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13 ウィリアムさんと食事

 手提げ袋にチョコレートの箱を入れて、ウキウキしながらバスに乗った。

 運賃の支払いのときに「おはようございます」と声をかけてくれたのは車掌のチャーリーさんだ。パロムに来て最初に私に挨拶してくれた人。

 あの時は(都会にも優しい人がいる!)って感動したっけ。


 公園に着いて小さな看板を立てると、次々とお客さんが来る。

 記憶を見る能力を使う以上、失せ物探しも恋占いも本人の相談が原則だ。

 恋占いは恋のお相手の言動を思い出してもらって、違和感を感じることや当人が忘れていることを指摘する。「こうするべき」とは言わない。判断を下すのは本人。

 人は印象に残る記憶を鮮明に覚えているが、その記憶を繰り返し思い出しているうちに記憶を微妙に変えてしまうことがある。


「夫の態度がすっかり冷たくなった。別れたい」

「でも、お客様が寝込んだときは徹夜で看病してくれたのでは?」

「そう言えばそうだったわね」


 「冷たい人だ」と思い込んでいる相手の優しい行動を忘れてしまって思い出さないのはよくある。

 その一方で、「優しい」と思い込んでいる人の冷たい言動から目を背けて思い出さない。

 

 「もう五年も付き合ったんだし」「離婚したら世間体が」という感情が本人の判断を迷わせる。

 人間だから情に左右されるのは当然で、恋占いは失せ物探しよりも言葉選びが難しい。

 それだけではない。恋人に興味がない人の記憶は読みにくい。都会には相手のお金や家柄しか見ていない人がいると学んだ。モーダル村ではほとんどなかったことだ。


 私は恋愛経験がない。若い男性が少ない村だったし魔女の弟子だったのもあるが、十代前半から人の記憶を読んできたせいで恋愛に夢を抱けない。


「難しいのよね」

「何が難しいの?」

「あっ! ウィリアムさん!」

「先日ぶりだね。その節はお世話になりました。公園に可愛い子がいるなと思ってよく見たら君だった。名前、なんだっけ」

「ニナです。あれから眠れていますか?」

「相変わらずかな。眠れないのには慣れてる。君、占いと失せ物探しをやってるんだ? 僕も占ってもらおうかな」

「どうぞ」

「じゃあ、今足踏みしている案件が成功するかどうか占ってよ」

「では隣に座ってくださいな」


 ウィリアムさんは私が彼の手を挟むと「お。役得」と言って笑った。それは相手にせず、ウィリアムさんの記憶を探った。


(あっ! しまった!)


 ウィリアムさんの言う「足踏みしている案件」は、レクスさん相手の仕事だった。

 私が知らないレクスさんの生活を見ることになってしまう。同居しているのに、これは気まずい。

 だけど(これは仕事。仕事仕事仕事。割り切れ!)と自分に言い聞かせて、大量の記憶を分別しながら読んだ。

 

 学生時代のウィリアムさんが同学年のレクスさんの書いた不運な王妃の物語を読んで、涙ぐんだり胸をときめかせたりしている。

 大学を卒業後、ウィリアムさんは私も知っているような有名出版社に就職していた。

 そしてレクスさんに恋愛小説を依頼して結果を出し、上司に褒められていた。


 ローズ・モンゴメリーの恋愛小説は四冊ともウィリアムさんが担当していた。どれもよく売れて、「次もうちから出しましょう」と相談をしているけれど、報酬を得たレクスさんが研究を優先して断っている。

 何度も顔を合わせて依頼し、毎回断られている。手紙も書いているが、そのたびに断りの返事が届く。ウィリアムさんはがっかりしたり、もう一度頼もうと奮起したり。


 これはどう伝えたらいいんだろう。

 手を放した後も、なんと言ったらいいのか迷って考え込んでしまった。

 レクスさんが小説と研究にどう比重を置いているのか、一緒に暮らしていても私は知らない。仕事の話はお互いにしないからだ。

 でも……レクスさんは「生活のために書いた」と言っていたけど、「小説を書きたくない」とは言っていなかった。


「ええと……。ちょっと考えさせてください」

「そんなに悪い結果だったのかな」

「そうじゃないんですが。ごめんなさい、ちょっと考える時間がほしいです」

「じゃあさ、食事しながらゆっくり考えない? ご馳走するよ」

「では支払いは自分でしますけど、お店で食べてみたいです」

「よし、じゃあ行こう」


 実は私、パロムに来てからお店で食事をしたことがない。

 モーダル村では食事は自分で作るものだったし、パロムシティに来てからはいつお城を出ることになってもいいように節約して暮らしてきた。

 今は蓄えも少しできたし、たまには外の食事にお金を使ってもいいだろう。

 ウィリアムさんが連れていってくれたのは、タリアナ国料理の店だった。タリアナ国の旗が店の入り口に掲げられていて、テラス席もある。


「中と外、席はどっちがいい?」

「外がいいです」

「では外で。この店はステーキが美味しいんだ。タリアナ風のソースが美味だよ」


 楽しみだなぁ。モーダル村にはレストランがなかった。もちろんカフェもなかった。食べ物は自給自足で、月に一度馬車で売りに来る雑貨屋さんから裁縫用品、文房具などの雑貨を買っていた。

 白い丸テーブルが並んでいるテラス席に案内され、メニューを渡された。メニューには食べたことがない料理名がずらりと並んでいる。どんな料理か想像がつかないから、ウィリアムさんが勧めるステーキにした。


「すごく嬉しそうだね」

「そりゃ人生で初めてお店で食事するんですから」

「人生で初めて? 冗談でしょ?」

「本当です。育った村にはレストランなんてなかったので」

「どこの出身なの?」

「モーダル村です」

「そりゃまた地の果てだ」

「モーダル村は地の果てではありません。その先にも村はあります」

「冗談だよ。ニナはスレてなくて可愛いなぁ」


 くっ。モーダル村を好きすぎてむきになった。

 運ばれてきたステーキは確かにタリアナ風ソースが美味しかったが、この値段でこれか、と思わなくもない。チーズを使ったソースにはニンニクが入っている。これは自宅でも作れるのでは? と思った。

 食事が終わるころ、占いの結果について説明した。


「占いの結果ですが、可能性はあると思います。相手はなにか理由があって迷っているみたいです。お相手がへそを曲げたりしないよう、強引な態度に出るのはやめたほうがいいでしょう。お相手の気持ちが動く日を、声をかけつつ待つといいかもしれません」

「当たってる気がする。態度に気をつけるよ。じゃ、これは占いの料金」

「ありがとうございます」


 食事が終わり、「ご馳走するよ」「いえ結構です」というやり取りをしたけれど、ウィリアムさんがさっさと払ってしまった。


「ごちそうさまでした」

「どういたしまして。占い、ありがとう!」

 

 公園に戻って今日も目標の金額を稼いでお城に帰った。

 レクスさんの部屋の外から「夕飯を一緒に食べませんか」と声をかけたら、レクスさんがすごく慌てた感じにドアを開けた。「食べたい。お願いします」と返事をしてくれた。


 よかった。食事は一人で食べるより二人で食べる方が絶対にいい。会話しながら食べるのが楽しいだけじゃない。

 石炭がもったいないから、以前は二人分以上を作って二回に分けて食べていた。でもそれだと味が落ちる。作りたてを二人で食べ切ったほうが毎回美味しいものを食べられる。


 その夜の食事の話題は意外な内容になった。

 レクスさんは私が隠していた『記憶を読む能力』に少しだけ気づいていたのだ。

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― 新着の感想 ―
スレてないところが自然と表れていますね。
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