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69 フランチェスカの望み

 レクスさんの「魔法の解除はフレッドのためにも急務」という判断で、今日は魔法協会に来ている。フランチェスカさんの事件の進展も聞かねばならない。

 スパイクさんは書類を出し、自分が見たフランチェスカさんの状況も含めて説明してくれた。

 

 フランチェスカさんはマイヨールから妃殿下のペンダント盗難の真実を聞かされて泣いた後、「疲れた。横になりたい」と言ってマイヨールを寝室から出した。そして夫のエルム子爵に「殿下と話をさせてほしい」と訴えた。

 そして思いがけないことを殿下に尋ねた。


「父はそれなりに名の知れた宝石鑑定士ではありますが、殿下と行動するような立場ではありません。殿下が父と同行してこの屋敷にいらした理由を教えてください。父はずいぶんやつれ、両手首にあざができていました。あれは手枷てかせの跡ではないでしょうか。殿下、どうか本当のことをおっしゃってください。ペンダントが紛失したのは侍女の借金ではなく、父が盗ませたのではありませんか?」


 フランチェスカさんは誤解し、何度も真相を教えてほしいと殿下に願った。

 殿下は悩んだ末に「そうではない。だが、マイヨールは別の事件を起こした」と答えた。

 フランチェスカさんは「真実を知りたい。私は宝石を盗んだのではないかと貴族に噂され、疑われ、陰湿な嫌がらせを受け続けました。今はとにかく真実が知りたい」と涙ながらに訴えた。


「殿下は美術館のすり替え事件の話をすべてお話しされた。マイヨールとの約束は破ったが、優先すべきは罪人の願いより被害者の願いだ。私は殿下のご判断は正しいと思っている」

「フランチェスカさんはつらい記憶を私に消させるかどうか、迷っていると聞きましたが」

「いや、今朝一番で殿下から電報が来た。フランチェスカさんはニナに会いたがっている」


 スパイクさんは黒い馬で、私たちはレクスさんの車でフランチェスカさんの家に移動した。

 殿下がもう先に着いていて、私たちを迎えてくれた。殿下は「一連の事件は全て自分の目で結末まで見届ける。それは私の責任だ」とおっしゃる。


 フランチェスカさんは怖いほど痩せていた。三十代には見えず、肌も髪も艶を失って五十過ぎみたいに見える。起き上がって話をする体力もないらしい。ベッドにクッションをたくさん重ねて、そこにもたれかかりながら弱々しい声で話をしてくれた。


「ニナさん、あなたは人の記憶を消せると聞きました。あなたに消してほしい記憶があります。ですが、消してほしいのは私の記憶ではありません。父の記憶です。父から私と母に関する記憶を消してください」

「えっ?」


 そこからフランチェスカさんは休み休み、長い話をした。その話は、マイヨールから聞いた話とはまるで違っていた。

 真実はひとつなのに、全く別の話だった。

 動揺する私の手を、レクスさんがそっと握ってくれた。フレッド君は席を外させている。フレッド君に聞かせられない話が出てくる気がしたのだ。


 王都の学院に入ることになった際、フランチェスカさんの母はマイヨールの話をしてくれた。

 マイヨールは若い頃、己の能力を魔法協会に認めてもらえず、くさっていた。

「俺はその辺の人間とは違う」が口癖で、職場の人間も恋人のことも見下していた。

 そんな人が職場で上手くいくはずもなく、仕事を辞め、転職し、そこも辞め……。


「マイヨールは母で鬱憤を晴らしたのです。言葉と暴力で。母は私を身ごもったと気づいてすぐに逃げ出しました。母を虐待しながらも母に執着するマイヨールから私を守るためです。首都から遠い田舎の町で、母は朝から晩まで働いて私を育ててくれました。私のことを知ったら私にも執着するからと、私が王都に出るのも嫌がっていました」


 しかしフランチェスカさんは学校から強く進学を勧められ、自分も学院で学んでお給料のいい所で働いて母に楽をさせたいと思っていた。

 結果、王立学院に合格し、王都に住み、マイヨールに出会ってしまう。

 マイヨールは仕事で訪れた美術館で、別れた恋人によく似たフランチェスカさんを見た。


「入館者記録の苗字を見て、私が娘だと確信したそうです。マイヨールが私に声をかけてきて話をしました。とても優しくて、母が言っていたような荒れた暴力的な人ではないと思いました。私はマイヨールが更生したんだと思いましたが、それは間違いでした。何度も会っているうちに、マイヨールは母の悪口を言うようになりました。『君の母親は俺から君を盗んだ』と言ったのです。『彼女に暴力を振るったことなど一度もない。他の男を好きになって俺を捨てた言い訳だろう』と」


 フレッド君に席を外させておいてよかった。こんな話を聞かせなくてよかった。

 私が最初に思ったのはそれだ。

 

「それを聞いて、母の言葉が真実なのだと思いました。母には男の人なんていません。働き詰めだったのは、誰よりも私が知っています。昨日、殿下からマイヨールの能力を知らされ、自分が大きな失敗をしたことに気づきました。私、つい最近、見舞いに来たマイヨールに占ってもらったことがあるのです。あの人は私の記憶を探ったでしょう。母の居場所も勤め先も知ったはずです」


 フランチェスカさんは震える手を伸ばして私の手を取り、自分の手に額をくっつけた。


「私が本当のことを言っているかどうか、見てください。あなたも記憶を見られるのでしょう?」

「はい。見てもいいのですね」

「見てください。そして父から私と母の記憶を消してください。父にそんな能力があるのなら、看守の記憶をいじって脱走できるのではありませんか? 父が脱走したら母が襲われます。お願いします。あの男から母を守りたい。私もあの男と二度と関わりたくない」


 そこまでしゃべって力尽きたのか、フランチェスカさんはゼイゼイと息をして目を閉じた。

 私は見るべきことを見てから手を放した。

 エルム子爵が急いで彼女を寝かせ、水を飲ませた。


「殿下、申し訳ありませんが、ここまでにしていただけないでしょうか。妻がこんなにしゃべったのがいつ以来か、思い出せないほど久しぶりにたくさんしゃべったのです」

「そうだな。ここまでにしよう。夫人を休ませないと」

「マイヨールの記憶を消すことは殿下と相談させてください。失礼します」


 そう返事をしてスパイクさんと殿下より先に部屋を出た。

 この先にやるべきことの憂鬱さに顔をしかめたら、レクスさんがギュッと抱きしめてくれた。


「ニナが苦しむ理由はないよ。つらいならこの件から手を引けばいい」


 心底心配そうに小声で言うレクスさんの顔を見上げて、私は首を振った。


「特別な能力は、喜びと苦しみを両方連れてくるの。私はこの能力に誇りを持っています。だからつらくてもこの件から逃げません」


 スパイクさんと殿下が遅れて部屋を出てきた。

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― 新着の感想 ―
話がまた変わってきたな・・・ 同情心がスッと冷めた ほんと面白くて目が離せない
マイヨールそうだったんか… 実父はモラハラ、職場で冤罪かけられ そりゃ精神やられるわ…
あぁ、マイヨールは自分の記憶もすり替えたのか。自分の非を認めたくなくて。
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