2 いざ音楽祭へ
私は我が儘お嬢様には絶対にならない。
そう決意を固めながら、3日間はお部屋でゴロゴロしながら小説の内容を、出来る限り思い出してメモをしていった。
ここは前世と似ていて異なる世界。
私にとっては小説で読んだ世界なのだけれど、ここはパラレルワールドって言うのかな?
小説の中ではお祖父様世代までは良かったんだけど、その後のお父様世代がぼんくら揃いで、権力に偏った考え方や争いで、他者の足の引っ張り合いが描かれていた。
子供達は皆トラウマを抱えていたような気がする。
一番大きな事件が東郷寺財閥で確か息子が誘拐された。1人亡くなってしまうはずだ。
月光院愛梨花は月光院家次男夫妻の第二子として誕生する。
生まれた時に産院で取り違えられていたはず。
急患でやむを得ず受け入れた妊婦。その女性が生んだ赤ん坊と悪意を持って入れ替えられてしまう。身寄りの無い女性は危篤でそのまま亡くなってしまう。たまたまお父様に恨みを持つ人が助産婦していて魔が差すんだった。
血液型は同じだったから、わからなかったんだけど、大きくなるにつれて似てないことに疑問を持ったお父様が愛梨花が高校生の時にDNA鑑定をしたんだ。それで家庭が段々と崩壊して行く。その辺で嫌になって読むのやめてしまった。
今思えばちゃんと読んでおくんだった。結末がわからない。
厳格で厳し過ぎる月光院のお祖父様。厳格だけど先賢の目がある東郷寺様のお祖父様どちらも同級生で仲が良かった。
誘拐は確か10歳と8歳の兄弟で弟が殺されてしまうんだったか……
愛梨花が5歳の時……
5歳って今?
まずい、思い出さなきゃ……秋だ。
東郷寺財閥出資のホールが出来上がった記念音楽祭。
音楽祭の後息子達を迎えに来た車が誘拐犯だった。黒い磨りガラスで運転手が違うことに気が付かなかったんだ。
何気ない様子でカレンダーを見る……?
お部屋には絵が掛かっているけれどカレンダーが無い!庶民の家とは違う。
「千鶴、今日は何日?」
「10月5日ですよお嬢様」
「金曜日?」
音楽祭は土曜日の午後だったはず。
「木曜日です」
「ありがとう。東郷寺様の音楽会はいつなの?」
「7日の土曜日です。お嬢様はご興味ありましたか?」
「お父様とお母様は東郷寺様の音楽会に行かれるの?」
「丁度ご帰国されたので行かれると思いますよ」
「私も行けるかな?」
「音楽会ぐらいなら大丈夫かもしれないですね。寺森様に聞いて見ましょうか?お医者様の許可が出れば手配して下さるかと」
そうか許可が出れば大丈夫なんだ。良いことを聞いた。
「お医者様呼んでくれる?」
「今ですか」
「うん」
早ければ早いほどよいんだ。待つこと1時間。さすが月光院。すぐにお医者様が来て診察をしてくれた。
色々な事をすると少しずつ思い出せそうな気がすると一生懸命お願いしてみると、音楽鑑賞なら良いでしょうと、意外にもあっさりと許可がおりた。
当日両親はご挨拶等で忙しいので警護の高島と一緒にとの事だった。
音楽祭まで1日考える時間がある。
本当に起こるかわからないけど、何かせずには居られない。
そんな事を布団の中で悶々と考えてしまう。
いつの間にか転生のショックは何処かへ行ってしまった。
次の日、明日の打ち合わせがしたいからと高島を呼んで貰った。
高島は運転手件警護だ。背が高くガッシリとした体格、制服の白シャツに紺のスーツ。
いつもは私専用の運転手をしているのとの事。覚えていないけど。
私が現在病気療養中の為ちょっと暇みたいだ。
「お嬢様お加減はいかがでしょうか」
部屋の入り口で挨拶をして来る。
「まだ思い出せなくてごめんなさい」
私が申し訳ない思いを口にすると
「大丈夫ですよ。少しずつ思い出せると思いますから」
眉尻を下げて優しく答えてくれる。顔に似合わず優しい。
早速本題に入る。
「あの明日は迷子になると行けないからGPSが付いた物があると良いのだけど何かある?」
高島は驚いたように手を頭に当てている
「病み上がりでいきなり……お嬢様そんな言葉何処で覚えたんですか?」
「本に書いてあったの。お手洗いとか別々だし……」
高島は考えるように腕を組んでいる。もう少し押してみよっと。
「携帯を2つ持っているとか?」
まだ自分の携帯は持っていないから。
「あるには有りますが、1台は電話しか出来ない物です」
電話が出来れば十分だし。
「音楽祭の会場にいる間だけ貸してもらえる?」
いたずらしないから大丈夫だからね。
「わかりました。会場に入る前にお貸ししますね」
おお、これで携帯ゲット!後は5歳でも使える武器ね!あるかなぁ……
「ありがとう。所で武器とか持っているの?」
「はっ?お嬢様スパイごっこですか?」
いやいや違うから、事件だから。
「社会勉強で知りたくて」
何とかごまかしたい。
「私は運転手ですから、スパイじゃないんで武器なんてありませんよ」
「警棒ぐらい無いの?スタンガンとか?」
「持ちません!善良な市民です。最近のアニメの影響ですか?ダメですよ!女の子なんですから」
「でも悪い人に掠われそうになったときとかどうしたら良いのかなって?不安で……」
「車にはいくつか用意が有りますからご安心なさって下さい」
「拳銃とか?ナイフ?」
「無いです!!!そんな物持ってたら逮捕!逮捕されますから!」
食い下がってみたけど無理かぁ……やっぱり武器は無いよね。
「いいですか?明日は音楽祭なんです。危険じゃ有りませんから!」
屈んで私の顔を覗き込んできて言い聞かせるように言う。
「でも世の中何が起こるかわからないでしょう?地震やテロとか?」
「無いですから!心配ならお屋敷から出るのやめて下さい」
それは出来ないんです。すみません。
「ごめんなさい。高島が居れば安心だもの」
ちょっと泣きそうな感じでうるうるしながら下から顔を覗き込むと少し赤くなった。
「はい、お嬢様は自分がいるので安心して下さい」
「うん、明日はよろしく頼みます」
スタンガン車にあるかなぁ?
次の日は朝から両親は出かけてしまい。私は千鶴に支度をして貰った。
紺色のレースのワンピース。丈はミモレだけでウエストには大きなリボン。スカートは広がりすぎず5歳にしては大人っぽいデザインだ。首元には紺のベルベットで作ったチョーカーに真珠が一粒付いている。シンプルだけど可愛い。お母様の趣味なのかな?
支度が調って鏡に映った自分はとんでもない美少女だった。顔は小っちゃくて大きな瞳に長いまつげ、透き通るような白い肌に形の良い眉毛、フワフワのチョコレート色の髪の毛は毛先がくるんとカールしていて頭頂に共布で作った大きなリボンでとめてあるサイドの髪はあみこんでいた。
お人形さんみたいで息をのんだ。
「とってもお可愛らしいですよ」
千鶴が褒めてくれた。でも両親も居ないし誰に見せるんだろう?何だか寂しい子供だったんだなと小説に思いを馳せた。
あれ?そういえば兄が居たような?5歳年上で優秀と評判だ。学校の勉強で忙しいんだった。確か……
お兄様は1度も見かけていない。我が儘な妹が大嫌いだったはず。
それにしても、まだ5歳でこれだけ家族からほっとかれたら、寂しくて性格も悪くなるよね。お兄様は音楽会行かないんだろうな。
高島が迎えに来てくれて会場に向かう。
結論から言うと車にスタンガンは無かった。その代わりにロープを拝借した念のため。何に使うかは未定だ。
クマさんのバッグに入れておく。今日はお気に入りのクマさんのショルダーバッグ。ここはまだ5歳だからね。そしてマスクも忘れていない。確か子供達に騒がれないように催眠スプレー使うはずだから。
私は病み上がりで誰もマスク姿を不審には思わない。ただお医者様にねだって特別仕様のウイルスも通さない物を用意して貰ったけど。フフフ……
時系列のおさらいをしておくと音楽祭は18時に終わる。
犯人からの最初の電話が19時半ホテルでのディナーの待ち合わせが19時。現れないのを不審に思って捜索し出すのがほぼ同時刻だった。
その後20時に運転手が殺されているのを通りがかった通行人に発見される。会場からは遠くない公園のトイレ裏だ。
会場への出入り口は3カ所ある。その中で使用するのはVIP専用の場所だ。幸いなことに我が家もそこを使える。
後は子供達が乗り込む車に一緒に乗り込む予定だ。運転手さんの死亡推定時刻は19時頃で失血死だから多分18時直前に110番で公園で喧嘩があると通報してそのまま切らずに車へ乗り込めば何とかなるかと思っている。
人知を尽くして天命を待つ!!!
しかし敵は思わぬ所にいた。高島お前はうざすぎる。会場で抱き上げるんでは無い!
「お嬢様人が多すぎます。危ないのでお席までお連れします」
私は慌てて降ろしてくれと頼む羽目になった。
「せっかくおめかししたのに、これじゃあ恥ずかしすぎるわ」
ちょっと涙目になった、高島は仕方なそうに降ろしてくれた。すると今度は大きな手でガッシリと手を掴んできた。とんでもない奴だ。
「守って貰うには両手が開いていた方が良いと思うの。私が高島の洋服掴んでいるからこれで大丈夫よ」
そう言ってようやく離して貰った。ヤレヤレである。
音楽祭は素晴らしかった。に違いない。でも気が気じゃ無くて全然頭に入らなかった。ちなみに隣の高島は寝ていた。いびきをかきそうになるたびに鼻をつまんだ。手が掛かる。絶対にモテないタイプだ。
公演終了15分前には出入り口の近くのお手洗いに行き取りあえず110番。喧嘩の通報忘れずにね。1度切ってリダイヤル出来るようにしておく。勿論マナーモードになっている。準備万端。
お手洗いの入り口で外の様子をうかがっていると複数の足音が聞こえてきた。
お手洗い前の高島が頭を下げているのが見える。この人達だ。
私は急いでお手洗いを出ると高島にのどが渇いたのでジュースを買ってきてと頼んだ。
「絶対に私を見失わないでね!」
後ろ姿に声を掛けると片手を高く上げて答えてくれた。お願いね!