63 フランチェスカ
私たちはフレッド君を含め、別室に移動して話し合いをしている。
フレッド君は疲れてしまったらしい。長椅子で眠っているけど血色もいいし、具合は悪くなさそう。私もやっと全身のこわばりから解放された。
「私が見た私の過去の記憶は、マイヨールに差し込まれた偽物です。どれも周囲の景色がありませんでした。マイヨールは私が自分の生まれ育ちを気にしていると気づいたのでしょう。嘘の記憶を捏造して差し込み、私の動揺を誘ったのだと思います」
「僕もそう思います。ニナが三歳のときフレデリック殿下は八歳。殿下とマイヨールの事件に接点があるとは思えません」
「そうだな。八歳の私はマイヨールと会ったこともないはずだ」
「マイヨールの記憶には三十手前くらいの娘さんの記憶が多かったんです。娘さん絡みかもしれません」
私がそう言うと、殿下が首を傾げた。
「いや? マイヨールは一人暮らしだったと思うが? 結婚歴もなかったと思う」
「でも、娘という言葉と女性の記憶はがっちり結びついていました」
今度はクローディアさんが私に質問した。
「殿下の記憶を見せていただいたわよね? その女性は殿下の記憶にいたの?」
「わかりません。あの時は職員に対する暴力と暴言だけを探しましたし、急いでいたので」
「じゃあ、その女性と私にどんな接点があるのかもう一度私の記憶を見てくれ」
そう言われて今、殿下の記憶を見ている。
殿下の記憶に、その女性がいた。殿下が女性を叱責して、女性は酷く落ち込んでいる。叱責の理由は……と探すと、妃殿下の宝石付きネックレスの紛失事件だった。
女性は宝石類の管理を任されていて、紛失の責任を取って解雇されている。女性の名前はフランチェスカ。
大人しそうな人だ。殿下の手を離し、見たことを説明した。
「宝石係のフランチェスカなら覚えている。よし、私がマイヨールと話すよ」
私たちはもう一度小ホールに戻り、緑色の巨大卵の前に集まった。護衛の男性が剪定バサミでバラの茎を切り、マイヨールの上半身が見えるようにしてくれた。マイヨールは暗い表情で殿下を見つめている。
「マイヨール、お前はフランチェスカ・エルム子爵夫人の実の父親だったんだな」
「……」
「フランチェスカの件を恨んで美術館の宝石をすり替えたのか? 彼女は仕事上の不手際で解雇されたのだ。お前が私に報復するのは間違っているよ」
ずいぶん長いことマイヨールは黙っていた。
「そうか。お前が話さないなら、本人を呼んで話を聞こう。王家はフランチェスカがお前にこんなことをさせたと判断するかもしれないぞ?」
するとマイヨールは憎しみを込めた眼差しで殿下を睨み、低い声で話し始めた。
「王家の宝石が紛失して解雇されたら、その人間がどんな目に遭うか、殿下はわかりますか? 貴族としてもう世間に顔を出せないということです。その者の夫も、子供も、貴族としては終わりです。フランチェスカのことで私を調べようとしても無駄です。娘はもう、取り返しがつかない状態ですので」
そこからマイヨールは口を閉じ、何を聞いても無言を貫いた。マイヨールは緑の卵から解放されて牢へと移動させられた。
いったいどういうことなのか、記憶を見た私でもさっぱりわからない。
殿下は控えている侍従さんに指示を出し、フランチェスカさんと夫のエルム子爵をお城に呼び寄せた。
エルム子爵は即座にお城に駆けつけたが、夫人のフランチェスカさんは来なかった。
子爵が私たちの前で話を始めた。黒目黒髪の温厚そうな子爵は三十代後半だ。
「妻は妃殿下と学院時代が一緒で、親しくさせていただいた関係で宝石係に選ばれました。妃殿下の宝石付きのネックレスが紛失して最後まで見つからなかったのは、妻の責任でございます。妻も処分を受け入れております」
「フランチェスカは今、どうしている? 来られない事情があるのか?」
「妻は……ベッドにおります。ベッドから出ることも、家族と会話することもできません。心が壊れてしまったのです」
全員が沈黙した。
エルム子爵の話によると、宝石紛失事件で夫人が解雇されたことはどこからか情報が漏れ、社交界に知れ渡ったらしい。エルム子爵家一家は、子供たちを含めて貴族の集まりに一切呼ばれなくなったそうだ。
気の毒ではあるが、私は殿下の処置に罪はないと思う。誰にも責任を取らせないまま幕引きはできなかったはずだ。
「彼女は男爵家の娘と聞いているが、子爵はフランチェスカの実父と面識があるのか?」
「はい。妻の実父は宝石鑑定士のマイヨールです。マイヨールは恋人の妊娠に気づく前に別れました。それがフランチェスカの母親です」
フランチェスカさんの母親は自分一人で娘を育て、学院にも通わせた。
その娘フランチェスカさんがエルム子爵に見初められたのだ。
「今は平民と貴族の婚姻は法的に認められていますが、私の父が世間体を気にしまして。フランチェスカはカミング男爵家の養女になってから私と結婚しました」
そこからいろいろ話はあったが、私はずっと考えている。
妃殿下のネックレスを盗んだ真犯人を私が見つけて、フランチェスカさんの名誉を回復してあげられないだろうか。フランチェスカさんが回復するかどうかはわからないけど、マイヨールとの交渉には役立てられるのでは。
殿下と子爵の話が終わるのを待って、私が質問した。
「殿下、ネックレスが紛失した当時の使用人に会わせていただけませんか」
「妻の部屋に入ることができる人間は限られている。当時の使用人は誰も辞めていない。頼むよ、ニナ」
殿下は私の意図を理解してくれたようだ。