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6 メイドのコリンヌさん

「気付け薬は薬草などで作ったもので、丸薬は本当の薬ではありません。蜂蜜と小麦粉を蜜蝋で固めたものです」

「それでも両方確かめさせてほしい。ウィリアムはあんなマイペースな奴だけど、二十年来の親友なんだ。僕の家で彼に飲ませたものは確認しておきたい」

「わかりました」


 しまったなあ。このお城はレクスさんのものだから、確かに家主の了承なしに薬を飲ませたのは私が悪かった。確認したいと思うのはもっともだ。

 自分の部屋から気付け薬と丸薬を持って、居間に入った。


「この二つを飲んでもらいました」

「これらの材料は?」

「気付け薬の材料は普通の人でも手に入れられる薬草で、丸薬は蜂蜜と小麦粉と蜜蝋です」

「それだけ?」

「それだけです。偽の薬でも体が限界まで眠い時は効くことがあるんです。そう言っても心配でしょうから、私が毒味をします」

「あっ!」


 両方をいっぺんに口に入れて飲んだ。気付け薬は不味いけど問題ない。レクスさんが不安そうな顔をしている。


「安全なものだからウィリアムさんに飲ませました。それでも勝手なことをして申し訳ありませんでした。反省しています」

「そう。安全なものならいいんだ。疑うようなことを言って悪かった」

「以後気をつけます。では私は仕事に行きますね」

「うん、いってらっしゃい。ニナ、ウィリアムの手当てをありがとう」

「どういたしまして」


 いつもの時間にお城を出て、バスに乗って車掌さんから切符を買って席に着いた。

 いつも同じ時刻に乗るのだけど、そのバスの赤い車体には黄色の文字で石鹸と家具の広告が描かれている。『ミルクの香りのモーリス石鹸』『職人の誇り ロルス家具店』

 レクスさんから貰った石鹼はとても上等な品だった。アシャール城の家具もすごい。たぶんロルス家具店の家具よりも。

 私は豪華な家具に囲まれてお城に住んでいることがいまだに不思議だ。仕事から帰ってお城を見ると毎回じんわり感動する。


 同じ時刻に乗ると、バスの車掌さんがいつも同じ人だ。三十歳くらいの男性。名札には「チャーリー」と書いてある。

 私が(失敗したなあ)と思いながら「はぁぁ」とため息をつくと、チャーリーさんが(おやおや? どうしたの?)という顔をした。チャーリーさんはいつも目元が笑っていて、優しそうな人だ。

 バスは順調に走り、終点のパロム駅に着いた。駅前は相変わらず混雑していて、馬車、自動車、バス、人間が入り乱れている。

 

 駅前広場から少し入ったところに小さな公園がある。ここが私の職場だ。

 ベンチに座ってバッグから折り畳み式の小さい看板を取り出して足元に立てた。白地の看板には緑色の文字で『占い・失せ物探し』と書いてある。板とペンキはこっちに来てから買った。


 すぐに公園で待っていた女性が寄ってきた。年齢は二十四、五歳で、顔に見覚えがある。確か、以前に失せ物探しを頼んでくれたお嬢さんだ。この前来たときは髪を下ろしていたけど、今日はきっちり後ろでお団子にしてメイド服を着ている。


「こんにちは。今日は占いですか? 失せ物探しですか?」

「今日は私じゃないの。私が働いているお屋敷に来てもらうことってできるかしら」

「出張料金が別に必要になりますが」

「それでいいわ。この前、私の大切な指ぬきのことをあなたに占ってもらったでしょう? あったの。あなたが言ったとおり、冬に着ていたコートのポケットに入っていたわ。もうびっくりして、お屋敷の奥様にその話をしたの。そうしたら、その人を呼んできてって頼まれたのよ。代金は奥様が払ってくれるから、安心して」


 貴族のお客様か。パロムシティに来たら貴族を避けては働けないと思っていたが、こんなに早く貴族のお客さんができるとは思っていなかったな。

 看板をたたんでバッグに入れ、メイドさんと並んで歩いた。


「私はコリンヌ。キッドマン子爵家で働いているの。こう見えても接客も任されているわ。何を占ってもらうか詳しいことは私も聞いていないけど、あなたが成功することを祈ってる。失せ物を無事見つけられたら、紹介した私も鼻が高いもの」

「私はニナです。精一杯がんばります」


 メイドさんの階級を詳しくは知らないけれど、コリンヌさんの口ぶりでは接客ができるのはメイドさんの中でも上のほうなのね。

 キッドマン子爵家は立派な門と広い庭のあるお屋敷だった。思わず「うわあ……」と声が出た。これだけ敷地が広かったら牛をたくさん放し飼いできる。子爵でこれだけの広さなら、伯爵とか侯爵だったらどれほど広いのか。


 コリンヌさんに「私たちはこっちから出入りするわよ」と案内されて石塀に沿って裏門に向かった。

 まずはかんぬきのついた鉄柵を開け、更に重そうな木製の扉を開けると、威勢のいい声があちこちから聞こえてきた。


「天気がいいうちにもう一回シーツを干したいんだから、さっさと洗って」

「石炭を補充してちょうだい。切れる前に足しておきなさいよ」

「肉はまだ届かないの?」


 使用人は何人いるんだろう。三十人とか?


「こっちよ。奥様はお優しい方だけれど、失礼のないようにね」

「はい」


 廊下の幅が広くて天井が高い。廊下と言うより通路か。

 階段を上がり、白塗りの扉の前に着いた。コリンヌさんがノックした。


「はい」

「お話しした者を連れてまいりました」

「入って」


 コリンヌさんがドアを開けると、広い部屋は眩しいほど明るい。南側に窓が並んでいる。絨毯は分厚く柄が緻密だ。天井にはキラキラした豪華なシャンデリアが取り付けられている。


「こちらへいらっしゃい」


 声の主の前まで進んだ。この人が子爵夫人なのだろう。金色の髪に青い瞳の美しい女性が私を見ている。年齢が読めない。夫人は胸の下で切り替えのある薄紫のドレスを着て、カウチに座っている。


「コリンヌからあなたは失せ物探しの名人だと聞いたのだけど」

「はい。失せ物探しは得意です」

「この屋敷に入らずとも、コリンヌの指ぬきがどこにあるのか見つけたそうね」

「はい。指ぬきはコリンヌさんが長年愛用していたものでした。愛着が強いものほど見つけやすいのです」

「そう……。では、私の失せ物も見つけてくれるかしら。先日、指輪が消えたの。宝石箱の上に置いたはずなのに、気がついたらなくなっていたのよ」


 うわあ、宝石つきの指輪ですか。これは責任重大。モーダル村で消えた牛のベルを探すのとはわけが違う。しかもどんな指輪か説明しないのは、私を試している気がする。

 夫人の前に膝をつこうとして椅子を指示された。


「いいのよ、隣に座って。そのほうが占いやすいでしょう?」

「では失礼します。私の占いはお手に触れますがよろしいでしょうか」

「かまわないわ」


 豪奢な装飾がついたカウチに子爵夫人と並んで座った。

 白くきめ細かい肌の左手を差し出され、その手を私の両手で挟んだ。

 占いと言っているが本当は占いではない。

 私の力を夫人の手から流し込み、流し込んだ私の力が夫人の記憶を連れて戻ってくるイメージだ。私は流れ込んできた記憶を選別して、必要な記憶を選んで読み取る。

 

 触れている手を経て、怒涛のように夫人の記憶が私に流れ込んできた。その中から指輪を中心に彼女の記憶を探る。華やかで豪華な記憶の奔流の中で、指輪にまつわる記憶がいくつも出てくる。どの指輪かな。

 

(あった。たぶん、これ)

 

 指にはめた指輪を夫人がうっとりと眺めている記憶が繰り返し出てくる。赤い宝石の指輪だ。一番新しい指輪の記憶もそれ。

 

「四角くカットされた大粒のルビーの指輪をお探しですか?」


 夫人の手がビクッと動いた。当たりだ。


 

 

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― 新着の感想 ―
昔のドロシー・ギルマンの小説に超能力を持つ婦人が失せ物を探して、服のポケットにあると教える場面がありましたね。
新作ありがとうございます!! 毎朝6時のお楽しみが復活して嬉しいです。
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