66 あんたの記憶を見せてくれ
皆に注目されながら、私が考えたフランチェスカさんの心を軽くする方法を説明した。
「マイヨールさん、私の記憶を読んで。私が知った真実を、真犯人が罪を認めたことも、殿下が謝罪するところも。そして事実をそのままフランチェスカさんに話してあげて。実の娘が愛しいなら、彼女が立ち直れるよう手を貸してください。あなたはフランチェスカさんと交流があるし、フランチェスカさんに信用されている。あなたの言葉なら、聞いてくれると思う」
ただ、フランチェスカさんがそれを了承するだけの気力があればいいのだけれど。
フランチェスカさんは結婚するときに母親に実の父を教えられたと言って、マイヨールと交流を持っている。マイヨールの話なら聞いてくれるかもしれない。
「ダメだよニナ。危険すぎる。僕は彼を信用できない。怒りに任せてニナに何をするかわからないだろう!」
レクスさんが割って入ったけれど、私は黙っていた。
「もう娘は手遅れだと言っただろう。私は殿下の過ちを許せない」
「フランチェスカさんの生きる気力が湧くかどうか、どうしてあなたが決めつけるわけ?」
「うるさい! 部外者が知った口を!」
若い時のマイヨールは酷く貧しかった。
魔法協会には認めてもらえず、仕事が上手く行かず転々と職を変えている。家の中でも荒れていた。
恋人が逃げ出したのはおそらく、おなかの子を守るためではないか。
「あなたは殿下が全て悪いみたいに言うけれど、あなたも恋人が妊娠していることに気づかなかった。それを『恋人だったら妊娠の可能性を考えるべきだった』と責められたら? 『あなたがもっと恋人に優しくしていれば、恋人と娘は苦労しないで済んだのに』と言われたら?」
マイヨールがカッとなったようだけれど、レクスさんと殿下が私の前にサッと移動したから手を上げることはできなかった。
「お前みたいな小娘が……」
「小娘でも『たられば』無しが人生だってことは知っています。あなたは荒れて恋人に八つ当たりしたことを忘れていない。そして後悔している。記憶を見ましたよ」
「……」
「本当に殿下だけが悪いのでしょうか。自分の過去を後悔しているから余計、フランチェスカさんの現状が可哀想で殿下を許せないんですよね? あなたは自分の後悔を、殿下への恨みに上乗せしています」
マイヨールが山ほど後悔してることは見た。
「『たられば』を言いだしたら、みんなあります。絵にかいたような幸せな家庭や人にだって、苦しみはあります。私、たくさん見てきました。私にも『たられば』はあります。言わないだけ」
「あんた、何が言いたい?」
「今一番やらなきゃいけないことは、殿下への仕返しよりもフランチェスカさんの心身の回復です。私がこの件で見てきた記憶を全部あなたに見てほしい。そしてフランチェスカさんに事情を話してあげてほしい。重く病んでしまったフランチェスカさんの心に真実を届けられるのは、あなたしかいません」
「そんなことであの子の心が癒えるもんか!」
そこからが私の出番よ。
「貴族たちからぶつけられた心無い言葉や態度を、彼女が望むなら記憶から消します。真犯人は捕まりました。殿下がフランチェスカさんの名誉を回復してくださいます。フランチェスカさんがこの先この件で傷つくことはありません」
殿下が一歩踏み出した。
「必ず警察を通す。無実のフランチェスカが責任を取ったことも、私が警察を入れなかった不始末も、全て公にしよう」
マイヨールが殿下の言葉を聞いてから私を見た。
「あんた、私が恐ろしくないのか」
「恐ろしくないと言えば噓になります。でも私は一緒に暮らしているこの方を信頼しているの。この方が『その記憶は嘘だ』と言ってくれたら、どんな記憶を差し込まれても私は信じない。この方は私に嘘をつかないもの」
そう言って私はレクスさんを見た。私を見るレクスさんの目がちょっと潤んでいた。フレッド君がトコトコと歩いてきて、私の手を強く握ってくれた。
「ありがとうね。フレッド君のことも信じているから」
「うん」
マイヨールは床を見て考え込んでいたけれど、やがて私を見た。
「わかった。わかったよ。あんたの記憶を見せてくれ。あんたが見たことを私が娘に話そう。ただ、フランチェスカは私の能力を知らないんだ。私が美術館の職員にしたことも含めて必ず話す。だが、今は待ってほしい」
「待ちます。今はフランチェスカさんの回復が最優先ですもの」
「私も待つ。ただ、職員に差し込んだ私の悪い記憶は確実に消してもらいたい」
「私も待つわ」
殿下と妃殿下も了承してくれたけど、マイヨールは気まずそうに目を伏せた。
「私は、記憶を消すなんてできない」
できないのに記憶を差し込んだのか!
「私が消せます。でも、職員に真実を説明して謝罪するのと宝石すり替えの責任を取るのは、あなたの役目だわ」
「わかった……。すり替えた宝石は、全部私が持っている」
それはよかった。殿下も安堵している様子。王家の宝飾品は殿下個人の品じゃないものね。
「ニナさん、あんたの記憶を見せてくれ」
マイヨールが手枷をはめられたままの両手を差し出した。