52 新体制
驚くことに、今日もアン・シャーレイが公園に来た。泣き腫らした顔をしていて、元気がない。
「ニナ・エンド、相談があるわ」
「あのね、人に相談をするときは、どうかお願いしますって言うものなの。ほら、言ってみなさい、『お願いします』って」
「あ、あなたは村の人たちが言うほど気立てが良くない! 意地悪だわ」
「人間関係は鏡なの。あなたが失礼だから私も失礼な態度をとる。優しくしてもらいたいなら、まず自分から優しくしなさい」
「わかったわよ。どうかお願いします。私の相談を聞いてください」
「よろしい。で? 何?」
アン・シャーレイの話によると、この前私が彼女の母親の記憶を教えたことで、育ててくれた伯母さんを信用できなくなったらしい。泣き腫らした顔は、伯母さんと喧嘩したからだそうな。
伯母さんはアンの母親の悪口を毎日のように吹き込んできたという。
私はもう、それだけでその人を信用できない。アンの心をズタズタに傷つけているじゃないか。
しかもアンの母親は彼女を愛していたから、伯母さんは嘘つきってことよ。
母親は義父と折り合いが悪くて出て行ったように見えた。
「お父さんが病気で亡くなったのも、お母さんが早い段階で気づかなかったのが悪いって」
「そんなわけないでしょ? お医者さんだって検査をしなきゃわからないことがたくさんあるのに、素人が早期にわからないのは仕方ないわよ。伯母さんだって気づかなかったのに、よくそんなこと言うわ」
「お母さんは私に興味がなかったとも言ってた」
「昨日も言ったけど、それは嘘。あなたは愛されていたわよ。伯母さんはお母さんが嫌いなのでは? 男兄弟のお嫁さんを嫌う姉や妹って、結構いるものよ?」
「じゃあ、どうして私のことを可愛がって育ててくれたの?」
それはアンが可愛い弟の子供だから。私がそう言うとアンは「そっか」とつぶやいた。今日は幼い子供みたいに素直だ。
「おじいちゃまは私に魔法使いになれと言うけど、伯母さんはそんなものよりモデルの方がいいって言うの。そこはお母さんと伯母さんが同意見なわけでしょ? もう、なにがなんだかわからない」
「簡単なことよ。あなたがやりたいことをやればいい」
「私は……魔法に興味がないの。たいした力もないと思ってる。モデルの方がよっぽど……。でも、おじいちゃまは自分の跡を継いで王……まあ、そんな感じ」
ごまかすのが下手くそ。今、王家とか王様とか言いかけたよね?
魔法協会の会長は王家と関係があるのか。うわあ、王族なんて近寄りたくない。絶対に面倒くさい。
「やりたいことをやりなさいよ。それとね、私なら母親の悪口を子供に吹き込む人の話は鵜呑みにしないわ」
「伯母さんは私を可愛がって……」
「伯母さんを信じるか信じないかを決めるのはあなただから。私は私の意見を言ったまでよ。一度、伯母さんに聞いてみたら? どうして私にお母さんの悪口を聞かせるのって。親の悪口を聞くのはつらいですって。悪口を聞かされても私にはどうしようもないことなのにって。言ってみればいい」
「うん……」
ちょっときつく言い過ぎたか。
「私でいいなら相談に乗るし、私より世間を知っている人の意見を聞いてみてもいい。だけど忘れないで、あなたのお母さんはあなたを愛していたし、すごく可愛がっていたの」
「うん……わかった。モデルの収入があるし、私、部屋を借りて一人暮らしをしようかと思ってる。おじいちゃんと伯母さんから距離を置きたい」
「いいんじゃない? でもアンは未成年だから、契約するときにおじいさんか伯母さんの同意が必要になるけど」
「それはモデル事務所の社長がやってくれるって言ってた」
それなら安心か。アンの話はそれで終わって、アンは帰った。
久しぶりに立ち寄ってくれたメイドのコリンヌさんと他愛ないおしゃべりをした。
「うちの奥様が喜んでいたわ。グランデル伯爵家からお礼の品をいただいたそうよ。素晴らしい占い師を紹介してくれてありがとうって」
「お役に立ててよかったわ」
楽しいおしゃべりをしてお城に帰ったら、真っ黒い馬が馬繋ぎ場にいた。魔法教会のスパイクさんが来ているらしい。
居間に入ると、スパイクさんとレクスさんが会話していた。
「やあ、おかえり。お邪魔しているよ」
レクスさんが「ニナに内密の話があるらしいよ」と言って私の分のお茶を淹れてクッキーを出し、部屋を出た。
スパイクさんが姿勢を正して、「大切な話がある」と切り出した。
他の魔法使いには知らせの鳥で伝えたそうだけど、私にはスパイクさんがわざわざ知らせに来てくれたようだ。
なんだろうと構えていたら、「魔法協会の会長が辞任した」と言う。
新しい魔法使いの卵がなかなか見つからない中、会長は自分の孫娘であるアンが十五歳になるまで指導しながら様子を見ていたけれど、芳しい結果が得られなかった。
そこでアンの可能性を期待して師匠に預けたらしい。
しかしアンが修行を辞めてモデルの仕事を始めたために、アンの魔法使いとしての将来を諦めたという。
アンの前に見つかった魔法使いの卵は私で、私は基本の魔法を使えなかったから魔法使いとは認めることに反対していた。
やっぱりアンのおじいさんが私の認定に反対していたのか。
「魔法使いの世界に新しい流れが生まれている、というのが魔法協会の判断だ。私もそんな気がしている」
「新しい流れ?」
「私も基本の魔法はたいしたことないんだ。私は時間を遡る特殊技能の持ち主だし、ニナは特殊技能だけの持ち主だ。アンは正直、魔法使いとしては魔力が少なすぎた。魔法使い自体が変化しているのではないか、という考えが広まっている。アンに関しては、まともに修行をしたとしても魔法使いと認めてもらえるレベルにはならなかったと思うよ」
「彼女、それに気づいてます?」
「会長が十五歳まで教えても成長が見られなかったからね。彼女自身も気づいているんじゃないかな。会長はアンに期待して君を否定していたけど、こういう結果だから。辞任は自分の判断の誤りに責任を感じた結果のようだね。年齢的に気力が萎えたのもあるかもしれない」
だいたいのことは分かったけど、一番の連絡事項は会長が変わるってことよね?
それなら私には、あんまり関係ない。
そう思って気楽に聞いていたのだけど。
「協会の幹部は全員高齢でね。他の幹部も会長と共に退くと言い出して辞任した。結果、私が次の会長に決まったんだ」
「そうなんですか。おめでとうございます」
「ということで、会長が引き受けていた王室関係の仕事は、私とニナで引き継ぐことになった」
言われたことを理解するまで数秒かかった。
「はい? 王室関係? なんで私が? というより、王室関係の仕事なんてあるんですか?」
「君に関しては王室側からの強い要望なんだ」
「王室が私のことを知っているんですか?」
「もちろん。王室と魔法協会は昔から強く結びついているだろう? 新しい魔法使いが登録されれば、詳細に報告される。あれ? もしかしてラングリナ・エンドから王室と魔法使いの関係について、何も聞いていないの?」
「全く。なにも」
スパイクさんが「あっ……そう。参ったな。まあ、彼女は権力者が嫌いだからなあ」と苦笑した。
いやいや、師匠! これ、どういうことですか!
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。王室からの依頼なんて、今まで多くても年に一、二回だったし」
年に一、二回はあるのかい。