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18 通いメイドのジェシカさん

 朝、畑で野菜を収穫していると、パジャマ姿のフレッド君が出てきた。


「おはよう、ニナ」

「おはようフレッド君。早起きね」

「はらへった」

「そうか、夕飯を食べずに眠ってしまったから。すぐに朝ごはんを作るわ。フレッド君が抜いたニンジンもあるわよ」

「ニンジンはすこしでいい」

「はいはい」


 昨夜の残りを温め、パンを焼いていたらレクスさんも起きてきた。フレッド君が遅れて畑から戻ってきた。畑を熱心に眺めていたから、野菜の収穫か畑が気に入ったらしい。


「フレッド、おはよう。おねしょはしなかったか?」

「オレはもう五さいだぜ、おねしょはしない」

「そうか。偉いな。ニナ、僕も一緒に朝食をお願いします」

「はい、レクスさんの分もちゃんと作っていますよ」


 今朝は簡単に目玉焼きとパンと温めたミルク。ニンジンの甘煮。レタスに二十日大根。

 フレッド君はご機嫌でパンとニンジンの甘煮を食べてくれた。


「このニンジン、うまいな」

「気に入りましたか?」

「このニンジンだけ」

「また作りますね」


 つい癖でレクスさんの背後をチェックしようとして、私の目を見ているレクスさんと視線が合ってしまった。


「すみません」

「いや、いいんだ。心配してくれてありがとう」


 そんなほんわかした朝食を終え、レクスさんと二人で食器を洗っていたら玄関でノックの音。

 レクスさんが対応に出て、メイド服の女性と戻ってきた。


「本日から坊ちゃんのお世話に参りました。ジェシカと申します。よろしくお願いします」

「この子がフレッドだ。よろしく頼むよ。僕はレクス、彼女はニナ。ニナは掃除だけを担当してくれる同居人なんだ」

「皆様よろしくお願いいたします。実家では弟妹の世話をしていましたので、私が選ばれました」


 ウィリアムさんが子育て経験豊富なメイドと言っていたから、もっと年上の人を想像していたけど、私と同年代だった。明るい茶色の髪と瞳。

 身長も私と同じくらい。笑顔が明るい、ハキハキした人だ。


「時間ぴったりだね」

「今はエンジンつきのバスなので、時間を読めて助かります」

「馬車バスの頃に比べたら、確かに時刻表通りになったよね」


 田舎は今でもバスと言えば馬車バスだ。馬車バスもあればいいほうで、それさえもモーダル村にはなかった。


「フレッド、ジェシカに挨拶をしなさい」

「ニナはオレとあそんでくれないのか?」

「私は仕事で出かけるんです。帰ったらジェシカさんと交代しますね」

「オレはひとりであそべるのに」


 フレッド君は相手によって人見知りするらしい。

 

「フレッドを一人にしておいたら、僕が心配で仕事ができないんだよ。一人で遊んでもいいからジェシカと一緒にいてくれ」

「ふうん。わかった」

「よろしくお願いしますね、フレッド坊ちゃま」

「フレッドでいい」

「ではフレッド様、あちらでお絵描きしますか? お絵描き帳とクレヨンを頂いて参りました」


 ウィリアムさんの配慮に感心した。

 クレヨンは工場で作られるようになって値段が下がったものの、以前は庶民には高嶺の花だった。昔のクレヨンは蜜蝋を使って手作りされていたから「そういう品があるらしい」という噂を聞いただけ。モーダル村では見たことがない。

 工場生産品らしい十二色のクレヨンはきっちり同じ形と大きさだ。今度私も買おうかな。


「ニナもおえかきしたいのか?」

「私はそろそろバスの時間ですから、帰ったら一緒にお絵描きしましょうか」

「わかった」


 ところが、糸杉の小道を歩いていたらバス通りに出る前に雨が降り始めた。雲が厚いとは思ってたけど、これじゃ仕事はお休みだ。

 

「雨が降ってきたので仕事はお休みです。今日は掃除をします」

「うん。よろしく」


 階段を拭きながら上から下へと一段ずつ下がっていたら、居間からレクスさんとジェシカさんのおしゃべりが聞こえてくる。


「ウィリアムの奴、そんなことを言っているのか。相変わらず失礼だな」

「ウィリアム様はレクス様が大好きなんですよ。よくレクス様のお話をなさいます。ですのでお会いする前から、レクス様を存じ上げているような気分でした」

「どうせ悪口だろう?」

「いいえ。レクス様のおかげで大学を無事に卒業できたとか、レクス様が貴族のご令嬢に人気があったとか」

「ウィリアムの話は、話半分に聞いたほうがいいよ」

「では人気があったのは本当なんですね?」

「コメントはしない」


 ジェシカさんの明るい笑い声。レクスさんがきれいな笑顔で微笑んでるのが見えるようだ。

 メイドさんは貴族の主人の友人と、あんな感じに会話するものなのかと驚いた。

 私は「貴族には気をつけろ」と師匠にも村の人たちにも注意され続けて育ったから、レクスさんはともかく貴族は怖いと思っていた。ウィリアムさんも気さくだし、怖くない貴族も多いのかもしれない。


「ニナ、クレヨンであそぶか?」

「階段を全部きれいにしてからなら」

「わかった。オレもやる」


 フレッド君も雑巾を持ってきて拭き掃除に参加した。しばらく一緒に階段を拭いていたけれど、ぽつり、と言葉を漏らした。


「ニナはそうじがすきか?」

「家を清潔にしておくと、気分がいいんです」

「かあちゃんは、そうじがきらいっていつもいってた」

「そこは人それぞれですよ。嫌いな人もいます」

「ふうん」


 ジェシカさんがやってきた。


「あらやだ、私も掃除しますよ。ごめんなさい、気づかなくて」

「いえいえ、ジェシカさんはフレッド君のお世話に来ているんですから、掃除はしなくていいんです」

「いえ、そうはいきません。私、こう見えても掃除は得意なんですよ」


 そう言ってジェシカさんは雑巾と艶出しクリームを持ってきた。階段の手すりに艶出し剤を薄く塗って磨いている。


「艶出しクリーム、どこにありました?」

「持参しました。フレッド様が眠ったら掃除をしようと思って」


 働き者なのね。しばらく二人とも無言で掃除をしていたが、ジェシカさんが遠慮がちに話しかけてきた。


「あのぅ、ニナさんのお仕事のことを聞いてもいいですか?」

「いいですよ。雨でお休みって、どんな仕事かと思いますよね。私は公園で占いと失せ物探しをしています」

「あら……。もしかしてウィリアム様も占いました?」

「ごめんなさい。誰を占ったのかは言えないので、お返事できないんです」

「ああ、そうですよねえ。変なことを聞いてごめんなさい。料金が手持ちで足りるなら、私も占ってもらえますか? おいくらでしょう」


 私が料金を告げると「お願いします」と頼まれた。


「占いですか? 失せ物探しですか?」

「恋占いをお願いします」


 この恋占いが、その後しばらく私とジェシカさんの間に波風を立てた。

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