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33 がんばれよ、レクス

 ジェシカさんが帰るのを待ってから、私たち三人は居間に集まった。

 もう夕方で、雨は相変わらずシトシト降っている。


「今日はいろんなことがあって、濃い一日でした」

「兄上が来て、スパイクさんも来た」

「私はそれに加えてフレッド君の力を知ることができました」


 フレッド君は少しソワソワしている。やはりレクスさんに自分の力を知られるのが怖いらしい。

 レクスさんが「ん?」という顔をした。


「フレッドの力?」

「フレッド君は魔法が使えます」


 フレッド君は下を向き、レクスさんは動きを止めた。

 

「ちょ、ちょっとまって。フレッドは魔法を使えるの? どんな魔法?」

「植物を育てる魔法が使えます」

「フレッド、僕にも見せてくれる?」

「むり。さっきニナにみせたから、あしたまでむり」

「あ、そうか、魔力が溜まるまで時間がかかるのね」


 今度はフレッド君が首を傾げた。

 

「まりょくって?」

「さっき使ったのが魔法で、魔法には魔力が必要なの。フレッド君はまだ五歳だから、魔力が溜まるまで時間がかかるんだと思う」

「ニナもまほうをつかえるのか?」


 レクスさんが素早く心配そうに私を見た。ここは気を遣わせないようにサラッといこう。サラッと。


「私は魔力がないから、フレッド君みたいな魔法は使えないの」

「聞かれてないけど、僕も全く使えないよ」

「そうなのか」

「フレッド、魔力が溜まったら僕に見せてくれるかい?」

「いいぜ」

「楽しみだなあ」


 そこで私は「ハッ!」と息を吸った。


「そうだ! 今日はお祝いをしなくては。初めて魔法が使えた日は、お祝いをするものなの。今夜はフレッド君の好きな料理でお祝いしましょう」

「『おっきくなあれ』をしたのは、はじめてじゃないぞ?」

「それでもいいのよ。今日をお祝いの日にします。何が食べたい?」

「ミートパイ」

「わかった。買いに行ってくるわね」


 出かける用意をしていると、レクスさんが追いかけてきた。


「車を出すよ。フレッドも連れて三人で行こう」

「雨だからバスで行きますよ」

「もう雨は上がったよ。さっきの家を出るって話は、また別の機会に話そう」


 フレッド君は車に乗れるのが嬉しそうだけど、レクスさんは少し元気がないような。出て行く話、こだわってるなあ。レクスさんが結婚するのはまだ先の話だろうから、私だって今すぐ出て行くわけじゃないのに。

 『パイとペストリー ミゼル』は混雑していて、車を停めるのも迷惑になりそうなほど細い裏道に人が集まっていた。


「これはまた混雑しているな。今日は特売日なのか。全商品が一割引きって貼り紙があるよ。仕方ない、車を他に停めて歩こう」


 レクスさんは少し離れた場所に停めたが、そこはロルフミルク店の近くだった。

 今夜は私が魔女認定されたことをロルフさんに報告しよう。それから、もしできればフレッド君を鑑定してもらいたい。


「レクスさん、帰りにミルク店に寄っていいですか?」

「もちろん。ミルクはまだあったような気がするけど?」

「えっと、ミルクを買うんじゃないんです。後で説明します」

「わかった」


 混雑している店で並んでいる間に、フレッド君が眠そうな顔になった。レクスさんがひょいと抱っこしてた。「寝ていいよ」と声をかけると、あっという間に眠ってしまった。

 フレッド君の好きな豚肉のパイとマッシュポテトを買ってから、ミルク店に入った。


「いらっしゃい。おや、お嬢さん。久しぶりですね」

「お久しぶりです」


 眼帯をしているロルフさんが、チラリとレクスさんとフレッド君を見た。


「こちらは私の大家さんで、この子は預かっている子です。ロルフさんにこの子の鑑定をお願いしたかったんですが、眠っちゃって」

「この子に魔法使いの可能性があるってことかい?」

「はい」

「それはそれは。喜んで鑑定させてもらうよ。眠っていても問題ないんだ。料金が少々高いけど、大丈夫かい?」


 ロルフさんが告げた料金は、王都の繁華街にある独身者用の貸し部屋の家賃くらいだった。そりゃそうか。魔法使いの鑑定は滅多にないことだから、鑑定料は高くなるよね。

 でも大丈夫。念のために全財産を持ってきた。

 私が手提げバッグから硬貨が詰まった袋を取り出して口を開け、お金を取り出そうとしていたら、レクスさんがスッと銀貨を数枚出した。


「僕が払う。これでお願いします」

「ありがとうございます。では坊やを近くに」


 カウンターの中からロルフさんが出てきて丸椅子に座り、その向かいにレクスさんがフレッド君を抱いて腰を下ろした。私はレクスさんの脇に立った。

 ロルフさんが眼帯を外すと、レクスさんがピクッとした。黄色の光彩に驚いているんだね。

 ロルフさんは気にすることなく、フレッド君のおなかのあたりを見ている。

 それからフレッド君のダラリと下がっている腕を取って自分の左の手のひらに載せ、右手の人差し指と中指をフレッド君の手首に当てた。

 呼吸を五回するくらいそのまま動かなかったが、突然両目を大きく見開いて「ははあ。こりゃまた」とつぶやいた。

 そしてそっとフレッド君の手を放すと、私を見た。


「間違いない。この子は魔法使いの卵だよ。この歳にしてはかなり魔力量が多い」

「そうでしたか! ありがとうございます」


 ロルフさんは少し興奮した様子で、「これは将来が楽しみだ」と言う。

 

「さっそくお嬢さんから魔法協会に報告してくださいね」

「魔法協会の住所をご存じだったら教えていただけますか?」

「手紙で報告するつもりかな? 知らせの鳥を使えばいいのでは?」

「私は知らせの鳥が使えないんです」

「知らせの鳥が使えない……」


 そう言って私の指輪を見た。気まずい間があってからロルフさんが「では私から報告しておこう」と言ってくれた。

 帰り道は私がフレッド君を抱いて助手席に座り、レクスさんが車を運転しながら「はあああ」とため息をついた。


「驚いたなあ。この首都にニナみたいな魔法使いがいるだけでも驚きなのに、ニナに会いに来た男性も魔法使いだし、フレッドまで魔法使いだ。そして街のミルク店に魔法鑑定士だよ? おとぎ話みたいだ。この世界は僕が知っている世界の中に、魔法使いたちの世界が同時に存在していたってわけだ」

「はい。絶滅寸前ですけど魔法使いは確かに存在します。フレッド君の母親は、我が子の魔法を見て怯えたんでしょうね」

「なるほどね」

 

 私は車に揺られながら、さっきのことを思い出していた。

 ロルフさんにレクスさんを「大家さん」と紹介したとき、レクスさんからピリリとした雰囲気を感じた。大家さんて言ったら失礼だったのかな。

 スパイクさんが帰ったあとも、私が出て行くつもりといった理由を何度も問い詰めようとしていた。

 レクスさんの気に障ることって、結構ある。気をつけよう。でも、「大家さん」がダメなら、なんて紹介すればいいんだろう。

 

 お城に着くと、レクスさんは眠っているフレッド君を私から受け取った。フレッド君を抱え直してから夜空を見上げてから「ふぅ。大家さん、ね」とつぶやいて息を吐いた。

 眠っていると思っていたフレッド君が目を開けて「がんばれよ、レクス」と真顔で言う。

 

「ありがとう、フレッド。起きたなら自分の足で歩きなさい」

「わかった」

「レクスさん、具合が悪いんですか?」


 私の問いかけにレクスさんは一度振り向いただけで何も答えず、フレッド君と手をつないでお城に入った。

 親切で住まわせてくれているのに「いつかは出て行くつもりだ」なんて言ったから、気に障ったのかな。説明が長くなってもちゃんと伝えるべきだったろうか。


 買ってきたパイを食べながら私とフレッド君は話が弾んだ。


「魔法の知識は私が知っているの。フレッド君には私が教えてあげますね」

「うん。たのむぜ。パイ、うまいな」

「美味しいですねえ」

 

 盛り上がっている私たちとは対照的に、レクスさんは元気がなかった。

 出て行く話を早々とするんじゃなかった。親切で同居させてもらっているのに、無神経だったわ。

 悪いことをした。

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