55 二度目の依頼
レクスさんに拉致されるような勢いでアシャール城に帰った。
フレッド君が師匠に知らせの鳥を送り、私たち三人はこちらに現れた緑色の小鳥を経由して師匠と話し合いをしている。
『危険がいつニナに訪れるかは玉の回転速度で見る。それは教えただろ?』
「はい。私の見立てだと、三日以内って感じです」
『ニナは誰かに恨まれるような覚えがあるのかい?』
「まったくありません」
『だろうねえ。じゃあ、こうしなさい。フレッドをずっとそばに置いておく。何かあればフレッドが知らせの鳥を使ってスパイクに連絡できる。スパイクに連絡がいけば、魔法協会が助けてくれる。そのために魔法使いは協会に所属してお金を納めてるようなもんだからね』
「なるほど。そういうことでしたか。でも、危険になるとわかっていてフレッド君を連れて回るのは気が進みません。三日間は仕事を休んで家にいることにします」
『いや、そういう……。まあ、それが一番か』
会話が終わってすぐレクスさんが「師匠が何か言いかけてたね」とつぶやいた。
私は何を言いかけてやめたのかわかっている。あれは「そういう危険回避行動をしても、無駄なことが多い」と言いかけたのだ。危険予知の魔法の説明の時に師匠はそう言っていた。
「危険だからと家にこもっていても、結局は危険にぶち当たるんだよ」と。
それでも公園にいるよりアシャール城のほうがいい。レクスさんもいてくれるもの。
しかしそれから一時間もしないうちに、(あ、やっぱり無駄だったか)と思うことが起きた。
スパイクさんの知らせの鳥が現れたのだ。
フレッド君が張り切ってペンペンをスパイクさんのところに送った。ペンペンというのは、フレッド君がつけたペンギンの名前だ。
『王室からニナに依頼がきた』
「年に一、二回じゃないんですね……」
『君を指名したってことは、普通の魔法じゃダメな内容なんだと思うよ』
「スパイクさんは同行してくれるんですか?」
『いや、私は別件で地方に出かけるから、君一人で頼む。他の魔法使いを同行させてもいいけど、たぶん何もすることがないと思う。だが同行させれば報酬は同行者と折半だ』
「何もすることがないのなら、同行者は遠慮します。ただ、ご相談があります」
そこで私に危険が迫っていること、フレッド君をそばに置いておくよう師匠に言われたことを話した。
『なんだって? フレッドは危険予知もできるの? あー、そう。魔法協会会長としては嬉しい限りだけど、うーん。わかった。フレッドとレクス氏も同行できるよう、王室に伝えておくよ。王室の迎えの馬車が明日朝アシャール城に行くから。よろしく』
会話が終わって小鳥が消えてから、レクスさんを見た。
「ということですけど、事後報告で申し訳ないんですが、レクスさんの明日のご予定は?」
「問題ない。むしろ猛烈に同行したい」
「オレも! おうしつって、どこだ?」
「あっ!」と声を出したレクスさんが無言で部屋に戻った。本を縛るような柔らかい紐を持ってきてフレッド君のサイズを測りまくり、「急いでよそ行きの服を買ってくる」と言って出かけた。
「レクスはなんであわててたんだ?」
「私たちが明日行くのは、王様がいるお城だからよ」
「え? オレ、おうさまにあうのか?」
「誰に会うのかはまだわからないけど、王室だからね。きちんとした服を着なきゃならないのよ」
「かねがかかるな」
「まあね。でも、これは必要経費と思うしかないのよ」
どんな依頼かなあ。
その夜、ベッドに腰かけてもう一度フレッド君に危険予知魔法を試してもらった。
木の玉は私の手のひらで速く回った。危険が近づいている。どの程度の危険かわからないところが、この魔法の短所だと思う。
ハトが私の頭に落とし物をする程度の危険だったらいいんだけど。
翌朝九時きっちりにお城の馬車が迎えに来た。ちょっと緊張気味のレクスさん、ワクワクしているフレッド君、(危険て、どの程度の危険だろう)と落ち着かない私の三人は、前回よりも奥まった場所で降ろされた。
「こちらでございます」
黒い服の使用人さんに案内されたのは、前回とは違う部屋。
豪華なのは同じだけど、前回の部屋よりだいぶこじんまりしている。そこに男性が一人。
私の見間違いでなければ、国王陛下だ。村の集会場に王妃様とお二人の絵姿が飾られていたけど、その絵姿にそっくり。いや、本人なら似ているのは当たり前か。
「君がニナか。若く優秀な魔法使いはどんな女性なのかと思っていたが、ごく普通のお嬢さんだね」
なんて返事をすればいいのかわからず、私は曖昧に微笑んで会釈をした。
「そちらは?」
「レクセンティウス・ローゼンタールです。この子はフレッド。私とニナが養育しております」
「ローゼンタール伯爵家の息子か。君たちも魔法使いなのかね?」
「フレッドは魔法使いの卵です。私は魔法使いではありません。本日はニナとフレッドの付き添いを務めております」
陛下が少し考え込んでから、「ではこの三名とサイラス、お前だけにしてくれ」と侍従さんに命じた。
すぐにほかの使用人の方々が部屋を出て、私たち五人だけになった。
「ニナに依頼したいのは、記憶を読む力で使用人の記憶を見てほしいのだ。ここから話すことは他言無用だ。レクセンティウスとフレッドも同じく」
「かしこまりました」
陛下のお話をまとめると、こうだ。
王都の東の端にある美術館で、先月から王家が所有している古いアクセサリーを展示していた。今回は宝石付きのチョーカーで、それが偽物と入れ替わっていた。
ケースの中の品を入れ替えるには鍵が必要で、鍵が壊された形跡はないことから、美術館で働いている人間の仕業と思われること。
美術館の責任者は代々王家に忠実に仕えている貴族なので、表沙汰にするのは最終手段にしたいこと。
私が美術館の全従業員の記憶を読んで、犯人を見つけてほしいこと。
私の記憶を見る能力は、従業員には伏せてあること。
「何か質問はあるかね?」
「私が記憶を読むとき、警備係は同席してくれるのでしょうか」
「もちろんだ」
「レクスさんとフレッド君も同席させていただけますか?」
「いいだろう。ただし、警備員よりも距離を置いてもらう」
それなら問題ない。私が合図したらその人を拘束してもらえばいい。
「わざわざ来てもらったのに申し訳ないが、従業員全員を一堂に集められるのは明日だ。依頼内容を手紙や電話で伝えるわけにいかないから、こうして前日に直接依頼する形になった」
「ということで、本日は説明だけでお帰りいただきます」
(なんだ、明日なのね? ドレスは同じのを着てくるよ?)などと思いながら、侍従のサイラスさんに案内されて馬車置き場へと向かった。半分ほど歩いたところで、若い侍女さんが急ぎ足で近づいてきた。
「サイラス様、フレデリック殿下がお呼びです」
「そうか。では君がお客様を案内してくれ」
「はい」
そこからは侍女さんが私たちを案内してくれた。もうすぐ馬車置き場というところで、また別の侍女さんに声をかけられた。
「ニナ・エンド様でしょうか」
「はい」
「エイブリル妃殿下がお話をしたいそうで、こちらに来ていただけますか?」
エイブリル様とは王太子妃のお名前だ。
「今からでしょうか」
「はい。『急なことで申し訳ないが、どうしても相談したいことがある』とおっしゃっています」
断る理由がないので三人でそちらに向かおうとしたら、「妃殿下のご相談は、都合により男性は遠慮していただきたいのです。隣の部屋で待機していただけますか?」と言う。
レクスさんを見ると「隣の部屋で待つよ」という返事。
(まあ、王城内で襲われることはないだろうし)
そう判断して私たちは侍女さんのあとに続いた。
それから数分後。
私はレクスさんたちと引き離されてすぐに頭から袋をかぶせられ、縛り上げられていた。
袋越しに男性が耳元でささやく。
「静かにしないと馬用の鎮静剤を打つ。私は不慣れだから、量を間違えてしまうかもしれない。死にたくなかったら静かにしろ」
馬用の鎮静剤で死にたくない。私は何度も大きくうなずいた。
私に訪れる危険はこれだったか。ハトの落とし物より、かなり重い危険だったわ。
鎮静剤を打つというなら、とりあえずは殺すことが目的ではないのだろう。
私はそのまま箱のようなものに押し込められ、台車らしきものでゴトゴトと運ばれた。
攻撃的な魔法を使えないのが、返す返すも残念だ。
レクスさんがなるべく早くこの事態に気付いてくれますように。フレッド君が連絡したら、スパイクさんがなんとかしてくれますように。
手のひらに汗をかいているけれど、頭は妙に冷静だ。
こういうとき、恐慌に陥ると助かるものも助からないんだろうと思う。
助けが来るまで時間を稼ぐ。それが一番大切なんですよね? 師匠。