3 ハイウエイ封鎖されています。
高島の後ろ姿を見送ると私は直ぐに気持ちを切り替える。
携帯を素早くリダイヤルすると、私の前で車に乗り込もうとしている男の子達の後から車に滑り込んだ。素早く座席の下に潜り込む。シュッーとスプレーの音がして男の子達がシートに倒れ込んだ。
見送りの大人は誰も気がついていない。私は警察とつながったままの携帯を座席の上に置いて車が発車したのを確認する。
車のサイドミラーに、高島がキョロキョロと私を探している姿が目に入った。頑張って追いかけてきてね。
頼むよ!と心の中で叫ぶ。
運転席と助手席にそれぞれ男が座っていた。
助手席にいた男が後ろを確認して私に気がついた。
「あれ?このスプレー効いて無いっすか?1人起きてます。」
「大人しけりゃそのままにしとけ、あんまりかけるとこっちにも影響するからな」
「兄貴、ガキは3人でしたっけ?」
「2人だろう?」
運転席の男がバックミラーで確認する。目が合った。
「1人多いな?」
「どうしやす?その辺に捨てますか?」
「時間が無い。そのままで良い。金が増えるしな」
車は高速道路に入ったみたいだ。行き先はわかっているお巡りさんに知らせないと。
はしゃいで外を見るふりをした。
「ハイウェイは速いです」
「ちっ、うるせえガキだ」
運転席の男がいらついている。そうだこの人達、人を刺してきたから気が高ぶっているんだ。
「この道知ってます。港に行くんですよね。前にお祖父様と第8倉庫に行きました」
外を眺めながら無邪気な感じで言う。小説の中では、彼らのアジトは第8倉庫だ、警察が先回りしてくれると良いんだけど。
「何だと!お前何処でそれを?」
「兄貴、俺達行くの第8倉庫ですよね?」
ビンゴだ、仲間割れしてくれると良いんだけど。
「隣のお兄さんが言ってました、ガキをさらうって」
「はっ!?てめえ裏切ったか?」
「兄貴、オレ達ずっと一緒だったじゃないですか?ガキの戯言ですぜ」
ダメみたい、仲間割れしないなら現在位置の報告しないとね。
「あっ、タワーが見えてきました。もうすぐ橋を渡るんですよね。夜景がきれい」
「ドライブ好きなの?よく知っているね?」
「私もっと色々知ってますよ田所さん」
「それもわかるんだ、凄いね。」
助手席の男の名前はたしか田所だったはず。上着の内側に名前書いてあるんだった。お馬鹿さん。
「お前、バカ言ってないでガキ黙らせろ!」
助手席の男が催眠スプレーを手に取る。バカだ自分の方にも行くのに。
私は急いで伏せた。少々ならマスクが防いでくれる。それにソロソロ時間だろう。おとなしく寝たふりをする。
しばらくすると、あちこちからサイレンの音が聞こえてきた。日本の警察も優秀って事だ。
高島付いてきてるかな?
私は怖いから寝たふりをしていたら本当に寝てしまった。
「うっう~……く、苦しい……」
身体が締め付けられるみたいで息が苦しくて目が覚めた。
高島に絞め殺されている最中だ。
「た、たしゅけて~」
正確には泣きわめいている高島に抱きしめられていたんだけど、苦しくてうなっている私に気がついた救急隊員に助け出された。
危機一髪!
高島は他の救急隊員に取り押さえられて背中をポンポンされていた。落ち着こうね。
周りはサイレンが点滅していて目がチカチカする。
ハイウェイが封鎖されていて何台ものパトカーが横並びに止まってサイレンを光らせていた。
映画の中みたい・・・・・
もっとここに居たかったけれど、男の子達と一緒に病院に行くとの事。男の子達も目が覚めたみたいで驚いたように周りを見渡していた。お兄さんの方と目が合った。思わずうつむいた。何か言われるかなぁ……
丁度ご家族が到着したみたいだ。
我が家は連絡が上手く付かないらしくて誰も来ないから高島が救急車に一緒に乗り込もうとした。
暑苦しくてイヤだ。
この人知らない人と言ってカッコイイ救急隊員のお兄さんにしがみついたら、後から来ることになった。
(ごめんなさい。でも家の車有るでしょ!乗り捨ててこないでね)
救急車で着いたのは東郷寺家専用の豪華な病院、ホテルみたいで驚いた。
エントランスで待っていたのはいつも家に来るお医者様、いつの間に来たのだろう?
診察が終わって病室に案内されてもずっと付き添ってくれている。1人だからかな?
「先生、わたしは家に帰れる?」
先生は困ったように笑うと私の頭を撫でた。
「今夜はここで様子を見てどうも無ければ明日退院しようね」
私は気になっていることを聞いてみる。
「あの男の子達は大丈夫ですか?」
「愛梨花ちゃんよりは100倍元気だ。君は病み上がりだから他に影響が無いか見ないといけないんだ」
先生は笑うと私の頭に手を置いた。
「高島は大丈夫?」
丈夫そうだけど犯人扱いされていないよね?
駐車場でジュースを片手にキョロキョロしていた姿が脳裏に浮かぶ。なんか哀れだ。
「彼は警察で事情徴収受けているよ」
「わたしの代わりに?」
先生は私の顔を覗き込んだ。
「そう言う事になるかな。今は何も心配しないでゆっくりしてなさい。良いね」
私は頷いた。
「高島の事知らない人って言っちゃたの」
「大丈夫、後で来るよ」
良かった。謝らなきゃ。安心したらお腹がグッウと鳴った。
「おなかすきました」
先生は笑いながら夕食を頼んでくれた。千鶴も来てくれるらしい。
しばらくするとお父様とお母様が背の高い素敵な御夫婦とお見えになった。奥様が上品なゴールドのスーツをお召しになっていて、ご主人はその色をネクタイとポケットチーフに差し色として入れている。仲の良さが伝わってくる。東郷寺様の御夫婦かな?
「愛梨花ちゃん東郷寺様がお礼を言いたいってお見舞いに見えているのよ」
何故かお母様が嬉しそうに言う。お父様もご機嫌が良さそうだ。
何故?娘が怪我したかもしれなのに?心配が先じゃ無いの?
疑問に思いつつもご挨拶をと起き上がった所を東郷寺様に止められた。
「そのままで、今日はありがとう。君が通報してくれたおかげで息子達が助かったんだお礼を言わせておくれ」
「本当よ!運転手の齋藤も一命を取り留めたわ」
運転手さん助かったんだ良かった。
「色々びっくりしてしまって、良く覚えていないの。でもお役に立てたなら良かったです」
車にどうして乗っていたのか聞かれないかとドキドキしてしまう。
「息子達も何が起こったかわからないと言ってたから無理は無い」
「そうよこんない小さいのですもの。あなた、警察の事情徴収なんて無理ですわ」
奥様が東郷寺様の袖を引いた。
「担当部署には良く言っておこう」
東郷寺様が頷きながら言う。
「何か欲しいものがあったら言ってね!」
東郷寺のおばさまはそう言うと、お父様とお母様にホテルでの食事を予約したからいかがかですか?などと言いながら部屋を後にした。
ふぅ……良かった。ホテルの食事かぁ良いなあ、お腹すいたよ。
しばらくするとワゴンでホテルのルームサービスのような食事が運ばれてきた。プラスチック製では無くて銀色のドーム型のカバーがしてある。ティーポットは家で使っているような丸い形の白い陶器、カラトリーは銀製みたいで柔らかい光を放っている。
えっ!凄くない!デザートまで付いている。デザートは私の好きなリンゴのコンポート!ゼリー寄せになってる、スープはコンソメロワイヤル?底に茶碗蒸しみたいなのが入ってる素敵!
私がスープとデザートだけ食べていると、丁度千鶴が到着した。
「お嬢様無理して食べなくても大丈夫ですよ。食べきれなければ残しても」
私の着替えを用意しながら話してくる。
お腹は空いていたんだけど、さすがに全部は食べられなくて、もったいないなぁと眺めていると丁度高島が顔を出した。
ちょっと悪いなと思いつつ残った食事をあげたら、嬉しそうに全部平らげてくれた。役に立つじゃん。
「さっきはごめんなさい」
私が謝ると高島は眉尻を下げながら、
「お嬢様が無事ならそれでいいんです」
とニコニコしている。本当に良い奴だ。もうちょっと優しくしてあげようと思う。
「いやぁ、今日は参りましたよ。どうして誘拐がわかったのかとか、何故電話したのかとか、色々聞かれましたけど、そんなのわかるわけ無いじゃ無いですか?銀縁めがねの陰険な奴が中々帰してくれないし、こちとらお嬢様が心配だし、そのうちお偉いさんから電話があったみたいで、ようやくですよ!ようやく帰れました!」
大きな身体を小さく丸めて疲れた様子の高島に本当にごめんなさい。でも真実は言えません。
「え~と最近色々覚えていなくて、思い出せない事が多いの。ごめんなさい」
高島は慌てたように手を振る。
「お嬢様はここの所大変だったのですからいいんですよ。お身体を治す事を優先して下さい。今日はもう遅いので明日退院の許可が出たらお迎えに上がります」
深々とお辞儀をして去って行った。
さすがに今日は疲れてグッタリだ。
この世界で気がついてからはずっとベッドの生活だったしもうすでに10時を回っていた。
隣には付き添いの人が休める部屋が付いていて千鶴がそこに泊まってくれるから心強い。
明日はどんな日になるかな?
ところが翌日、ここ数日の疲れがどっと出てきて、また熱を出してしまった。