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78 何もないから!

 駅からアシャール城に帰ると、もう午後四時を過ぎていた。

 レクスさんが出迎えてくれて、フランチェスカさんの話を少しだけした。

 依頼の内容は話さず、「魔法使いはお金で動く処刑人ではない」と伝えたことだけを話したのだけど、レクスさんは二度瞬きをした。

 感心したような表情で「ニナのそういう誇り高いところが、僕にはとても眩しい」と言われた。

 受け取り方がいい方向すぎる気がした。そんな立派な人間じゃないのに。

 

 出かけている間に私宛ての電報が二通も届いていて、コリンヌさんが働いているキッドマン子爵と大奥様の鍵の探し物をしたグランデル伯爵家から仕事の紹介があった。紹介先はどちらも貴族で、失せ物探しの依頼だ。


「すっかり貴族の間で評判になったね」

「失礼のないように気をつけないと」

「貴族のときだけでも僕が同行しようか? いや、ダメだな。貴族の関係者がいると知ったら客側が用心する。やめておこう」


 思いついて諦めるまでが早い。


「そうだ、兄がラグダールのホテルで支配人を務めることになったんだ。しばらくは家族ごとそちらに住むらしい。義姉あねの父親が手掛けているホテルでね。オープン前に関係者を宿泊させて、従業員の訓練を兼ねてアンケートを取りたいらしい。僕も泊まりにおいでと言われているから、フレッドを連れて一緒に行かない?」

「平民の私とフレッド君が一緒に行って、レクスさんとマクシミリアン様が困りませんか? 大丈夫?」

「大丈夫。兄のお嫁さんは平民出身だから」

「そうですか。では連れて行ってください」


 マイヨールの裁判はもうすぐ開かれる。それで有罪が確定したら、自宅謹慎になっている美術館職員の記憶を削除する手はずだ。有罪が確定するまでは、職員たちは記憶を削除されることへの拒否感が強いだろうというのがスパイクさんの判断だ。それまで、私に予定されている仕事はない。

 キッドマン子爵家とグランデル伯爵家に紹介された仕事はすぐに終わるだろうから、ラグダールには行ける。伯爵家の跡継ぎが支配人を務めるなら、きっと高級なホテルなんだろう。


「あの金色の棒は拓本を取ったから、棒自体は魔法協会に預けるつもり。僕の敷地内で見つかったものだから、貸し出しって形になった。スパイクさんが所有するのかと思っていたけど、魔法協会は良心的だね」

「協会がっていうより、スパイクさんが良心的なのかもしれませんね」

「そうか……。うちは明日の日中に電話の工事が入るよ。ニナも仕事先に電話を引くことを知らせていいからね」

「ありがとうございます。私が家にいる時間限定でかけてもらうようにしますね」


 ついにアシャール城にも電話が引かれるのか。全館暖房、シャワーに電話。アシャール城はどんどん近代化されていく。


「レクスさんの本はまだ発売されないんですか?」

「あの本は来月発売だよ。タイトルはそのとき教えるね」


 なぜそこまでタイトルを隠すのか。食い下がる理由もないから黙ってうなずいた。

 窓の外を見ると、糸杉の小道をフレッド君がジェシカさんと歩いてくる、どこかに出かけていたようだ。


「おかえり、フレッド君」

「ただいま。バスにのったぜ!」

「レクスさんからたまには出かけておいでと言われたので、小動物公園に行ってきました」


 私は知らなかったが、学校が集まっている地区に小動物を集めた公園があるそうだ。


「ウサギとニワトリにえさをやった!」

「楽しかった?」

「まあまあだぜ。ししょうのヤモリみたいにはできなかった」


 従属魔法をかけようとしたのか。それまだ教えてないよ。

 私が苦笑しているとレクスさんが旅行の話をした。フレッド君は「オレはニナといっしょならいってもいい」みたいな返事をして、レクスさんを苦笑させた。


 フレッド君はしょっちゅう大人を苦笑させるんだけど、憎らしいとは全く思えない。その言い回しさえも可愛いと思ってしまう。こういう子が大人になると女性が群がるモテ男になるのだろうか。若者になるまで引き続き観測したい。

 台所の椅子に座ってお茶を飲んでいたら、ジェシカさんが「ちょっとちょっと」と目を輝かせて近寄ってきた。


「観光地のホテルに三人で行くの? 部屋に三人で泊まるの?」

「さあ。どうかな。部屋のことまではわからない」

「レクスさんとお付き合いを始めたんでしょ? 同じ部屋に泊まるのよね? フレッド君も連れて行くの? 私がここに泊まってフレッド君の面倒を見てもいいわよ」

「さっきもう話をしちゃったからそれは可哀想でしょ?」

「ねえねえ……」

「何もないから!」


 ジェシカさんが何を聞きたいのか言われなくてもわかった。ジェシカさんは「なんだ。ずいぶんのんびりね」と呆れたようにつぶやく。「急いで親しくなってダメになるのが怖い」と答えようとして、それはジェシカさんへの嫌味になってしまうなと気づいて口を閉じた。


「ま、すぐ仲良くなってダメになった私に言われたくないか」

「そういうつもりじゃ」

「わかってる。ニナさんは女性独特の『私のほうがあなたより上よ』ってのをやらないよね。それがとても清々しいけど気をつけて。女性の中にはそれ、お高くとまっていると思う人もいるから」

「ああ、それなら村で言われたことある」

「モーダル村みたいな田舎でも? 女同士は面倒よね」


 私からすると若いメイドがたくさんいる職場で働いていたジェシカさんは、女性の海を悠々と泳げる人に見えるのに。やっぱり面倒だと思うんだね。

 急にマクシミリアン様の奥様と顔を合わせるのが憂鬱になった。伯爵家に支援できるような、高級ホテルを経営するような大金持ちの家のお嬢さんだった人に、私は受け入れてもらえるのだろうか。


 貴族の方々とは「生きている世界が違う」と思えば何を言われても割り切れたけど、同じ平民という枠の中にいても育った環境が大きく違う場合は、どうしたらいいんだろう。やはり別世界の人と想えばいいのかな。

 そんな気持ちで旅行までの日々を過ごした。


ホテルについては「 21話 ローゼンタール伯爵家の食事会」に。

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― 新着の感想 ―
将来確実にモテ男のフレッド君、小動物公園へ一緒に行ったのがニナだったら きっともっと楽しかったかもね。
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