貴族で学者で投資家で小説も書けるレクスさん。同じお城に住んでいても、私たちは全く違う世界で生きているんですね」
「僕は学者だから、ニナが出来損ないかどうかは検証するまで保留にするよ。僕が知っている君は、きれい好きで働き者でしっかり稼ぐ有能な人だ」
そう言ってレクスさんのメガネの奥の目が細くなった。レクスさんは笑うと別人みたいに優しい雰囲気になる。
レクスさんのお皿が空だ。私の料理を気に入ってくれたらしい。
「今日はお客さんがたくさん来たの?」
「はい。それと、貴族のお客さんが規定よりもたくさん払ってくださったんです」
「そう……。相手にもよるけれど、貴族のことでなにか面倒なことになったら相談して。力になるよ」
「ありがとうございます。ここに住んでいいよと言われた時から言おう言おうと思いつつ言っていませんでしたが、レクスさんは優しいですね」
「え。いや……」
レクスさんが赤くなった。
優しいと思ったのは本当でお世辞じゃないし、貴族は誉め言葉には慣れているんだと思ったのに。意外。
「ニナは占いと失せ物探しの他にはどんなことができるの?」
「それは……」
記憶が見えることは言いにくい。自分の記憶を見られるのかと心配するだろうし、実際、レクスさんの心の傷を見ちゃったし。
「それはおいおいに。失せ物があったらすぐ言ってくださいね。大家特権で無料です」
「おっ、すごい。占いは?」
「占いも無料です」
「プロの占い師に無料で見てもらえるのか。その特権、いいね」
「占いは恋占いだけじゃありません。なんでもどうぞ。よく当たりますから」
楽しげに笑っていたレクスさんが何かを思いついたらしく、スッと真顔になった。
「今、投資したい先が二つあって迷ってるんだけど、そんなのも占える?」
「できます」
「じゃあ、本当に占ってもらいたい。ダンテ鉄道とミーガン鉄道、どっちに投資したらいいかな」
「では手をお借りします」
「手?」
「はい。レクスさんの手に触れて占います」
レクスさんが少し困った顔になった。他人に触れられるのは苦手なのかな。
「レクスさんの手を私の手で挟む形です。もしそれが苦手でしたら……」
「いや、平気だ。お願いします」
レクスさんの隣の椅子に移動して、レクスさんの右手を私の手で挟んだ。
「ダンテ鉄道とミーガン鉄道のことを思い浮かべてください。知っていることをできるだけ全部。担当者のこと、会社のこと。なんでもいいです」
「わかった」
レクスさんの手から記憶が入ってくる。数字が多い。でもそれ以外にもぽつりぽつりと男性の顔や、会社の建物の外観や内部の様子、地図に描きこまれた線路などが見えた。
その中にパーティーの記憶があった。黒目黒髪の恰幅のいい男性がパーティー会場でスピーチをしている。レクスさんはそれを聞いているんだけど、同時に周囲のヒソヒソ話も耳に入っていた。かなり小さな声だ。
「あの住宅街のトラブル、どうなった?」
「もめてますよ。社長は値引きしてでも黙らせろって言うけど、無理っぽい」
「俺の方もトラブル続きでさあ。こんなパーティーをやってる場合かって話だよ」
「僕は転職するかもしれない。今回のトラブルが新聞に出る前にさっさと……」
人間の耳は雑音の中でも聞きたいものを選んで聞く。それ以外の音や会話は聞こえていないし覚えていないと思い込んでいるが、実は聞いているし覚えている。ただ、記憶の引き出しの中にしまい込まれているから、覚えていないと思い込むのだ。
レクスさんの手を放し、質問した。
「ミーガン鉄道の経営者はどんな人ですか? 外見とか人柄とか」
「そうだなあ。会ったことは一度しかないけど、よく言えば剛腕、悪く言えばワンマンな人だよ。彼がいるからこそ、ミーガン鉄道は一気に成長したんだと思う。外見は、体格が良くて黒髪黒目。声が大きい、かな」
おそらくあの人だ。
「ミーガン鉄道のパーティーに参加して、経営者のスピーチを聞きました?」
「なんでわかるの?」
レクスさんが本気で驚いている。
「占いでわかりました。では、どちらかを選ばなければならないのなら、ミーガンではなくダンテ鉄道にしてください。選択肢がいくつもあるならダンテ鉄道が一番かどうかはわかりませんが、その二つなら、ダンテ鉄道で」
「ふうん。今、勢いがあって利益を出しているのはミーガン鉄道の方なんだけど」
「そうですか。でも、私に言えるのはそれだけです。食器を洗いますね」
「僕も手伝おう」
食器を洗えるの? 伯爵家のご令息は、着替えさえも手伝ってもらって育つんじゃないの?
「あ。食器を洗えるのか疑ってる? 食器くらい洗えるさ。面倒だから買った包みから食べてるだけだよ」
「そうでしたか。では私が洗うので、すすいでください」
「了解」
びっくりした。読心術が使えるのかと思ったわ!