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月の囁き

作者: 榎木津美音

それは不意に私に訪れた悲しい感覚だった。いっそ消えて欲しいと何度思った事のはずだったのに、実際現実になれば受け入れる事の出来ないものだった。目の前にこんなふうに、いきなり死体になっているなんて。母は亡くなってすでに4日もたっていたらしい。母の電話は毎日かかってきた。大した用もないのにかかってきた。夕ご飯一緒に食べないかとか、大根買ったから取りに来いなんてどうでもいい事ばかりだった。それがしばらく無かったから、少し気になっていたけれど、なぜか私には実家に足が向かなかった。私の誕生日がその月にあって、多分一緒にご飯を食べたかったと思っていたのは分かっていたけれど、私は何故か母に連絡する気がしなかった。これが最後の母のいきてる姿だったかもしれないのに。私と母は少し違う親子だったように思う。嫌いあってたとか憎みあってたわけではない。ただ他人のような距離のある感覚だった。

母が母であることに変わりはない。でも、甘えたり、助けを求める事が小学生の頃から出来ずにいた。母の苦労は私がよく分かっていた。1人で家族を養い私を高校卒業まで頑張ってくれた。生活に不自由したことも無い。小遣いも十分くれた。一生懸命働いてくれた。いつも笑っていた。でも、私には母を好きになれなかった。

母の死体と対面して初めて悲しみを覚えた。なんで寝たフリなんかしてるの?最初に出た言葉だ。母が死ぬなんて、こんな形で別れるなんて考えてなかった。私よりずっとしぶとく生きてわからんで来ると信じていた。それが母の存在だったはずだ。死体はすぐに人じゃなくなる。紫がかった皮膚。冷たい。膨れ始めた体。もう、亡くなってると知ってても救急車をよんだ。それから私は、多分狂ったのだと思う。娘と弟が、慌てて帰省してきた。よく覚えてない。そのあとのことは、ふわふわと葬儀やその他 を進めていた。仕事も辞めた。本当は、母は寂しい人だったのだろう。今だから思う。

こんな秋の日には、母が1人大根の煮物作ったから、食べに来いというのを思い出す。一緒に食べようって素直に言えない人だったんだ。私の誕生日にご飯食べようって言えないお互いが、似た者親子だったんだ。

1年がたち、ふと見上げた夜空に月が出ていた。 笑ってるか?困ってばかりいると困り事が増えるぞ。なるようにしかならないから。大丈夫。母が月に写って見えた。もちろん、頑張って工房の仕事してるから、大丈夫。私も囁いてみた。本当は結構キツイけど。好きな事だから、大丈夫。やっぱり私は母譲りの意地っ張り。負けないし諦めない。少し寒くなったから、家に帰るね。猫も待ってるから。

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