30 ありがとうの神様?
ホテルで仮眠を取るとお祖父様は夜明け前から車を走らせた。
遠くの神社まで初詣に行くらしい。元旦の早朝は何となく町がザワザワしていて、初詣に行く人や帰って来る人で賑わっている。
「途中の峠で初日の出が見えるぞ」
町を離れて山道に入るとお祖父様が得意げに言う。どうやらお祖父様は初日の出が見たかったみたいだ。
「いつも見るの?」
まだ寝ていたかったのに迷惑な話だと思いながら聞くと、お祖父様が苦笑した。
「学生時代以来だな」
それはまたずいぶんと前の事だ。月光院家の年末年始は忙しいと寺森も言っていた。初日の出も拝めないなんて……自由が無い。
ご結婚も政略結婚だったはず、今まで自由な人生は無かったのかも知れない。
「お祖父様は忙しいから」
お祖父様の背中をポンポンと叩いてお祖父様にくっついた。眠いのは我慢しよう。
「もう悪しき習慣はやめだ」
お祖父様はつぶやきながら両腕を組んでしばらく何かを考え込んでいた。
そうですお祖父様、時代は変わるのです。楽しく行きましょう。心の中でそっと声をかける。
「来年も一緒に出かけよう」
お祖父様は顔を上げると、いたずらっ子みたいに片目をつむった。
「アイアイサアー!」
私もおどけて敬礼ポーズを取る。大爆笑だ。運転席で高島が吹き出している。
こらこら、脇見運転は危ないから!
何だか冒険の始まりを感じる。ワクワクするし、このパーティーも悪くない。
お祖父様が金力(宝箱)、高島が体力(武力)、私が知力(魔法)そしてドロドロを退治するんだ。
なんちゃって!
途中見晴台で車を止めるとお日様が出てくるのを待った。
ここで日の出を見るんだって。お祖父様の学生時代もここに来たのかな?
どんどん空の色が薄くなってきた。雲が色とりどりに変化する。
地平線が赤く輝き始めて遠くの山々が赤く染まってきた。
お日様が顔を出し始める。日の出だ。
初日の出なんて前世でも見に行ったことは無かった。
寒いし、眠いし、混んでるし、一緒に行く人がいなかった。
お祖父様は学生時代に誰と日の出を見たんだろう?この見晴台は穴場みたいで車も少ないし人もあまりいない。
前世と人口の数が違うのかも知れないな。お正月なんてどこもかしこも混んでいたしね。
輝く日の出を見ながら、いつか彼氏と見てみたいな、前世でも彼氏居なかったもの。
そんな事を思いながらお祖父様と高島を見ると、二人の顔が朝日で赤く染まっている。
赤鬼みたいだ。ロマンチックじゃない!!!
まっ、良いか。
ふぅ~っと、ため息をついたら高島と目が合った。
「お嬢様、疲れましたか?」
うっ、違うけど。
「おなかすいたの」
彼氏が欲しいなんて言えないから、ごまかした。
隣でお祖父様が笑っていた。
見晴台を後にして初詣に向かう。車で30分ぐらいの所だ。
山間の小さな神社だから駐車場からは徒歩になる。
私の腰ぐらいまである階段が遙か上までつながっていて見上げるとめまいがした。
これ一段上がるのがやっとだ。いったい何段あるんですか?
幼稚園児にはハードルが高い!
助けを求めて高島を見る。目が合うと黙って抱き上げてくれた。助かります。
お祖父様は上まで上がれるのだろうか?
流石に高島はお祖父様は背負えないよね~~~お祖父様には頑張ってもらわねば!
高島の腕の中からお祖父様にエールをおくる。お祖父様は笑いながら手を振ってくれた。
意外にもお祖父様は健脚で上まで休まず上った。鍛えているのかな?
凄いね、絶対に途中でギブアップすると思った。
私は楽ちんだったけど。
高島に降ろして貰うと頂上にある拝殿まで走って行く。
お祖父様がお賽銭をくれた。御利益あると良いな。
たくさんお願い事があるんだ。
鈴からたれている大きな縄を思いっきりゆらして、鈴を鳴らした。
本坪鈴って言うらしい。邪気を払ってくれるんだって、前世でおばあちゃんに教わった。
あっ!”神様はお願いを聞かないよ”とお婆ちゃんが言ってたのを急に思い出した。
神社は感謝をするところだって言ってた。
いけない、いけない、忘れるところだった。
心の中で”ありがとうございます。”と唱え手を合わせる。
この世界で気がついた時は本当に驚いたけれど、前世も今も一人ぼっちだけど少しずつ変わってきている。今はとても幸せだから、本当に感謝しかない。
ふと、隣のお祖父様と高島を見る。
二人は何を思って手を合わせているのだろう?後でこっそり聞いて見るか。
お詣りを終えて拝殿の階段を降りていると突然、風が吹いて枯れ葉が舞い上がった。
クルクルと枯れ葉が舞っている。つむじ風だ。
お祖父様の足に捕まってギュッと目を閉じた。
神社の鈴が大きな音を立てて鳴った。
”ありがとう”鈴のような声が頭の中に響き渡る。
「えっ?誰?」
驚いて振り返ると高島が不思議そうに私を見ている。
「愛梨花?どうした?」
お祖父様が顔を覗き込んできた。
「今、何か聞こえた?」
お祖父様は首を振る。
「いや、何も」
「ここはありがとうの神様?」
「そうだよ、よくわかったね」
お祖父様は笑いながら私の頭を撫でた。
今聞こえたのは気のせい?
二人には聞こえた気配が無い?
何だったのだろう。でも悪い気が飛んでった気がする。御利益!
手を伸ばすと高島が抱き上げてくれた。
高島、帰りも頼みます。
下まで降りると参道の脇にある茶屋が開いていた。
店先でお団子を焼いていてお醤油の良いにおいが漂っている。おお御利益、来たぁ~~~
匂いにつられて店先にある竹の長いすに三人で座った。
流石にお祖父様もお疲れだ。
のりの付いたお醤油のお団子とお茶を飲んだ。
ふと顔を上げると、透き通るような青い空に、わたがしみたいな雲が浮かんでいる。
今年はきっと良い年、そんな予感がした。