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3 仕事は占いと失せ物探し

 料理は必要ないと言われたけど、お茶くらいは淹れてもいいよね? 

 暖炉でお湯を沸かしてお茶を淹れた。自動車から荷物を下ろし終えたレクスさんが、私の様子を黙って見ている。

 お茶を二人分淹れて、レクスさんの前にも置いた。野草の葉にミントをブレンドしたお茶は、我ながら清々しく美味しい。

 レクスさんはカップを手に取り、真面目な顔で口をつけた。満足そうな顔をしているから、野草茶はレクスさんのお口に合ったらしい。


「僕はベアトリス・アシャールの親戚で二十八歳。学者だ。君のことを知りたいんだけど、名前は?」

「ニナ・エンド、二十三歳です。仕事は占いと失せ物探しです」


 ここでたっぷりとした間があった。胡散臭いと思われているのだろう。魔女だと言ったら追い出されるかもしれないから、それはまだ言わないでおこう。


「こちらに来てまだ一ヶ月ですが、収入に困ってはいません。腕はいいので」

「そう……。台所を使わない理由は?」

「台所は石炭を使うタイプだったので、私一人なら石炭を買うまでもないかなと思って暖炉で料理していました。今まで住んでいた家では、居間の中央にあるストーブで料理をしていたので問題ありません。ここでは電気も使っていません」

「では、ラジエーターも使わなかったってことか。石炭を手配してあるから、料理は台所でしてほしい。暖房はまあ、そろそろ使わない季節だけど、毎日シャワーを使いたいからボイラーは稼働させる。基本は僕が管理するけど、僕が留守の時は君に頼みたい。ボイラーの使い方はわかる?」

「説明書を読めばわかります。ひとつ確認ですが、私は自分の仕事を続けていいんですよね? お城の全ての部屋を毎日完璧に掃除しろと言われたら、働けなくなってしまいます」


 レクスさんは軽くうなずいた。


「仕事は続けてかまわない。使わない部屋は余裕がある時に掃除してくれればいい。僕からは以上。僕は玄関ホールの上の部屋を使うつもりだ。ニナ、これからよろしく」

「よろしくお願いします、レクスさん」


 そこでレクスさんはお茶を飲み干した。


「これ、美味しいね。どんな茶葉なの?」

「自分で摘んで干した野草の葉に、ミントをブレンドしました。アップルミントが敷地の隅に生えていたので」

「野草の種類を聞いてもいいかい? 記録したい」

「はい、もちろん」


 台所に置いてある茶葉を持ってきて説明しようとしたら、レクスさんが居間に置いた箱から見慣れない物を取り出した。そう言えばこの人、荷物がやたら少ない。不思議に思って尋ねたら、「今日は雨だからほとんどの荷物は明日にした」のだそうだ。

 レクスさんはテーブルの上にひと抱えほどの大きさの機械を置いて両手を載せている。


 挿絵(By みてみん)


「それは?」

「タイプライター。キーを打てば紙に文字が印刷される。最新の機械だ」

「タイプライター……」


 この人はどの方面の学者だろう……とは思ったけど、余計なことは聞かないことにした。お名前からして貴族の御子息だろうから、悠々自適ってところだろうか。

 レクスさんはタイプライターで野草の名前を書きとると、紙を手に取って満足げにそれを眺めている。


「ベッドもお布団もずっと使われていないので、今夜は私のベッドを使ってください。私は暖炉の前で寝ます。最初の日もそうしましたから平気です」

「ええ? まさか。君に掃除を頼んだけど、住み込みの使用人として契約したわけじゃない。僕と君は対等な立場だよ。君を床で眠らせて僕がベッドで寝る理由がない。僕が暖炉の前で寝るよ」


 でも、という言葉は飲み込んだ。

 ここで私がへりくだるのはやめておこう。レクスさんの言葉は筋が通っている。


「わかりました」

「助かる。僕は面倒くさいやり取りは苦手なんだ。あ、石炭が来たみたいだ。受け取ってくるよ」


 レクスさんはそう言って腰軽く外に出た。見るからに貴族だし名前は完全に貴族だけど、自分が動くことに抵抗がないらしい。

 よかった。もしレクスさんが顔を洗っている間にタオルを持って立っていてと要求するような人だったら、さっさとここを出て行こうと思っていた。あんなふうに動いてくれるなら、一緒に住むのは案外楽かもしれない。

 

「ニナ! 悪いけど手伝ってくれる? 石炭を濡らしたくないんだ。さっさと小屋に移したい」

「はい」


 ほろをかけた荷馬車がお城の裏手にあるボイラー小屋の前に停まっている。雨の中、運んできた業者の男性とレクスさんが石炭小屋に向かって、シャベルで石炭を放り込んでいた。私も参加して、素早く石炭を荷馬車から小屋へと移し終えた。

 荷馬車は帰り、レクスさんが石炭小屋の扉の内側に貼ってある取り扱い説明書を読んでいる。


「ふんふん、こうして、この新聞紙を燃やして……よし、あとはスイッチを入れて……あれ? 動かないな」

「配電盤のスイッチを入れてきます」


 背後で「えっ?」という声が聞こえたけど、そのまま走った。配電盤のスイッチを押し上げて戻ると、ボイラーの中の石炭がゴウゴウと音を立てて燃えていた。

 レクスさんはボイラーの扉を閉め、「ニナ、ちょっと話をしよう」と言って歩き出した。話ってなんだろう。

 そのまま居間に二人で入った。


「ニナは今まで電気を使っていなかったの?」

「ええ。夜はロウソクを使っていました」

「ロウソク……。シャワーは水を浴びていたの?」

「いえ。お湯を沸かしてタライで体を洗って、髪は洗面台で洗っていました。師匠と住んでいた家でもそうしていました。師匠の家は水道も電気も来ていなかったので、問題ありません」

「問題あるよ。寒かっただろうに。ええと、どこから来たんだっけ」

「モーダル村です。いい村です」

「モーダル……。あの路線の終着駅か。そこの生まれなの?」

「いえ、たぶんパロムシティの生まれだと思います。事情があって三歳で師匠に引き取られました」

「ごめん。立ち入ったことを聞いた」


 レクスさんが申し訳なさそうな顔をしている。


「気にしないでください。私は師匠に引き取ってもらって楽しく暮らしてきました」

「そう。師匠って、何の師匠なの?」

「占いとか、失せ物探しとか。その他にもいろいろ教わりました」

「そう。わかった。よし、電気をつけよう」

「まだ昼間なのに?」

「雨だから暗いよ。僕はこのとおり視力があまりよくない。暗いと余計に目が疲れるんだ」

「そうでしたか」


 レクスさんが入口にあるスイッチをパチンと入れると、シャンデリアとフロアランプが点灯した。もっと眩しいのかと思っていたけど、そうでもない。部屋の天井の隅は薄暗い。私好みの明るさであり暗さだ。


「じゃ、僕は仕事をするね」


 そう言ってレクスさんはタイプライターを打ち始め、私は台所に石炭をバケツで運んで食事を作ることにした。

 このあと、私はレクスさんの変わった食生活を知って驚くことになる。


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