38 ウエハース食べたのは誰?
東郷寺のお父様と入れ違いに虎太郎君が部屋に入ってきた。
真っ黒に日焼けした虎太郎君に目が点になる。ハワイに数日しか滞在していないはず。直ぐ帰ってきたんだから。
数日で前後がわからなくなるくらい黒くなるのか?心なしか背も高い。
「愛梨花ちゃん!写真ありがとう。一緒にパフェ食べようね」
そう言って抱きついてきた。
おお、いきなり態度までアメリカナイズされている。確かに目線もちょっとうえだ。
「虎太郎君、背が伸びた?」
精一杯虎太郎君を押しのけながら聞いた。暑苦しいんだから。
「愛梨花ちゃんが縮んだんじゃない」
えっ!なんて事を言うんだ!縮むことはない。
頬が思いっきり膨らんだ。東郷寺の兄弟が笑っている。
「虎太郎は男の子だから成長が早いのよ。愛梨花ちゃん、気にしないでね」
頬を膨らませた私を見て、虎太郎君のお母様が笑いながらフォローしてくれた。
「愛梨花ちゃんのほっぺた良く膨らむね」
虎太郎君が人差し指でつんつんしてきた。それ以上突っつくと噛みつくからね。ご機嫌斜めだからね!
「こらこら、女の子の頬を突っついたらダメだよ」
龍一郎君が虎太郎の手を握って止めてくれた。
ふんっ!すごく心配したんだから。心配したりして損した。
「愛梨花ちゃんにお土産があるのよ。皆にもクッキー買ってきたわ」
雰囲気を変えようと虎太郎君のお母様が笑顔でお土産を渡してくれた。
包みには赤いリボンが付いていて開けると可愛らしいムームーが入っていた。上品な深緑色にピンク色の花が描いてある。かわいい!
「ありがとうございます」
ムームーを広げて鏡の前に立つ。上品で落ち着いた色合いは、日本で着ても派手じゃない。
喜んでいると虎太郎君が隣でぼそっと言った。
「お揃いなんだ」
「えっ!何が?」
「それ」
虎太郎君は耳まで赤くなると向こうへ行ってしまった。
ムームーがお揃い?
ん……?
まさか女装?はっとして虎太郎君のお母様を見た。ニコニコと微笑んでいる。
虎太郎君、だから赤くなって、恥ずかしいのか。可愛そうに……
息子を女装させるなんて。
思わず残念な目でお母様を見てしまう。
隣で東郷寺の兄弟2人が肩をふるわせて笑っている。
「たぶん愛梨花ちゃんの考えていることは違うと思うよ」
龍一郎君に肩をポンポンと叩かれた。
えっ!?
まさか、また心を読まれた?
「虎太郎も同じ柄のアロハシャツを買ったのよ」
虎太郎君のお母様が私に近づくと耳元で”よく似合うわ”そう言って微笑んだ。
お揃いってそう言うことか。
勝手に誤解してごめんなさい。心の中で謝った。
♢ ♢ ♢
今日のディナーは創作日本料理でこのホテルの自慢料理だ。
残念な事にお祖父様達男性陣はピリピリムードで奥様達の反感を買っていた。
「もう、うちの人ったら、急に帰国したのが気に入らなかったのか、ずっと東郷寺様とお話しになってばかりですのよ」
そう言って虎太郎君のお母様が東郷寺兄弟のお母様に愚痴ってた。本当は違うんだけど言っていいのか分からない。多分ダメだよね。
「あら、うちもですわ、さっきから電話ばかりで、せっかく愛梨花ちゃんに会いに来たのに知らんぷりも良いところですわ」
それも違いますと言いたい。
今日の食事のテーブルは男性陣は女性陣と子供達と別れて別テーブルだ。
お祖父様達はみなテーブルの上に携帯電話を2、3台置いている。物々しい雰囲気だ。
ディナーは19時からだったけどお祖父様達の携帯がピコピコ光っていて次々とメールが入ってくるみたいだ。
乾杯どころじゃなかった。
そんな中、お祖父様がグラスを片手に立ち上がった。
「今日はお忙しい中集まってくれてありがとう。空港でハイジャックがあったみたいだ。西園寺君も巻き込まれなくて良かった。引き続きその対応があるから子供達と奥様方は気にしないでゆっくりしてくれると嬉しい。では今年もよろしく」
皆でグラスを上げる。
「乾杯」
隣に座った虎太郎君とグラスを合わせた。2人ともブドウジュース。
お祖父様は上手いことしめた。さすが、月光院家家長。
「ハイジャックだなんて怖いですわ、巻き込まれなくて良かったわ」
「本当ですね。こんな時はプライベートジェットが安全ですわね」
「あら、このお刺身伊勢エビかしら、美味しいわ」
そう言って虎太郎君のお母様がお箸で掴んだ白身が動いて見えたのは気のせい?
「日本は海の幸が美味しわ、先日地中海でもロブスターを食べたのですが伊勢エビには負けますわ」
「ハワイのお寿司も今一でしたし海外に行くと日本食が恋しくなりますわね」
お母様達の日本食トークは終わらない。
今日は何となく緊張して食欲がなかった。
「愛梨花ちゃんは食が細いのね」
虎太郎君のお母様が心配して何かオーダーしましょうか?と聞いてくれた。
「愛梨花ちゃんパフェ食べようよ」
虎太郎君が待ってましたとばかりに言ってきた。
「うん、でも1人じゃ食べきれないかも」
高島もいないし1人じゃ厳しい。
「僕が一緒に食べてあげるよ」
テーブルの向こうで龍一郎君が微笑んでいる。何だか笑顔が怖い。
隣で虎太郎君が焦って立ち上がろうと椅子を引いた。
最初に約束したのは虎太郎君だ。わざわざハワイから飛んで来たんだし、先約を優先しないといけないよね。
「虎太郎君が嫌じゃなければ一緒に食べよう。1人じゃ食べきれないからねっ!」
虎太郎君が安心したように笑った。幼稚園生だね。
向かいで笑いながら龍一郎君がオーダーしてくれた。
良かった。龍一郎君は大人だよね、小学生だけど。
そろそろお開きかなと言う頃に皆の携帯が一斉に鳴った。地震を知らせるアラームだ。
虎太郎君が不安げに手を握ってきた。向かい側にいた龍一郎君が慌ててこちら側に来てくれた。龍一郎君が安心させるように私達を抱き寄せてくれた。お兄さんは責任感も強いんだ。
「地震の情報がきている。関東は大丈夫だ」
龍一郎君は自分の携帯をチェックすると顔を上げた。
真っ直ぐな視線が何かを探る様に私を見ている。私はこてっと首を傾げて知らない振りをした。
内心はドキドキだ。心を読むんじゃない。
やっぱり地震が起きたんだ。この辺は揺れていないけど。
お祖父様は電話をしている。私と目が合うと大丈夫だと言うように頷いてくれた。
「空港が閉鎖されているから政府は動けないみたいだ」
東郷寺のお父様が東郷寺のお祖父様にお話しになっている。
「わしらの話を信用してなかったと言う事か」
「部屋に戻ろう」
お祖父様は皆を見渡して言う。
「パフェまだ食べてないの!」
お祖父様はしまったと言うように眉尻を下げて私と目を合わせた。
「子供達は食べてから戻っておいで」
私の頭を撫でた。
「あなた大丈夫かしら、あそこにはうちの造船場が……」
虎太郎君のお母様が心配そうに西園寺様に近寄った。
「月光院様と東郷寺様から先に情報をもらっていたから手は打ってある。大丈夫だ」
奥様の手を優しく包み込みながらお話しになっていた。良かった。
「早く帰ってきて良かったな。君のおかげだ」
奥様を抱きしめた。
「あら、それを言うなら虎太郎だわ」
奥様が笑顔で言う。
まだ色々忙しいみたいだけど、幼稚園生に出来る事はもうないし後はパフェ食べるだけだ。
パフェは重要!
出てきた大きなパフェを虎太郎君と一緒にスプーンでつっいた。
パフェのトップに飾ってある1枚しかないウエハースを龍一郎君がぱっと取って食べちゃった。
ちょっと!自分のがあるでしょっ!