65 手立てはある
今日は王太子妃エイブリル様の部屋に招集された。
部屋に出入りする八人の侍女もいて、なぜ? と不思議だった。
私が別室で彼女たちの記憶を見れば済む話なのに。そう思っていたらエイブリル様がその理由を説明してくれた。
「今回の美術館での宝石すり替え事件は、私のネックレスが原因だそうね。だったら私には顛末を見届ける責任があるわ。どんな結果も受け止めます。侍女たちは全員、記憶を見られることに同意しています。話はもう、ペンダントの紛失にとどまらない。ニナ、どうか真実を見つけ出して。お願いします」
「はい」
妃殿下の侍女さんは一番若い人が三十代、最年長の人で五十歳ぐらいだ。エイブリル様の指示で、若い人から順番に記憶を見ることになった。侍女さんたちはキリリとした表情で「さあ、どうぞ」と意気込んだ感じに手を差し出してくる。
犯人が見つからないまま二年が過ぎて、さぞかし不愉快だったのだろう。
七人目までは何もなかった。見終わって私が「はい、ありがとうございました」と言うと、侍女さんは皆「はぁぁ」と息を吐きホッとした顔になった。
その一方で人数が減っていくにつれて室内に漂う緊張感は強くなっている。
今、八人目の侍女さんが私の前に座った。メイド服の肩に銀色の小枝を模したピンが留められていて、恐らく侍女のリーダーなのだろう。
誰の目にも、彼女の緊張が見て取れる。五十代のその侍女さんは冷や汗をかき、手が震えている。顔が蒼白だ。
「では、手に触れます」
「嫌です。これは任意だったはず。私は拒否します」
消え入るような小さな声でそう言って、その女性は上半身を折り、両手を握り拳にしておなかに抱え込んだ。
既に記憶を見られた侍女さんたちが驚いているところを見ると、この女性だけは疑われていなかったようだ。エイブリル様が静かに声をかけた。その顔が悲しんでいる。
「ミルドレッド、あなただったの?」
「エイブリル様、どうかお許しください! 盗むつもりはなかったのです! ほんの数日、お借りしてすぐにお返しするつもりでした! でも……」
フレデリック殿下が険しい顔で「ミルドレッド、今はお前の説明よりもニナの能力を借りる。私は真実が知りたい。手を差し出しなさい」と命じた。ミルドレッドさんはフレデリック殿下とエイブリル様に救いを求めるような目を向けたけれど、救われることはなかった。
諦めて手を差し出した彼女の手はぶるぶる震えている。その手を、私は両手で挟んだ。
失われたのは大粒のダイヤを小粒のサファイヤが囲んでいるペンダントだと聞いている。
ペンダントの記憶を探しているとすぐに見つかった。ミルドレッドさんがペンダントを持ち出すところを確認して、その先の記憶へと意識を向けた。
ミルドレッドさんは夫の借金を返すために銀行を回ったけれど、どこも貸してくれない。かなり立派な家が、もう抵当に入れられていたからだ。「我が家の状態を知られたら、私はお城にいられなくなる」と何日も眠れない夜を過ごしたあげく、ミルドレッドさんは怪しげな貸金業の店に足を踏み入れた。王太子妃のペンダントを担保にしてお金を借りたのだ。
走り回ってお金を集めている間に、お城でペンダントの紛失が発覚した。
驚くことに、ミルドレッドさんにお金を渡した業者はペンダントと共に姿を消していた。
私が不思議だったのは、真面目そうなミルドレッドさんが一番恐れていたのは借金でも離婚による一家離散でもなかった。「盗みが露見してお城を追放されること」だった。
だから私はその先、彼女の少女時代まで記憶をさかのぼって記憶を見た。なぜ彼女がここまでお城勤めに固執したのか、知りたかったし知る必要がある。
私は彼女の手を放し、殿下と妃殿下を見た。
「この人がペンダントを盗みました。四番街のバーンズ貸金業に持ち込み、お金を借りています。バーンズ貸金業は妃殿下のペンダントを受け取ってお金をミルドレッドさんに渡した後、姿をくらましています」
「ミルドレッド、あなた、フランチェスカが今どうなっているか、知っているわよね?」
「……」
「胸が痛まなかったの?」
「……」
何も答えないミルドレッドさんは、どこかへ連れて行かれた。
フレデリック殿下は沈んだ様子で「これからマイヨールと話をしてくる」とおっしゃる。
「ここからは私が彼と話をするよ。これは私の役目だ。君たちはどうしたい? 最後まで立ち会うかどうかの判断は任せるよ」
スパイクさんとクローディアさんは立ち合いを希望した。もちろん私も。マイヨールがどんな力を持っているか誰も知らない以上、ここで身を引くわけにはいかないもの。
マイヨールは憔悴していたけれど、殿下を見る目は変わらずギラギラしていた。
「マイヨール、ペンダント盗難の真犯人が見つかったよ。フランチェスカは責任者として解雇したが、名誉を回復できるように私が全力を尽くす。すまなかった」
「今さらです! あのとき、すぐに警察を入れていればフランチェスカが犯人じゃないことは証明されたはずです。真犯人だってすぐに見つかったでしょう。なぜ警察を入れなかったんですか。魔法協会を入れてもよかったんだ。殿下の最大の罪は、世間体を気にして内々にフランチェスカを処分して終わりにしたことです! おかげで娘は廃人になってしまった! 今さら謝罪なんて、してほしくない!」
「そうだな。それでも謝らせてくれ。申し訳なかった。この通りだ」
「なにもかも、手遅れだ。手遅れなんだっ! 最近じゃもう、まともに食事もとれないと聞いている。生きる気力を失って、フランチェスカは死んでしまうだろう。あなたの謝罪なんて、なんの役にも立たない!」
頭を下げた殿下に向かって叫ぶマイヨールは、泣いていた。
「そうでしょうか。フランチェスカさんが回復する手立ては、あると思います。私とあなたが協力すれば、今よりは良くなるはずです」
思わず言葉を差し挟んだ。昨夜眠れないまま考えていた方法がある。
私はその方法を説明した。