42 風のごとく
家に帰ると珍しくお母様が家にいて私が来るようにと呼ばれた。
お母様から、こんなふうに声がかかることはあまりない。
虎太郎君は寺森に挨拶だけすると高島に連れられて行ってしまった。
お母様はリビングでソファーに座りながら書類に目を通している。忙しそうだ。
子供は皆、可愛いと言うけどあれは嘘だと思う。
前世では弟や妹は可愛がられたけど私は違った。いじめられたり無視されたりしたわけではないけど、使用人ポジションだった。
いなくなっても誰も悲しまないんだろうなぁ。いなくなったことさえ気付かれていない可能性もあるのか。
今はお母様にとってはお兄様さえいれば良いんだ。私を見るのとは違って、優しい目でお兄様を見ているから。
お兄様がちゃんと育っているのはお母様のおかげだね。
私には、悪気はないんだけれど今まで育児放棄していた後ろめたさや産後のうつ病やらで、苦手意識があるんだと思う。
前世の記憶が殆どの私には、どうって事はないけど、愛梨花の人生だけだと寂しいだろうなぁ。
「ただいま、お母様」
「お帰りなさい。虎太郎君は来たかしら?」
お母様は書類を脇のコーヒーテーブルに置くと手招きをした。
私はお母様の横に腰掛けた。
「高島が連れてきたけど、空手教わるって言ってました」
「そうなのよ、西園寺様と東郷寺様からお願いされちゃってね。聞けば高島はそれなりに優秀だって言うし、是非と言われてしまうと断れないでしょう」
嬉しそうに言いながら紅茶のカップを手に取った。
「来週から海外出張が入ってしまうから、その前に愛梨花ちゃんのお稽古もそろそろ再開しようと思うのだけど、どうかしら」
どうかしらと言われても私には選ぶチョイス無い奴だよね。これ。
「何を習っていたのか覚えていなくて……」
うつむいて答えるとお母様が優しく頭を撫でた。
「大丈夫よ、これから覚えていけば」
珍しく優しい。そう思って顔を上げた。お母様と目が合ってニッコリと微笑まれた。有無を言わせない微笑みだ。何があるんだろう?
「西園寺様がフラワーアレンジメントを教えたいとおっしゃっていて、東郷寺様は絵はどうかしらと」
絵は恐ろしく下手だった。きっと芸術的センスは無いよ。失望するんじゃないでしょうか?奥様方。
「どちらも凄く下手だと思います」
「あら、最初から上手な人はいないし、明日から週一日それぞれ通いますから、わかったわね」
お母様はまた書類に目を落とすと行っていいわよと言うように手を振った。
が~ん。お勉強ならまだ前世の知識が生かせるけど、庶民の私はそんな習い事したこと無いよ!今まで。通信教育やドリルがせいぜいな家庭環境だったから。
どよ~ん、とした雰囲気をまとって部屋に行くと千鶴が心配して話しかけてきた。
「久しぶりの幼稚園はお疲れですよね。おやつは何にしましょう?」
あっ、虎太郎君が一緒に食べようと言ってた。龍一郎君達も来るんだろうか、今日?
「私も作る、皆来るから」
千鶴が少し元気を取り戻した私をホッとしたように見ると着替えを出してくれた。
何にしようかな?おやつ作るの好きなんだ。
厨房のスタッフと相談して今日はアフターヌーンティーに挑戦する事にしました。
私の担当はスコーン。クロップドクリームとストロベリージャムを添えて。お正月に行ったホテルで買ったジャム。美味しいんだ、あっさりしている。
お気に入りのティールームで用意していると高島が虎太郎君達を連れてやって来た。
エプロンをしている私を見ると虎太郎君が駆け寄ってきた。
「愛梨花ちゃんが作ったの?」
「うん、全部じゃないけどね」
ちょっと得意げに言ってしまった。後ろから龍一郎君と雪二郎君がやって来る。
最近気がついたんだけど雪二郎君はお兄さんが大好きでお兄さんと同じ事をしているんだね。
高島に習うのも虎太郎君はおやつ目当てで、龍一郎君は身体鍛えたいから、雪二郎君はただの付き合いだと思う。
こうして同じ事が出来るのも子供の頃の一時だけかも。
何だかお姉さん目線になっちゃう。
お姉様は協力しましょう。
「おやつは任せてね。作るの好きなの」
「食べるのもだよね」
龍一郎君が笑いながら言う。そうです。食べるのも大好き。
「だけど、これは凄いね」
感心しながら雪二郎君が見ている。でしょう、でしょう!
「えへへ、頑張りました」
紅茶のワゴンを千鶴が運んできた。龍一郎君が私のエプロンを外してくれた。
さすがお兄様。所で我が家のお兄様はどうした!
「龍一郎様はうちのお兄様に会いましたか?」
「ああ、学校で会うけど、今日は勉強かな?」
そうなんだよね、うちに帰ってきてからまだ一度しか見てない。
これまずいよね。三歩進んで二歩下がるかんじだよ。
俯いていると龍一郎君が頭を撫でてくれた。
「どうしたの?」
「中々、仲良くなれなくて、どうしたら良いのかなって」
私が顔を上げると龍一郎君は苦笑していた。
その顔を見て、龍一郎君はもうすでにお兄様に何か言った事があるんだとわかった。
「僕達じゃダメかな?貴志には彼のペースがあると思う。愛梨花ちゃんが寂しくなるのなら僕達がいる。いつでも呼んでくれれば駆けつけるよ」
雪二郎君も虎太郎君も頷いている。
とってもありがたいんだけどそう言うことじゃないんだ。
家族は仲良くしないと、って言うか……そのうち何とかなるかなぁ~
顔を上げるた。
「ありがとうございます。しょっちゅう呼んじゃいます」
絶対に呼ばないと思うけどリップサービスです。
微笑んで言うと、心なしか皆嬉しそう。お友達も大切にしよう。
「えっと、私も、皆の危機には、たとえ火の中水の中、万障繰り合わせ風のごとく駆けつけます」
顔を上げてキッパリと宣言する。
「愛梨花ちゃん。もうそれ以上しなくて良いよ」
雪二郎君が焦ったように言う。
「愛梨花ちゃんそんな難しい言葉を一体どこで覚えたの?もうすでに色々十分だよ」
龍一郎君が腕を組んで考え込んだ。
しまった、幼稚園児の使う言葉じゃ無かった?
「ご本で読みました」
てへへと笑いながらごまかした。
「愛梨花ちゃん、おやつにしようよ」
空気読まない虎太郎君が手を引っ張った。
助かった。やっぱり虎太郎君は雰囲気を上手に変えてくれる。
「うん」
その日は皆でお夕飯まで食べていった。
お兄様には会わなかった。




