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62 マイヨールの記憶を見る

 朝、レクスさんに「フレッド君を連れて行くべきですかね」と聞いたら、レクスさんは眼鏡を拭きながら「ニナはどのへんが心配なの?」と聞き返してきた。


「マイヨールからどんなえげつない話が出てくるかわからないでしょ? フレッド君がそれを聞いてショックを受けないか心配で」

「そんな話が出てきたらフレッドの耳を塞いで僕が部屋から連れ出すよ。おそらくだけど、マイヨールみたいに用意周到なことをする人間が、興奮してワーワー叫ぶとは思えないけど」

「そうですか……」

「フレッドは連れて行ったほうがいいと思う。魔法使いが絶滅寸前なら、できるだけ魔法使い関係の現場に参加させたほうがいいんじゃないかな。幾千の言葉より、現場一回だと思う」


 なるほど、説得力がある。フレッド君は連れて行こう。

 私たちは九時に間に合うようにアシャール城を出た。小道を車が走り抜ける際に振り返ったけれど、アシャール城は可愛くて美しく、幽霊はいそうにない。

 なんでそそくさと帰ったのか、お城であの二人に聞いてみよう。


 お城に着くと、今日もあの小ホールに案内された。美術館の職員さんたちはおらず、白衣を着た男性が二人、部屋の隅にいる。

 入り口近くに置かれた花瓶に、この前はピンクのバラが生けてあったけれど今日は赤いバラだ。

 マイヨールはずいぶんな有様になって、縛られていた。

 目には目隠し、両手は手枷てかせをはめられて動かせない。胴体と両足は椅子に縛り付けられている。


 私は彼から距離を置いた場所に立った。レクスさんとフレッド君は私たちの背後の壁際に座るようにとスパイクさんが指示した。

 すぐに殿下が入って来て、私、スパイクさん、クローディアさんの並びに立った。殿下が目で合図をして、スパイクさんが話しかけた。


「マイヨール、私は魔法協会の会長スパイクだ。今回の窃盗事件、温和に話し合いで解決したいと思っている」


 マイヨールは目隠しをされたままスパイクさんの方へ顔を向けた。口の片方が持ち上がり、皮肉るような表情になった。


「私に散々暴力を加えておいて、温和になどと笑わせる」

「仕方ないさ。君を捕まえたのは魔法を使えない人々だ。物理的な力を使わざるを得なかったんだよ。誰だって勝手に変な記憶を植え付けられたくないからね」

「はっ! 物は言いようだな。権力におもねる魔法使いどもめ」

「はいはい。何とでも言えばいいさ。さて、君はなぜ、王家の宝物ほうもつから、宝石を盗んだのかな?」


 マイヨールは無言。すると殿下がチラと白衣を着ている男性に視線を送った。

 若い男性が手に持っていた銀色のトレイを年配の男性に差し出し、男性は注射器を手に持ってマイヨールに近づいた。


「では、話がしやすいように薬を使うよ」


 スパイクさんがそう言うと、男性はマイヨールに触れないように細心の注意を払いながら注射した。

 マイヨールが暴れようとした瞬間、クローディアさんが「固定」と声を発した。

 マイヨールは動かなくなり、注射された。

 年配の男性が腕時計を見ていたが、無言で殿下を見てうなずいてから元の壁際に戻り、クローディアさんが「解除」と唱えた。


「もう一度訪ねる。お前の目的は?」

「うううう、ああああ!」


 マイヨールが大きな声を出したけれど、意味のある言葉は出てこない。

 こういう場合に備えて、私がここにいる。スパイクさんは今朝、知らせの鳥を使って私に指示してきた。『薬を使ってもマイヨールが自白しない場合は、ニナに頼みたい。ヤツの記憶を見てほしい』と。


 私はマイヨールの背後に回り、「首に触れます。痛いことはしません」と告げてからマイヨールの首に触れた。場所は右耳の下。脳に近く、噛みつかれにくく、彼の手に触れない。

 手を避けることに意味があるかどうかはわからないけれど、用心はしておきたい。

 

 私の力を流し込み、マイヨールの記憶を引きだした。

 雑多な記憶の中から、美術館職員に嘘の記憶を差し込む前の記憶を探した。


 何がマイヨールを犯罪に駆り立てたのか、原因を知りたい。

 五十代のマイヨールの記憶は膨大だけれど、数が多く鮮明なのは娘さんの記憶だ。私の視界は今、マイヨールの記憶の断片に囲まれている。

 

(娘さん関係の記憶から見てみるか)


 娘さんの記憶を詳しく見ようとしたところで違和感があった。

 マイヨールの記憶を見ているのに、私の記憶がちらほらと混じって見える。

 (なんだろ)と思っていたら突然、耳元で大声が聞こえてビクッとなった。そこからは大波に飲み込まれたように私の古い記憶がブワッと湧き上がり、私を包む。


『逃げろ! 走れ! ニナ、逃げるんだ!』


 何人もの男たちに囲まれ、押さえつけられている男女の姿。私は酷く怯えて泣いている。


「お父さん! お母さん!」


 幼い自分が叫んでいる。マイヨールの首から手を離したいのに、手だけでなく全身が動かない。開けたままの瞼も閉じられない。必死に助けを呼ぼうとした。舌を動かしたいのに舌が重い。動かすのに大変な力がいる。


「あ……す・け・てぇ」


 間延びした弱々しい声を出すのがやっとだった。

 

「オレのニナに、いじわる、するなああああっ!」


 すぐ近くでフレッド君が叫び、視界の中で緑色の紐状のものが猛烈な勢いで動き回る。

 動く紐のようなものは、あっという間にマイヨールの姿を包み込んで見えなくした。

 緑色の紐には棘が生えていて、私の腕を引っかく。レクスさんが無言で私の体をマイヨールから引き剥がした。

「睡眠!」と叫ぶスパイクさんと「固定!」と叫ぶクロ―ディアさん。

 全てが十秒くらいの間に起きたように思う。

 私はレクスさんの腕に抱かれて、壁際にいる。


「ニナ! しっかり! 僕が見えるか?」

「見え、う」


 まだ舌が上手く動かせないけど、やんわりと体に力が戻ってくるのは感じる。

 マイヨールは? と重い頭を動かして見てみれば、彼は緑の紐でできた巨大な卵のようなものに閉じ込められていた。

 その緑色の卵の前に、フレッド君が肩をいからせて仁王立ちしている。


「ふえっどくん、あぶあい」


 私がそう言うと、フレッド君が振り向いて私に駆け寄った。


「ニナァ、だいじょうぶか?」

「あい、ようぶ」


 どうにか微笑んでから「ふえっどくん、あえ、あに?」と尋ねたが、「オレ、わかんねえ」という返事。

 しかし緑の卵に近寄って検分していたクローディアさんが私を見た。


「こりゃすごいね。バラが爆発したのかと思ったよ」


 バラ?

 入口付近の花瓶を見たら、花瓶は台から落ちて割れていた。

 そこから緑のバラの枝が伸び、グジャグジャと絡まりながら床を這っている。バラの茎はマイヨールの体に近づくにつれて枝分かれを繰り返していて……。


(これ、植物成長魔法なの?)


 細かく枝分かれしたバラのツルがぎっしりと絡み合って、マイヨールを閉じ込めていた。

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― 新着の感想 ―
早く早く、お話の続きを❣️プリーズ❣️❣️❣️ 静謐ともいえる古城の物語のすべてを愛おしく思っています。 応援しています。
フレッド君を連れてきていなかったらやばかった…
フレッド君すごい!
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