5 告白
緊張している私とは裏腹に、のんびりとしたお祖父様達が、目の前に座っている。
月光院のお祖父様は和服で額に刻まれた皺が厳しそうな印象を与える。背筋がすっと伸びていてカッコイイ。
東郷寺のお祖父様は洋服を粋に着こなしていて首にはスカーフを巻いておられる。モダンで素敵だ。
「今回は愛梨花ちゃんには世話になったね。小さいのにしっかりしていると皆褒めていたよ」
東郷寺様はイチゴのたくさん入ったバスケットをテーブルの上に置くと微笑んだ。
「龍一郎が君が好きな物を教えてくれたんだが」
少し自信なさそうに言う。
「ありがとうございます。お役に立てたのであれば嬉しいです」
イチゴ好きなのいつの間にバレてたの?頬の筋肉が緩んでニマニマしてしまう。
「龍一郎がしきりに君の話をするから会ってみたくてね」
「龍一郎様と雪二郎様は毎日お見舞いに来て下さります」
私が言うと東郷寺様も頷いた。
「東郷寺が見舞いに行くと言うから会いたくなってね、一緒に来たんだよ。新年以来だね。大きくなったのかな?」
お祖父様もそう言って笑った。お二人ともご機嫌だ。
椅子に座ると千鶴が用意していてくれたお茶を出した。
小説での1番の懸念事項。
自分が血がつながっていないかも知れない事を、さっさと言ってしまうつもり。
前世は32歳、冷静に考えられると思う。いつまでも本来は違うのに、なんてうじうじ考えているのはイヤだし、人生やり直すなら早いほうが良いもの。きっとね。
覚悟を決めて切り出した。
「あの今回の事もなのですが、不思議な事があってお話聞いてもらえますか?」
私の言葉にお二人とも上機嫌で頷いた。
「こんな年寄りで良ければ大歓迎だな。孫娘に頼られるのは嬉しい物だからな」
「確かに、うちも孫からの相談なんて無いな」
嬉しそうに言われても、なんだか緊張するよ。
「私、実は不思議な夢を見たのです」
流石に前世の記憶があって、ここがその時読んだ小説の世界だなんて信じてもらえない。夢で通すつもり。
お祖父様はゆっくりと湯飲みに口を付けた。
「ふむ、夢とは今回の事かな?」
「はい、熱で寝ていた時に長い夢を見ていました。その中で音楽祭の後に誘拐があったのです。本当かどうかはわからないけど何とかしなくてはと思って……」
お祖父様達は顔を見合わせた。
「そうかそれで今回は皆、無事であったと。知らなかったとはいえ1人で大変だったな。誰かに相談しなかったのか?」
東郷寺様は湯飲みを置くと、少しとがめるように言う。
「そうだ小さいのに1人でなど無謀なことでは無いか」
「こらこら月光院せめるな」
「しかしだな」
「もう良い。ところで愛梨花ちゃんが相談したいのは別の事であろう?」
私は頷く。
「夢には続きがあって……」
私が言いよどんでいるとお祖父様がそっと頭を撫でてくれた。
「言いづらい事かな?」
私は意を決してお祖父様の顔をみた。
「私は産院で取り違えられたと」
お祖父様はガタンと椅子をならして立ち上がると両手の拳を堅く握る。私はその音に驚いてビクッとしてしまった。
「バカなありえん!」
そのお祖父様の肩にポンと東郷寺様が手を置いた。
「やめろ興奮するな愛梨花ちゃんが驚いているでは無いか、血圧も上がるぞ」
東郷寺様が私のそばへ来て背中をさすってくれた。
「続きを話してくれるかな?」
私は頷くと知っていることを全てお二人にお話した。もう一人の子は、桃子ちゃんと名付けられて、今は幸せに暮らしていることも含めて。
お二人はそれぞれ腕を組みしばらく黙っていた。
東郷寺のお祖父様が目を開けて私に言う。
「夢が真実かどうかはさておき、この件に私は部外者だ。その分冷静に判断できると思う。どうだろう月光院、一緒に考えてみないか?愛梨花ちゃんには負担が大きすぎる」
「ああ、確かにな。じいじい達がこの件は預かろう。良いか愛梨花、決して誰にも言うな。勿論家族にもだ、良いな」
「調べるのには時間が掛かる。あくまでも夢なのだ。消して悪いようにはならないから今まで通り過ごす事だ。約束できるかな?」
東郷寺のお祖父様が私の頭を撫でてくる。
お二人とも凄く優しくて頼りになる。いつの間にか視界が曇って声が出なかった。
頷くばかりの私を厳しいと評判のお祖父様が抱き寄せて背中をポンポンと叩いてくれた。
着物湿らせちゃたよ~
ごめんなさい。
控えめなノックの音に気がつき入り口を見るとドアの隙間から東郷寺兄弟が心配そうな顔でこちらを見ていた。
いつの間にか大分時間が経っていてみたいだ。
東郷寺のお祖父様が慌てたように言う。
「いじめてないからな」
「ワシもいじめとらん」
私は思わず吹き出してしまった。泣き笑いだ。
「そろそろ行くから後は頼むぞ」
東郷寺兄弟の冷たい視線にさらされながら、東郷寺のお祖父様が兄弟の肩をポンポンと叩きお祖父様達は逃げる様に病室を後にした。
雪二郎様が私の顔を覗き込んだ。
「目、赤いよ……愛梨花ちゃんは、まつげに鉛筆乗る?」
私は一瞬キョトンとしてしまった。それから何故かおかしくて笑った。ありがとう慰めてくれたんだ。
いつの間にか冷たいタオルを持った龍一郎様が私の目に当ててくれた。
「大丈夫?」
私はやっぱり頷くばかりだ。また視界が曇ってきた。
皆優しくて涙が止まらない。
困ったよう~~~