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20 ミートパイの夕食

 一日の仕事を終えて、私はレクスさんに指定されたスノードロップという店でお迎えを待っている。

 クッキーとお茶はとうに消えていて、いつまでこの席にいていいのかなと思い始めた頃、レクスさんの自動車が店の前に停まった。

 急いで店を出ると、フレッド君が「ニナ! むかえにきたぜ!」とご機嫌だ。

 フレッド君に「ニナはオレのとなりにすわりなよ」と言われて後部座席に座った。

 ロルフさんに出会うことなく車に乗れて、ホッとした。


「くるまにのってミートパイをかいにいくんだぜ! すごいよな?」

「フレッド君はミートパイが好きなのね?」

「だいすきだ。かあちゃんがいっぱいかせいだひは、かってきてくれた」


 この子がお母さんのことを話してくれたのは、これでまだ二回。五歳児なりに泣きごとを言わずに踏ん張っているんだろうな。それはレクスさんも気づいたらしい。


「フレッドはどこのお店のミートパイが好きなんだ?」

「みせのなまえ? わかんないな」

「場所はどこだか覚えているか?」

「ん-、うまのみずのみばがあった」


 レクスさんが車の方向を変えた。思い当たる場所があるらしい。

 少し走って着いたのは『パイとペストリー ミゼル』という店だ。確かに店の横に馬用の水飲み場がある。

 レクスさんはいつからこの手の店を知っているんだろう。

 お城に引っ越してくる前は、どこに住んでいたのだろう。

 なんとなくだけど、実家をだいぶ前に出て暮らしていた気がする。


「ここだ! レクスはすげえな。すぐわかるんだな」

「ニナ、悪いけどこれでフレッドとパイを買ってきてくれる? 僕は近所でフレッドの母親のことを聞いてみるよ」

「わかりました」


 お金を受け取って店に入ると、店の中は美味しそうな香りが充満している。さっきクッキーを食べた私のおなかがグウウと音を立てた。


「フレッド君が好きなのを買いましょう。どれが好きなんです?」

「オレは……これだ! かあちゃんはいつもこれをかってきてた」


 フレッド君が指さしているのは、八つにカットされた豚肉のパイ。この店で一番安い商品だ。

 これを買って帰る時、きっと母親はフレッド君の喜ぶ顔を思い浮かべていたのだろう。少なくとも子供にパイを買うだけの愛情はあったわけだ。ちょっとホッとする。


「ニナ、マッシュポテトもいいか?」

「もちろん。たっぷり買って、明日の朝も食べましょうか」

「うん!」


 フレッド君が嬉しそうだ。

 大皿に山盛りにされたマッシュポテトが三種類並んでいる。

 シンプルなもの、野菜入り、ベーコン入り。

 おそらくフレッド君の母親が買っていたのはシンプルなものだろう。懐かしい味を食べて元気になってほしい。

 シンプルなものを三人分と、ベーコン入りのを三人分ずつ買った。

 包みを抱えて車の前でしばらくレクスさんを待っていると、レクスさんが走ってきた。


「ごめん、待たせたね」


 母親の情報はありましたか? と目で尋ねると首を振った。

 フレッド君はご機嫌で、お城に着くまで眠らずに起きていた。

 ミートパイとマッシュポテトの夕食に、畑のニンジンの甘煮、レタス、二十日大根を添えて出した。

 専門店のミートパイは肉がたっぷり。スパイスの効かせ方が素晴らしく、マッシュポテトもクリーミーで美味しい。フレッド君も嬉しそうに食べている。


「うまいなぁ。ありがとう、レクス、ニナ」

「どういたしまして。今夜は寝なかったな」

「へへへ」


 夕食後にレクスさんがフレッド君と一緒にシャワーを浴びた。

 全身を洗われたフレッド君は、黙っていれば貴族のお坊ちゃんに見える整ったお顔だ。


「フレッド君は一人で寝られる? 布団は干しておいたけど、大丈夫かな?」

「ニナといっしょは、ダメなのか?」


 急にフレッド君の元気がなくなった。


「ここ、ひろくてこわいよ」

「じゃあ、私の部屋にベッドを運んで寝ましょうか」

「いいのか?」

「いいですよ。あの部屋広いですし、一人の部屋で寝るのはお城が怖くなくなってからにしましょう」


 フレッド君はあっという間に眠った。寝顔を見ていたらドアがノックされて、レクスさんが「ちょっといい?」と言う。

 招き入れられたのはレクスさんの部屋だ。


「どうしました?」

「魔女は父親と息子が本当の親子かどうか見抜けるの?」

「師匠はできました。血を使っていましたね。銀の天秤の左右の小皿に父親と息子の血液を一滴ずつ落として魔法をかけるんです」

「それで?」

「魔法をかけると、本当の親子なら完璧に釣り合います。でも他人の場合は、父親の血を載せたお皿が下へガタンと傾きます。大昔はそれで皆が納得していましたけど、今はどうですかね。魔法や魔女の存在を信じない人にとっては、何の証拠にもならないのでは?」


 昔は信じてもらえた魔法が、今では胡散臭い手品と思われているからね。


「魔法を使わなくても、たくさんあるチェック項目を照らし合わせて『そうじゃないかな』って判断することはできます。ただ、他人の空似と言われたらそこまでかも」

「そのチェック項目を教えてくれる?」


 そこからは私が学んだ知識を披露し、レクスさんはタイプライターでどんどん書き起こした。


「父親と息子がよく似るポイントは結構多いです。まずあごの形と頬骨の高さ。額の形。鼻の先の形。でもこれはフレッド君が幼くて使えません。使えそうなのは……目の形、耳の形、眉の濃さと形、唇の厚さ。特に薄い唇は似やすいそうです」

「なるほどね。あとは?」

「癖毛か直毛か、髪の色、瞳の色、手の大きさと指の形、笑うときの表情、成長すれば歩き方や肩幅などもチェックポイントです」


 レクスさんがタイプライターを打ち終わって、しばし紙を眺めている。


「今日シャワーでフレッドの全身を洗いながら観察したんだけど、骨格が兄と似ているんだよね」

「そうですか」

「フレッドの記憶を読んだら何かわかる?」

「残念ながら、ギリギリ使えません。五歳くらいまでは現実と妄想が混ざって記憶されているんです。フレッド君はマクシミリアン様に一度も会ったことがないはずですが、今あの子の記憶を読んだらマクシミリアン様が父親だった記憶が出てくるかもしれません」


 レクスさんは「それは困るな」と苦笑してから真顔になった。


「僕の実家はね、実の息子である僕でさえ逃げ出すような家なんだ。もしフレッドが兄の子であっても、とてもあの家に住めとは言えない。そういう父なんだ。だから兄には任せられないし任せたくない。フレッドが酷く傷つく」

「ここで育てるんじゃだめなんですか?」

「そう簡単に言わないで。ニナにもずっと迷惑をかけることになる」

「私はたった三歳で師匠に引き取られたんですよ? それを思ったらなんてことありません。あっ、でもここでフレッド君を引き取って育てたら、レクスさんの結婚に差し障りが出ますね。その時は」


 その時は私がフレッド君を連れてここを出て育てますよ、と言おうとしたけどレクスさんに遮られた。


「僕は結婚に興味がないんだ。だから……」


 レクスさんはそこで言葉を切って、そのまま黙り込んだ。

 だからフレッド君を引き取る? 引き取れない? 気になる。でも他人の私は口出ししにくい。


 「では私もシャワーを浴びて寝ます」と言って部屋を出た。

 お金に余裕があれば、私が育てます! と言い切るんだけどな。

 レクスさんは明日の夕食を実家で食べる予定らしい。


 実の息子でも逃げ出すような実家での食事か。

 レクスさんの心の傷が増えませんように。

 

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