68 悪の親玉?
私とフレッド君の能力に気がついてから、ベンジャミン君は急に嬉しそうな顔になった。
「ええと、あなたはニナさんだったよね? そっちの子は……」
「オレはフレッド」
「フレッド君か。僕はこれから欠席できない授業があるんだけど、あなたたちともっと話をしたい。僕以外の能力者に会うのは初めてなんだ」
「ニナ、どうする?」
「私はかまわないけど、お城に来ていただいたら? 夕飯を食べながらお話をすればいいんじゃない?」
レクスさんがベンジャミン君を見ると、ベンジャミン君は何度もうなずいた。
「ぜひお邪魔させてください。授業が終わったらすぐに行きます。どこに行けば?」
「八番線のバスに乗って『アシャール城前』で下りて、糸杉の小道を進めばうちに着く」
「了解了解。じゃ、僕はそろそろ教室に行きます。アシャール城前だね。必ず行きます」
後半はもう椅子からお尻を浮かせながら返事をして、ベンジャミン君は食堂を出ていった。
私たちは買い物をしてお城に帰った。マイヨールはフランチェスカさんに事情を説明できただろうか。殿下は同行するものの、今は宝石すり替え事件の話を伝えないという口ぶりだった。
どうか上手くいってほしい。今後のマイヨールが魔法使いとして悪い方向に行くか行かないかは、フランチェスカさんの回復にかかっているだろう。マイヨールがもっと悪い方向に行ったら、とんでもないことになる気がする。
車に乗るとフレッド君は眠そうにしていた。
「ニナ、あいつ、うれしそうだったな」
「そうね。仲間を見つけたって感じだったわね」
「さみしかったのかな」
「かもしれないわね」
フレッド君はそこで眠ってしまい、お城に着いてからはレクスさんに抱っこで運ばれた。
「料理を手伝うよ」
「何か記録しておかなくていいんですか? 料理なら私一人でも大丈夫ですよ?」
「あー……、じゃあ、ちょっとだけ部屋に行くけど、いいかな。記録しておきたいことがたくさんあるんだ」
「気が済むまでどうぞ」
レクスさんは「悪いね」と言いつつ大急ぎで階段を上っていった。
今夜の料理はローストポーク。一緒にオーブンで野菜を焼いて、デザートはフレッシュチーズにブルーベリーのジャムを添えたものと、スイカの実を浮かべたスイカのジュース。うん。いい。
宝石店の息子さんだから、庶民の精一杯のおもてなしは新鮮かも。
レクスさんは庶民じゃないけどきっと喜んでくれる。
ベンジャミン君は夕方に来た。来たんだけど……。玄関まで来ないで芝生から声をかけてきた。
「こんばんはー! ベンジャミン・ジャクソンです!」
私とレクスさんが「何事?」とドアを開けた。
レクスさんが「いらっしゃい。どうぞ、入って」と声をかけたけど、ベンジャミン君はお城を見上げて「いや、ちょっと」と言う。
「本当にお城に住んでいるんですね。僕はパルムシティの生まれだけど、このお城は知らなかった」
「お城だけど、個人の持ち物だからね。どうぞ、入って」
「いや、あの……。失礼を承知で言いますけど、このお城に入るのは勇気がいるかな」
そうだった! ベンジャミン君には見えるんだった!
「このお城には魔法がかかっているらしいの。あなたには見えるのね?」
「うん。見ようによってはかっこいい感じだけど、僕には刺激が強すぎる」
「どんな風に見えるんだい?」
いやいや。レクスさんが目をキラキラさせているけど、その前に食事をどうするかよ。頑張って夕食作ったのに。
でも、お城に入るとベンジャミン君の魔力がフレッド君に流れちゃうのか。自分が平気なものだから、うっかり誘ってしまったわ。
「お庭で食べましょうか。ランプとロウソクをたくさん置いて。お城に入らなければ、ベンジャミン君の魔力も安泰だし」
「ああ、そうか。そうだったね。庭で食べよう。それもロマンチックでいい」
庭に椅子とテーブルを運んで、ありったけのランプとロウソクを周囲に置いた。
フレッド君も起きてきて、四人で夕食を食べ始めた。
「ほんと申し訳ないです。僕、こんな大規模な呪……魔法を見たのは初めてで。皆さんが住んでいらっしゃるのに、失礼ですよね」
「いや、我々も最近知ったばかりでね。幸い僕たち三人に害はない魔法なんだ」
「料理はお口に合いますか?」
「すごく美味しいです」
フレッド君は寝起きでおなかが空いていないらしく、チーズのブルーベリーソースがけとスイカのジュースだけをちょびっとずつ口にしている。
レクスさんがベンジャミン君に、このお城がどう見えるのか質問した。答えは「半透明の包帯みたいなものがお城全体をドーム状に包んでいる」だった。
それを聞いたレクスさんは「へえ!」と嬉しそうだ。
ベンジャミン君に私の能力を聞かれて、駅前公園の話をした。
その最中に、テーブルの上にスパイクさんの知らせの鳥が現れた。
『夜分にすまない。例の件で進展があった』
すかさずフレッド君がペンギンを出して「スパイク」と唱えた。
「どうなりましたか」
『上手くいったらしい。フランチェスカさんが話を聞いて、涙を流したそうだ。感情に動きが出たのはいい傾向だと、診察した医者が言ったらしい。つらい記憶の削除に関しては、少し考えたいと本人が言っている』
「スパイクさん、今、例の件で教えていただいた学生さんが一緒に食事をしていて……」
『あ、そう。わかった。じゃ、この話はまた明日詳しく。失礼』
小鳥が消え、ベンジャミン君が口を開けてポカンとしている。
「なにこれ。すごい。びっくりしてるんだけど。魔法? 電話よりよっぽど便利だ。鳥を使うんだ?」
「オレのペンペン、もういっかいみる?」
「見たい!」
「いいぜ」
フレッド君が鼻を膨らませながらペンギンを出し、ベンジャミン君が「すっごいな君。ちびっこ天才魔法使いか!」と叫んだ。
フレッド君は「やめろよぉ、てれるだろ」と言いながら嬉しそうだ。
ベンジャミン君はおしゃべりと夕食を堪能し、終バスに乗って帰った。
お皿を洗いながら、レクスさんが「この城の魔法の解除は急務だな」と言う。「悔しいなあ、お城を包む包帯みたいな魔法、見たいなあ」と繰り返す。私も見たい。スパイクさんやクローディアさんにも見えない魔法の形を、ベンジャミン君は見えるってことだ。
「僕が会った魔法使いは、全員タイプが違うね」
「そうですねえ。フレッド君は師匠やクローディアさんのようなノーマルタイプな気がします。成長が楽しみ」
「楽しみだねえ」
「フランチェスカさん、よかったですね」
「うん。マイヨールがこのまま気づかれず、反省もせず、あの力を使い続けていたらと思うと恐ろしいよ。僕がもし彼の立場だったら……。いや、やめておこう。ニナに嫌われる未来しか思いつかない」
レクスさんがマイヨールの能力を持っていて、なおかつ悪いことに使おうとしたら……。
貴族だし頭がいいだけに、大規模な悪事を起こせたような気がする。
「悪の親玉とか?」
私がそう言うと、レクスさんが「やめてよ。どんな想像をしたんだ」と言ってすごく情けなさそうな顔をした。