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2 メガネの男性 レクスさん

 お城に引っ越してから一ヶ月が過ぎた。

 途中で四十代くらいのヨーゼフさんという男性が来て、私はだいぶ怪しまれた。だが師匠に貰った書類を見せたらわかってくれた。

 

「私はアシャール伯爵家から庭の管理を任されていたんですが、庭の管理はどうしますか?」

「今後は私がやります」

「わかりました。手が足りなくなったら声をかけてください。アシャール城の庭師のヨーゼフと言えば、この辺りの者ならみんな知っていますので」

「ありがとうございます」

 

 一ヶ月の間に城を訪れたのはヨーゼフさんだけ。

 私は毎朝、バスに乗ってパロム駅近くの公園まで仕事に出ている。仕事は占いと失せ物探し。

 目標の金額を稼いだら欲張らずに帰る。

 この一ヶ月で「公園の占い師はよく当たる」と評判になったらしく、往復のバス代を差し引いても日銭を稼ぐのに苦労はしていない。公園のベンチで「占い・失せ物探し」と書いた折り畳み式の小さな看板を立てて座っていると、すぐにお客さんが前に立つようになった。

 

 お城にいる間はひたすら掃除をして芝を刈り、芝生の隅を掘り返して小さな畑を作っている。

 サンルームにはたくさんの鉢植えを並べ、薬草や香草を植えて育てている。庭にも同じものを植えてあるが、室内で育てているのは、遅霜おそじもや病気で畑の苗が枯れたときの備えだ。

 

 今日は雨。雨の日は仕事を休む。床を磨き、窓ガラスを磨き、金属という金属を磨き砂で磨いてから、骨付き鶏肉と野菜のスープを作った。

 このアシャール城には家具も食器も揃っているから最低限の着替えだけを持って出て来た私でも不自由はない。

 セントラルヒーティング用のボイラーは石炭でお湯を沸かす型だけど、ポンプとモーターを動かすのに電気を使う。こんな古いお城にも電気が引かれていることに感心した。すごいね、さすがは首都パロムシティ。

 

 電気と石炭の代金がもったいないから、暖房は使わない。

 台所は石炭を使う仕様だから台所のかまどやオーブンも使っていない。せっせと糸杉の枯れ枝を拾って、居間の暖炉で料理を作っている。豪華なシャンデリアも電気式だから使っていない。

 夜はロウソクの明かりで暮らしているが特に不便は感じない。二十年間暮らした師匠の家には電気も水道もなかった。


「さて、お茶を飲みますか」

 

 自作の野草茶は周辺で見つけた食べられる野草を乾燥させたものだ。首都パロムには三百万人が住んでいるから街に出れば何でも売っているけれど、それほど欲しいものがない。

 引っ越してから今まで、ロウソクと食材とペンとノートとインクしか買っていない。ノートは日記をつけるため。

 日記を書いている最中に外でエンジンの音がした。


「誰かしら」

 

 急いで一階に下りると、玄関ホールにメガネをかけた背の高い男性が立っていた。

 濃い茶色の髪はツヤツヤしているし顔と立ち姿がなんだか王子様みたいだけど、若干冷たそうな雰囲気だ。スーツを着て鞄を下げている。

 男性は階段を下りている私を見て、端正な顔に驚いた表情を浮かべてから眉をひそめた。


「君は誰? どうやってここに入ったの? 今すぐ出て行くなら不法侵入の通報はしないでおくが」

「あなたこそ誰? このお城は私のものなの。不法侵入者はあなただわ」

「は? 僕の名前はレクセンティウス・ローゼンタール。この城の持ち主だったベアトリス・アシャール夫人の親戚だ。僕は正式な手続きを経てこの城を相続した。証明書があるよ」


 メガネの男性は淡々とそう言って、革の鞄から大きな封筒を持ち出し、シュッと一枚の書類を抜き取って玄関の小机の上に置いた。

 

「それなら私だってちゃんと一筆書いてもらったものを持っています。アシャール夫人のサインもあるし、いんも押されています」

「ほう。拝見」


 私たちは互いに相手の書類をじっくり読んだ。

 その結果、どうやら不法侵入者は私の方だと思えてきた。レクなんとかさんの書類には役所の証明がされているが、私が師匠から渡された書類には「あげますよ」という意思表示しか書かれていない。


「なるほど。だいたいの事情はわかった。君にこの紙を渡したラングリナ・エンドという人は、アシャール夫人から譲渡すると言われて一筆も書いてもらったのに、十年もの間何の手続きもしなかったんだね。そしてそのままこの紙と城を君に託した、と」

「そのようですね……」

「すぐに手続きをしていれば、アシャール家の不動産管理人が夫人に意思確認をしてから所有者の変更をしただろうに。アシャール夫人は去年亡くなったんだ。よって、この城は相続した僕の所有物だ」


 師匠はそんな事情を知らずに、このお城を貰ったものと思い込んでいたんだろうなあ。師匠はそういう俗世の手続きに疎いところ、ある。


「わかりました。すぐに荷物をまとめて出て行きます。勝手にあなたのお城を使って、申し訳ありませんでした」


 うなだれて階段を上がっていく私に、声がかけられた。


「ちょっと待って。君、パロムシティに知り合いはいるの?」

「いません」


 そう答えてまた階段を上り、荷物をトランクに詰めて階段を下りた。


「勝手に住んだだけでなく、庭に畑を作ったことも申し訳ありませんでした。ティールームに鉢植えがありますので、できれば今から地植えさせてもらえませんか? あのまま水切れで枯れさせるのはあまりに可哀想なので」


 男性は私の質問には答えず、私に質問を投げかけた。


「この家を掃除したのは君なの?」

「はい。あの、地植えを……」

「ちょっと居間で待ってて。城の中を見てくる」

「私、何も盗んでいません!」

「いいから」


 まあ、仕方ない。師匠が住んでいたならともかく、その弟子という縁もゆかりもない私が住んでいたんだものね。気持ち悪いだろうし、盗まれたり傷つけられていないか確認したいよね。

 レクなんとかさんが家の中を見て回る足音を聞きながら、この先のことを考えた。

 

 今夜は安宿に泊まるにしても、その先はどうすればいいだろう。まずは貸し部屋を斡旋している店を探すところからか。ちょうどいい部屋がなかったらどうしよう。お金は足りる? 野宿は嫌だなあ。

 駅に向かう最終バスは何時に出るんだっけ。最終に乗り損ねたら、何時間も歩くことになる。

 レクなんとかさんが下りてきて、そのまま台所や浴室も点検している。あ、使っていた石鹸を置きっぱなしだった。


「君、掃除をしてくれたんだね。城の中がどこもかしこもきれいになっている」

「住む場所を掃除するのは当たり前ですから」

「全ての部屋の窓ガラス、床、ラジエーターまで磨いてあった。本職のメイドでもなかなかこうはいかないよ。使っていた部屋も清潔で整頓されている」

「……どうも」


 レクなんとかさんは少し考え込んでいたけれど、メガネの真ん中を指先で押し上げて、私を見た。


「一ヶ月住んでこれなら、君はちゃんとした生活をするきれい好きな人だね。通いで掃除する人を雇うつもりだったんだけど、君がこの家の掃除をしてくれるならここで暮らしてもいいよ。畑もあの規模ならそのままでいい」

「ほんとですか? でしたら私、料理もできます。……田舎料理ですが」

「いや、料理は結構。僕は外で食べるか買ったもので済ませる」

「わかりました。ありがとうございます。レク、レク……」

「レクセンティウス・ローゼンタール。レクスでいいよ」


 こうして私は、レクスさんとこの古城で暮らすことが決まった。

 

使っている画像はweb小説使用OKの写真素材です。

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