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古城で暮らす私たち ~魔女と学者と少年の一見穏やかな日々~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
第一部 アシャール城での暮らし編

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10 ミルク販売店のロルフさん

 パロムシティに来てから利用しているミルクの店は、裏通りにある。

 歴史を感じさせる『ロルフミルク店』の看板と店構え。ミルクはとびきり美味しくて新鮮だ。

 ミルクのお店はどこがいいですかねと、占いに来てくれた女性客に尋ねて教わった店だ。

 いつも若奥さんがお店に出ていたけど、今日は左目に青と白の縞柄の眼帯をしているおじいさんが店番をしていた。


「いらっしゃい」

「ミルクを中瓶で一本お願いします。それとバターを四分の一本」

「はい、まいどありがとうございます」


 ご老人は「よっこらしょ」と掛け声をかけて立ち上がり、水に浸かっているミルク瓶を取り出した。

 ミルク瓶が首まで浸かっている四角いブリキの箱には金属の管からチョロチョロと水が流れ込んでいて、箱からあふれた水は床を伝って外へと流れ出している。たぶん井戸水を電気でくみ上げているんだと思う。


「いつも店番している孫娘がお産でね。みんな出払っているんですよ」

「そうですか。赤ちゃんに会える日を楽しみにしています」

「ありがとう」


 代金を払ってミルク瓶とバターを受け取る時、ご老人が鋭い目つきで私を見ているのに気づいた。

(なんだろう。ちょっと怖い)と思いながらミルク瓶を手提げに入れた。ミルク瓶はずっしり重い。


「また来ます」

「ちょっと待ってください。お嬢さん、あなたもしかしてラングリナ・エンドの弟子じゃありませんか?」

「あら、師匠のお知り合いですか? どうして私が弟子だとわかったんです?」

「ああ、やっぱり。ラングリナと私は古い知り合いでね。私はロルフ。そしてお嬢さんと私が会うのはこれが二度目ですよ」

「二度目……。最初にお会いしたのは、いつでしょう」

「少し、お話する時間はありますか?」


 私は丸椅子を勧められ、手提げ袋のミルク瓶はブリキの箱にいったん戻された。


「あなたは小さい時に私のところに来たことがあるんです。ラングリナが『魔女の卵かもしれない子供を見つけた』と言って鑑定を依頼したんです。私自身は魔法使いになれなかったが、魔法使いの卵かどうかの鑑定ができるんです。あなたはとても変わった力を持っているから、『あの時の子だ』とわかりました」


 ロルフさんが眼帯を外すと、現れたのは山吹色の瞳。右目が鮮やかな青色なだけにハッとさせられた。


「鑑定能力の影響です。能力が開花してから色が変わりました。能力の影響を受ける人と受けない人がいるんですよ。私は受ける側だったんです」

「そうなんですか……」

「あなたを鑑定した時、小さいあなたに見慣れない力はあったものの、魔女の卵とは思えなかった。そう伝えてもラングリナは『それでもこの子に何かしらの才能を感じるから、引き取って育てる』と言ったんですよ」

「そうでしたか……。師匠には二十年もお世話になりました」


 魔女の卵とは思えなかった? 師匠から聞いていた話と違う。師匠は私に魔女の才能があったから引き取ったと言っていた。

 落ち着け、落ち着け私。

 

「私はそれまで鑑定を誤ったことがないから止めたんです。違っていたら長い時間と労力が無駄になるし、子供も可哀想だ。だけどあの優れた魔女が二十年も面倒を見たのなら、あなたは本物の魔女だったんですね。私は結果をずっと気にしていました。結果を知らせると言っていたのに、ラングリナから手紙は来なかった。結果を尋ねる手紙を出しても返事をくれなくてね。ま、彼女は大雑把な人だから」

 

 いや、違うと思う。師匠はきっと、私が魔女じゃなかったから返事をしなかったんだ。

 

「これでスッキリしました。あのラングリナが二十年も費やしたのなら、あなたは魔女だったんですねえ。見誤った私を許してください。あなたのご活躍を期待しています」


 その言葉に返事はできなかった。私は曖昧に微笑み、再びミルク瓶を受け取って店を出た。

 ロルフさんが私を魔女だと思い込んでいるから、「私はまともな魔女にはなれませんでした」とは言えなかった。

 

(やっぱり私は魔女の卵じゃなかったんだ)

 

 バスに乗っている間もショックで背中が伸びない。気づくと背中が丸まってしまう。

 どんなに努力しても魔法が使えないはずだ。私は白鳥ではなくて飛べないアヒルだったわけだ。


 城に着き、ドア越しにレクスさんへ「帰りました」と声をかけて自分の部屋に入った。

 暗くなっていくティールームで、ベッドに仰向けになった。天井画の天使は今日もラッパを吹きながら空を飛んでいる。


(いつかはあのラッパに祝福してもらえる日がくると思っていたけれど……)


 だめだめ、今は何も考えちゃだめ。

 私は前を向いて、今持っている力を鍛えて、明るく元気にしていないと。そうしていないと心の中の箱の蓋が吹き飛んでしまう。

 目尻から涙がツッと流れ落ちた。

 

 六歳から魔法を習い、十二歳の頃には(もしかして私は魔女の卵ではないのでは?)と不安になった。

 十五歳の頃は(ここを出て普通の仕事をして働くべきじゃないのか?)と悩んだ。

 師匠が私を見捨てず弟子候補が現れないのを幸いに、新しい魔女の卵なんて現れなければいいと願いつつ師匠と暮らした。

 心の中で、パカリと箱の蓋が開くのを感じた。


『私は師匠の時間と労力を、二十年も無駄にした』

 

 頑張ればいつかは魔女になれると思っていたけれど、それはないのだ。

 蓋が空いた箱からは、申し訳なさと自己嫌悪が際限なく噴き上げる。

 どのくらい泣いていただろうか。もう、窓の外は真っ暗だ。

 (しまった。夕飯を作らなきゃ)と思ったところでドアがノックされた。


「ニナ? 起きてる? 具合が悪いの?」

「大丈夫。なんでもないです。すみません、すぐに夕飯を作ります」

「僕ならいいよ。それより鼻声だね。どうしたの? 入ってもいい?」

「ダメです」

「そう……。じゃあ、ミートパイを買ってきたから、ドアの前に置いておくね。おなかが空いたら食べて」


 そうだ、貰ったカスタードパイもあるんだった。ミルクとバターも買ったのに。

 私の中で、食べ物を粗末にするのは大罪だ。

 のろのろと起き上がってドアを開けたら、ナプキンを被せたお皿が置いてあった。美味しそうなミートパイだ。せっかくだから温めて食べたい。お茶も淹れよう。温かいものをおなかに入れたら元気も出るさ。


 挿絵(By みてみん)


 台所でオーブンを予熱していたら背後で台所のドアを開ける音がしたけど、振り返れなかった。きっと私は泣き腫らした顔をしている。

 

「よかった。食欲はあるんだね」

「はい。大丈夫です。レクスさんの分も温めましょうか?」

「僕はもう食べた。ねえ、なぜこっちを見ないの?」

「なんでもありません。ご心配なく。ミートパイ、ご馳走になります」


 ミートパイをオーブンに入れたところでレクスさんが私の顔を覗き込んだ。

 泣き顔を見られたくなかったのに。

 

「どうした? 公園でなにかされた? 怪我はしてないよね?」

「本当になんでもないんです。レクスさんには関係のないことですから」

「そうか……。差し出がましかったね。悪かった」

「あっ、あの」

「僕は仕事に戻るよ」


 失敗した。

 善意で私を住まわせてくれているうえに、心配してくれたのに。関係ないなんて言い方はなかった。謝らなきゃ。

 私は階段を駆け上がって、レクスさんの部屋のドアを叩いた。


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