70 スパイクさんと知らせの鳥たち
私が「スパイクさん……」と声をかけると、スパイクさんが「ここではちょっと」と言って手のひらを立てて私を黙らせた。
殿下はこれから警察側と話し合うのだそうだ。
「マイヨールの記憶をどうするかは、少し待ってくれ。スパイク、この後を頼んでいいか」
「もちろんです。ニナ、協会まできてほしい」
「はい」
私たちはフレッド君と合流して、魔法協会の会長室に向かった。
スパイクさんは忙しくあちこちに知らせの鳥を送り、小鳥が次々と現れた。
最終的に広い執務室には四十羽を超える小鳥が現れ、その中には師匠の小鳥もいた。
小鳥たちは部屋の中をクルクル飛んで回ったり、ソファーやテーブルに下りていたりしているが、全部の小鳥がスパイクさんに目を向けている。
私はずっと、知らせの鳥は一対一で使うものだと思っていた。
でも本当は、魔力さえ豊富なら同時に多数の相手とやり取りできるんだね。
フレッド君は「すっげえ」と言って、部屋中にいる小鳥たちを見回している。
スパイクさんが卓上のベルをリンリンと鳴らして、小鳥たちの注目を集めた。
「皆さん、お忙しいところ急遽お時間をいただき恐縮です。今回、皆さんの判断が必要な事件が起きました」
スパイクさんはマイヨールの事件の要点を説明した。
マイヨールは記憶に干渉できること。
その力で美術館職員に嘘の記憶を差し込んだこと。
職員に殿下を悪人と思わせ、職員にとがめられることなく宝石を偽物とすり替えたこと。
当人はすでに逮捕されていること。
「マイヨールは魔法協会の会員ではありませんが、近年の魔法協会の判断基準で言えば、あれは魔法です。魔法による悪意ある行動を取った彼に対して、皆さんの判断を伺いたい。魔法協会として彼にどのような処罰を与えるか、次回、判断をお願いします。期日は一週間後。この時間に。意見が分かれた場合は、もう一度評議会を設けます。以上です」
スパイクさんの言葉が終わると、一羽を残して小鳥たちは次々と姿を消した。
残ったのはラングリナ師匠の緑の小鳥だ。
『スパイク、この事件にニナが最初から関わっているんだろ?』
「そうです、ラングリナ。記憶に干渉する能力を持っているのはニナだけなので。王家からのご要望です」
『そうかい。王家からの……。初っ端からずいぶんな事件に関わったものだね。ニナ、聞いているんだろ?』
「はい、師匠」
『評議会の決定によっては、ニナはつらい作業を任される。嫌なときは断っていいんだ。古株の魔法使いが何らかの方法で引き受けるさ』
「はい」
『フレッドもいるのかい?』
「いる!」
『フレッド、何かあったら私にペンギンを送りなさい。夜中でもいい』
「わかった」
『じゃ、スパイク、くれぐれもニナがひよっこだということを忘れないでおくれ。絶滅寸前の貴重な魔法使いを使い潰すんじゃないよ』
「承知しました」
集合住宅を出てから、レクスさんにお願いをした。
「ここのところずっと仕事を休んでいるので、私は公園に寄ってから帰ります。一人でも二人でも占いをしたいんです」
「わかった。僕たちは公園までニナを送ったら帰る。今日もアシャール城の魔法解除を頼めなかったね」
「この件が片付いてからにしましょう」
「ニナ、げんきだせよ」
「ありがとう」
車で公園まで送ってもらい、二人に手を振っていつものベンチに座った。
お客さんはすぐに来てくれて、「病気したのかと思った」「ずっと待ってた」「場所を変えたのかと思った」と皆さんに言われて、申し訳なかったけど嬉しかった。
夕方まで立て続けに恋占いと失せ物捜しをこなして、夕方遅くに帰った。
台所からいい匂いが漂ってくる。レクスさんが煮込みを作ってくれていた。
「魔法使いの評議会に私が参加するなんて、信じられない」
私がそう言ってもレクスさんは何も言わないけれど、知りたいだろうなと思って説明した。
魔法協会の評議会は、魔法使いが魔法で悪事を働いた場合に開かれること。
この国の法律は魔法を視野に入れていないから、魔法で悪事を働いても処罰する規定がない。だから裁判と執行までを魔法評議会が行う。
師匠に教わった話だと、刑は終身刑までで命を奪うことはなかったこと。
「つまり魔法使いは国の法と魔法評議会の二つに従っているのか」
「そういうことです」
煮込みとパンの夕食を終えて、庭のベンチに座った。畑からスイカを収穫して、三人で食べた。
三人で種をプップッと吐き出しながら、汁で顔を濡らしながらかぶりついた。スイカは甘く、とても美味しい。
「師匠から評議会の話を聞いたときは、私もいつか参加したいと思っていました。でもまさか、私が刑の執行を任されることになるとは……」
「任されるっていつ決まったの!?」
「師匠がスパイクさんに言った言葉でわかりました。記憶に干渉できる魔法使いは私だけと聞いていましたし。でもね」
言葉を慎重に選んだ。
「この先、魔法使いが憎まれないように、信頼される存在でいるために、私は力を使うまでです」
本当は「フレッド君が大人になったときに」という意味だけどこの子は賢いからね。フレッド君の重荷になるような言葉は避けた。
どんな結論になるのか、どんな刑が下されるのかわからないけど。
「大丈夫、私は強いから」
そう言ってアシャール城を振り返った。
「ドームみたいな魔法は、いつ誰が何のためにかけたんでしょうね」
「そうだね。スパイクさんはそれも調べられるのだろうか」
「どうなんでしょう。今日見ていて思いましたけど、スパイクさんは決して自慢をしないけど、実はすごい魔法使いでしたね。一度に四十人以上の魔法使いに知らせの鳥を送って、そのまま話を続けられるなんて!」
「僕も『この人かっこいいなあ』と思った。普段はあんなに腰の低い態度なのに実は凄腕っていう」
「ほんとほんと」
少しおいてフレッド君が「オレもスパイクみたいになる!」と言ったのが可愛くて、やっと心が癒された。