4 入院
退院が伸びた。
私が、ガッカリしてベッドの上で打ちひしがれていると千鶴がメニューを持ってきてくれた。
食事制限が掛かっていないから、メニューの中から好きな物が選べるらしい。嬉しい。
デザート2個とかいけるかな?朝は和食にしてお昼はパンにしようかな?タブレットに注文を入れるんだって、凄いね。
午前の診察が終わると昨日の男の子達が病室に挨拶に来た。良いなぁ退院するんだって。
本当に、皆傷付かなくて良かった。
「君、いつの間に家の車乗ったんだ」
弟が言う。兄がコツンとげんこつで弟の頭を押さえた。
「あの時僕達はガスで動けなかった。僕は身体は動かなかったけど意識は朦朧としてたけどあったんだ」
私はギクッとして顔を上げた。何が言いたいんだろう。
「君は最初からガスを避けてシートの下に入った。しかもマスクまでしていた。携帯はすでに警察につながっていてそれを男達から見えない足下に置いた。まるで全て知っていたかの様にだ」
「それは警察に言ったの?」
手に汗を握る。
「僕は推測だけだ。必要であれば君が言うだろ?」
「凄いわ、10歳とは思えない」
良かった、安堵した。
「君に言われたくないね」
そう言うと彼は右手を差し出した。
「僕は東郷寺龍一郎、昨日はありがとう」
「私は月光院愛梨花です。黙って車に乗ってごめんなさい」
そっと右手を掴んだ。
「弟の雪二郎です。よろしく」
「こちらこそよろしく」
2人と握手を交わした。それから2人は学校の事とか話してくれた。退屈してたから嬉しい。龍一郎君は兄と同じクラスだそう。兄の話を振られて私はキョトンとしてしまった。
「え~と、あの~兄のことは覚えていないと言うか……まだ会ってないと言うか……」
しどろもどろの私に2人が不思議そうな顔をする。
仕方が無いので、私は高熱を出して寝込んでいた事とその前の事を殆ど覚えてない事を説明した。
「そうか」
龍一郎君はうつむいていた私の頭にポンと手を置くと優しく撫でた。
「そのうちに色々思い出すだろう?心配するな」
お兄ちゃんは下の子に優しいんだ。驚いて視線を上げて顔を見ると隣で雪二郎君も頷いていた。
「そうだよ。学校に入学したら遊ぼう」
2人とも優しい子だ。本当に何も無くて良かった。心から安堵の気持ちがわき上がってきた。
「うん」
微笑んで2人を見ると何だか顔が赤かった。柄にも無い事を言ったと思ったのかな?
「じゃあまた」
「早く退院するんだよ」
2人そろって手を振る。仲の良い兄弟だね。
迎えの人が来て2人は病室を出て行った。
小説では弟が目の前で拷問を受けて殺されてしまう。兄は助け出されるけれども心に深い傷を負ってしまうんだ。
その後、不登校になり環境を変えるため海外に留学する。元々正義感の強い真っ直ぐな性格だったから、そこで頭角を現して優秀な成績を修めていく。
ところがある日、アメリカの大学で校内に乱入した暴漢に立ち向かい殺されてしまうんだ。愛梨花16歳の時。
小説が何処まで本当かはわからない。雪二郎君は助かったからお話もかわってしまう。
いずれにしろ先のことだし留学しなければ良い物ね。
今回は本当に無事で良かった。
私が2人と同じ学校に行くとは限らないし、もう会うことも無いかも。
そう、今度は自分の問題と向き合わなくちゃ。
どうするかなぁ~~~~~
私の入院は1週間から10日間との事だった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「ふぅ~」
ため息をつくと千鶴と顔を見合わせた。
何故こうなった?目の前に繰り広げられている光景を見ながらこれはどう言う状況なんだろうかと首を傾げる。
確かに”またね”とは言った。けど社交辞令でしょ!普通!
君達学校に習い事に毎日忙しいでしょう?
その証拠に兄は1度も病院に顔を出していない。
あれから毎日、正確に言うともう3日も東郷寺兄弟がお見舞いにくる。見舞いというよりは学童状態だ。何せ夕食まで召し上がってから帰るのだから。
彼らが退院した日、病室にテーブルが持ち込まれた。この方が食事が楽だからとの事だった。
特に気にもとめていなかったのだけど、次の日から学校帰りの兄弟がやって来て、勉強机となっていく。
病室に来るとまずタブレットで夕食の注文をして宿題を始める。しばらくすると家庭教師までやって来る。
おいおい、ここは、どーこだ?
病室でしょう?
私と千鶴は唖然としながら眺めている。何かお邪魔じゃないでしょうか?私達……
ちなみに夕方になると高島が”護衛です”と言って現れる。
違うよね。夕食食べたいだけでしょう?病室に入ると一目散にタブレットに注文入れてるから。その後すみの椅子で寝てるから!護衛してないから!
そんな入院生活は思いの外楽しかった。
賑やかな夕食も今までの人生で初めてだった。
ここの病院はお抱えのシェフが出張してきてくれているんだって。凄い!
「貴志がよろしく頼むとさ」
ある日学校帰りの龍一郎君が教科書を出しながら話してきた。
「お兄様が?」
私は読んでいた本を閉じて顔を上げた。
「一応誘ったんだがな」
「お兄様は忙しいみたいだから」
私は苦笑した。
「僕達だって暇じゃないよね兄様」
隣で雪二郎君が机に頬杖をつきながら教科書を読んでいる。
「2人とも無理しなくて良いの忙しいでしょ」
「ごめんそう言う意味じゃ無いよ」
慌てて雪二郎君が手を振った。
「人それぞれあるからな」
コツンと教科書の端で弟の頭を小突いた。
小説の中でも愛梨花は兄に嫌われていた。貴志は何の努力もしないわがまま放題の妹が大嫌いだった。今までわがままだったし、仕方が無いんだとは思うものの寂しい気持ちが広がる。少しでも改善できればなぁ
「あまり気にするなよ、それより明日お祖父様が来るって言ってたから」
「龍一郎様のお祖父様が?」
「ああ、月光院のお祖父様とご一緒に来るらしい」
そうかこれはお目にかかれるチャンスかもしれない。
どんなに考えても生まれた時に取り違えられたもう1人を探すのは5歳の私には厳しい。
かといって両親に話すのは憚れる。
大人で話がわかり他人では無い人。どう考えても祖父が一番良かった。
しかし祖父に会うのが結構ハードルが高かった。孫は他にも居るし、家は外孫だし、新年のご挨拶ぐらいしか機会は無いけど新年は親戚一同がひしめき合っている。この先何年かかるかも知れない、どうしようかと思っていたところだったのだ。
小説によると、もう1人は桃子と言って生まれてすぐに子供の居ない優しい御夫婦に引き取られている。中流階級で特に何不自由なく幸せに過ごしている。月光院の家より幸せかも知れないな……
その家庭を壊すつもりは無いけどそれを知っている私がこのままなのもどうかと思う。
もしかしたら月光院家からは追い出されて施設に行くかも知れない。その覚悟は出来ている。何せ前世は32歳だからね大人だし……
色々考えてもしょうが無い。後はお祖父様に悩んで貰おうっと。
毎朝お母様が顔を出す。挨拶だけすると忙しそうに出勤される。
お父様は来たり来なかったり、どちらも病室は覗くだけだ。
午前中は検査が殆どで午後は暇になる。昨日龍一郎様が言っていたようにお祖父様達が来られるとお医者様から言われた。
お昼に来られるそうだ。
千鶴には席を外して貰うよう頼んでおいた。
雪二郎君の言い回しを少し丁寧に修正しました。