71 有能なスカウトマン
なんだかんだで公園での仕事を続けて休んでいた私は、知らせの鳥たちが集まった日から公園に復帰している。
コリンヌさんも心配してくれていただけでなく、あのキッドマン子爵夫人も「ニナの無事を確認したら知らせるように」とおっしゃっているそうだ。私のことを心配してくれるなんて、ありがたい。
八月に入り、暑さも陽射しも最高潮の今日、ベンジャミン君が公園に来た。
今日知ったのだけど、ベンジャミン君は十九歳で王立学院の1年生だった。
「ニナはここで相手の記憶を見て、失せ物を探したり恋占いをしたりで稼いでいるのか」
「そうよ。ね、ベンジャミン君は私が特別な力を持っているって、どこでわかるの?」
「君の周囲の空気が揺らめいている。そしてあのちびっこ魔法使いからはキラキラした光が漏れ出ていた。アシャール城を覆っている魔法もキラキラしてるよ。魔力を奪う魔法だと知らなかったから、怪しくも美しく見えた」
「へえ、キラキラしているんだ? ベンジャミン君、私、お昼ご飯を食べたいんだけど、あなたも何か買ってきて一緒に食べない?」
「そうする」
ベンジャミン君が自分の昼食を買ってきて、二人で食べながら話をした。
「僕は父の言うことを鵜呑みにして、魔法に何の興味も持たずに生きてきた。でもさ、知れば知るほど魔法は面白いな。科学が大幅に進歩している時代に、魔法だよ? 逆に面白い」
「逆って言わないでよ。魔法は素敵よ。この前なんか知らせの鳥が四十羽以上も魔法協会に集まって、壮観だったの。協会長さんは同時に四十人以上と会話していたわ。電話よりも便利じゃない?」
「なにそれ面白そう。詳しく教えてよ。そもそも、僕が通報した美術館の宝石の件はどうなってるのかな? 僕には進展を知る権利があると思うんだよね」
確かに。私の口から勝手に事情を話すわけにいかないから、スパイクさんに相談することにした。
「魔法協会に行ってみる? 協会長が教えてもいいと判断すれば教えてくれると思うけど、ダメと言われたら諦めてね」
「行くよ。ぜひとも行ってみたい。協会長にも会ってみたいな。どんな人だろう」
歩いていこうと思ったけど、ベンジャミン君が「料金は僕が払うから」と言って、馬車タクシーに乗ってあの集合住宅に向かった。
馬車タクシーは二人乗りで、一頭引き、車輪は二つ。乗客の後ろに御者さんが立ち乗りして、馬の手綱を取っている。モーダル村にはなかった乗り物だ。
「へえ、ここか。海軍提督の屋敷だった建物だね」
「知っていたの?」
「パロムシティの生まれなら知ってて当たり前の建物だよ」
急に訪れた私たちに受付の女性は優しく対応してくれて、無事スパイクさんに会うことができた。
「魔法協会長のスパイクです。初めまして。あなたがあの手紙を書いてくれたんですね。あなたのおかげで事件が発覚しました。お手柄でしたね」
「あのぅ、スパイクさんは魔法使いなんですよね?」
「そうです」
「魔法使いになるには、試験があるんですか?」
ん? 君は何を言い出したのかな?
スパイクさんは目元に笑みを漂わせている。ベンジャミン君の魔力に気づいたわけじゃないよね? 前に魔力の鑑定はできないって言ってたもの。
「試験はありません。ある程度以上の魔力を持っていて、本人が魔法使いになる意欲を持っていればいいんです。他にも、いわゆる普通の魔力がなくても、ニナのように特殊な能力を持っていて協会に認定されれば魔法使いになれます」
そこで私は彼をここに連れてきた身として、口を出した。
「ベンジャミン君、今日は事件のことを知りたいから来たんじゃなくて?」
「それもあるけど、協会長さんにお会いしたらちょっと考えが変わった。魔法協会はこんな高級集合住宅に場所を構えていて、スパイクさんはとても上等なスーツを着ている。魔法使いって、僕や父が思っているよりもいい職業なのかもと思えてさ」
私とベンジャミン君のやり取りを聞いていたスパイクさんが、机の上で両手を組み合わせ、嬉しそうな顔をしている。協会長としては若くて優秀な魔法使いは大歓迎ってところか。
スパイクさんが笑顔でベンジャミン君に質問した。
「ベンジャミン君は魔法使いになりたいんですか?」
「ここに来て、なりたいと思い始めています。僕は魔法にかけられた人や物を見分けられる力があります。美術館の職員が全員魔法にかけられているのを見て、宝石商の父に宝石の鑑定を頼んだのです」
「ほう。そんなきっかけがあったのですね」
「ニナが住んでいるアシャール城にかけられている魔法も見えました」
「ほほう。実に興味深い。詳しく話を聞かせてもらえますか?」
スパイクさんがご機嫌だ。
ベンジャミン君が子供の頃の話をした。最初に自分の能力に気づいたのは、父の店で買い取ったアンティークの宝石付き腕時計だそうだ。
「僕が見抜いたのはそれだけじゃなくて、他にもいくつかありました。そのどれもが『呪い』みたいなものをかけられていました。父はどこかに依頼して、それらが魔法による『異性避けの腕時計』や『異性を魅了する指輪』であることを調べ出すのです。そしてそれを承知で求める人に売っていました。父はそんな経験のせいで、魔法使いにあまりいい印象を持っていません。だから僕に特殊な力があっても、そっちに進むな、店を継げと繰り返しています」
スパイクさんは温和な表情で「うんうん、昔の魔法使いはその手の依頼を受けることが多かったですからねえ。アンティークなら、そんな品もあるでしょうねえ」と相槌を打っている。
「お父様のお気持ちはよくわかります。ご自身が仕事で成功していればなおのこと、あなたを魔法に近寄らせたくないのでしょうね。ですが、宝飾店を継いでも副業として魔法使いになることはできます。あなたの稀有な能力を必要とされるときだけ参加する、というやり方もあるんです」
「そんなやりかたもあるんですか!」
「もちろんです。まずは魔力の鑑定を受けてみませんか? 修行をすれば宝飾店の仕事にも必ず役に立ちます。お父様の説得は私が引き受けてもいい」
なんだろ。スパイクさんがすごく有能なスカウトマンに見える。ベンジャミン君は頬を紅潮させて、すっかり乗り気だ。
私は仕事に戻ったけれど、ベンジャミン君はスパイクさんとロルフミルク店に行くことになった。
そして私が仕事を終えて帰る頃にベンジャミン君は「ニナさぁん!」と走ってきた。
「僕、結構魔力があるんだって。片目が山吹色のおじいさんに鑑定してもらったんだよ。すごいねえ、首都にはいろんな魔法関係の人がいたんだねえ。それでね、明日の魔法協会の評議会に、僕も見学で参加していいってことになった! それを見てから協会に所属するかどうか決めればいいって!」