118 教会
この間見たときから食べたかった、キャンテロップのアイスクリームとついにご対面!
この時がやって来たんだわ。
アイスクリームから行く?それともメロンの方から?
スプーンを片手に悩むこと数十秒。
目の前に別のスプーンが現れたと思うや否や、アイスクリームをすくって奪っていく。
「あ””っ」
私のアイスクリームが……
スプーンの行く末を目で追う。
「サァーシャ。食べないの?」
エルが笑いながら口に運んだ。
な、なんて事を!
一番美味しそうな最初の一口を子供から奪うなんて……
これ以上はあげないから。エルを睨みつつ急いでアイスクリームを口に運んだ。
美味しい……
アイスクリームとメロンのハーモニーが最高!
ここはオープンカフェ。もう大分寒くなってきたので今日はお店の中から広場にある噴水を眺める席に着いた。要するに窓側です。
この国ではテラス席の方が人気で暖かそうなホットチョコレートにソフトクリームなどをテラスの席で食べている人が多い。
馬術大会も終わって以前より観光客も減った様な気がする。
観光客は大抵バックパックをしょって帽子をかぶっていた。
だからグレーのスエットの上下にパーカーのフードを目深くかぶって大きな紙袋を持っている人なんて怪しすぎて直ぐに目に付いた。誰も気にしてない風なのが逆に信じられないくらいだった。
メロンとアイスクリームを交互に頬張りながら目で追っていると、その人は1度広場の大時計に目をやってから周りを見渡して紙袋を横に置く。何だか怪しい……
カップルの横、噴水の前に座った。
いかにもちょっと休憩を取っているかのようで、横のカップルも気にしていない。スマホを確認するとすっと立ち上がり脇目も振らずに立ち去った。大きな紙袋はそのまま置いていった。
前にもこんな光景を見た事がある。あの時は爆弾だった。心臓が早鐘を打つ。スプーンにすくったアイスクリームが落ちたのにも気が付かなかった。
「サァーシャ?どうした」
不思議そうにこちらを見ているローラントと目が合う。エルは隣で東郷寺君と神馬君と談笑中だった。ローラントの声でエルが急いで私の方に向き直る。
その時エルの携帯が鳴った。
「グレンからだ」
エルはそう言うと私の頭に手を置いて”直ぐに戻るから”と席を立った。携帯を耳に当てながらお店を出て行く。窓の外にエルが広場の方に歩みを進めるのが見えた。
爆弾かも知れない紙袋が目に入る。
いけない、そっちに行ったらダメだ!
急いで席を立ち追いかけようとする私の手を誰かに掴まれた。振り返ると東郷寺君だ。
「どうしたの?」
真っ直ぐな眼差しが私を見つめていた。
信じてくれるだろうか?根拠なんてない。
「爆弾があるの」
信じてくれないかも知れない。顔をそらしながら呟くと、彼の行動は早かった。
護衛に来てたMr.高島にエルに伝えるように言うとローラントに事情を説明。神馬君に私を託すと何処かへ電話をかけていた。神馬君は安心させるように黙って私の手を取った。さすが、お兄ちゃんだね。
窓からは広場に行きかけたエルがMr.高島に呼び止められているのが見えた。
エルが急いでカフェに戻ってくるのが見えると、ほっと胸をなで下ろす。良かった。エルはまだ携帯を耳に当てていた。
「サァーシャ、グレンが話したいって。説明を頼む」
慌てた様子のエルが携帯を私に渡してきた。
「サァーシャです」
”どうしたのか教えてくれるか”
落ち着いた低い声が受話器の向こうから聞こえてくる。フワッと身体が浮いてMr.高島が私を抱きかかえていた。
このまま避難するの?まだ全部食べていないのに……
視線はキャンテロップのアイスクリームに釘付けだ。
グレンとは抱きかかえられたままで話をする。今見ていたことと何故爆弾だと思ったかと言う事を。
”サァーシャありがとう。エルにかわってくれるかな”
エルに携帯を返した。ローラントが丘の教会まで避難するように言ってきた。
「ここは危ないから行くぞ」
「エルは?」
「後から来るから大丈夫だ。ついてこい」
「でも、まだ食べてる途中……」
そう言う場合じゃないのはわかっているけど、せっかく来たのに。Mr.高島がポンポンと名残惜しそうな私の背をなだめるように叩いた。
「また今度来ましょう」
そう言ってローラントの後に続く。偉そうなローラントが何だか頼りになるからおかしかった。ローラントの先導で丘の上の小さな教会まで登って行く。
ここでMr.高島が私を降ろしてくれた。ちょっと楽ちんだったのは内緒だ。へへへ……
教会の前で先導していたローラントがゼイゼイと荒い息をしてへばっていた。若いんだからダイエットした方が良いと思う。自分の事は棚に上げてローラントの事はつい厳しい目線で見てしまうんだな。
ここからは下の広場がよく見えた。広場が封鎖されて警察官が大勢出てきている。時間の猶予はどのくらいあるか?と聞かれて30分から1時間と答えておいたけれどもう20分は経っていた。
エルは大丈夫なんだろうか……虎太郎君は大丈夫なんだろうか……
んっ?
虎太郎君?だれだっけ?
「冷えるから中に入るぞ。ぼうっとするな」
立ち止まって考えていると、ローラントに手を引っ張られた。
「入っても良いの?」
エルが許可がいるとかいってた様な気がする。
「緊急事態だから特別だ。叔父上の許可は取ってある」
なるほど、エルの指示って事ね。それにしてもローラントはこの年齢でこんなに偉そうだと先が思いやられるわ。
こぢんまりとした素朴な教会は、中に入ると窓には色とりどりのステンドグラスが飾られていて、厳かな中にも高貴な雰囲気が漂っていた。
高い天窓からキラキラとステンドグラスの光が降り注いで床に色とりどり光を落としていた。
「綺麗……」
私が呟くとローラントが自慢げに胸を張る。
「ここは王族専用の教会だからな。普通は入れないんだ」
「へぇ~~じゃぁ私達はラッキーなのね」
このチャンスは逃せないわ、見て回らなきゃ。もう2度と来られないかも知れないから。
前にある立派なパイプオルガン。その脇にひっそりとある扉が気になったの。壁に溶け込むように小さな木の扉。取ってはなくて小さな石が周りに埋め込まれていた。
ふふ、何だか可愛い。
私が扉の前に立つと石に光が反射してボウッと光ったような気がした。扉の石にそっと触れた。触れた石が明るくなる。
人感センサーかしら、触るとその熱を感じて光るとか?
「サァーシャそこは開かないから触ったらダメだ」
向こうでローラントが叫んでいる。
扉を押すと向こう側に少し動いた。鍵がかかっていないのかな?
その時に後ろから私の手を押さえて掴む人がいた。振り向くと東郷寺君だった。
「勝手に触ったらダメだよ」
「えっ、あっ、ごめんなさい。綺麗な扉だったから」
いたずらを見つけられた子供みたいに言い訳をしてしまった。実際にそうなんだけれど。
その時外から、ド~~~ンと大きな音がして教会が少し揺れた。
爆発の音?
東郷寺君は私をかばうように腕の中に抱きかかえた。”大丈夫だよ”と頭の上から声がかかる。大きな音は苦手だ。でも今はそんな場合じゃなかった。
爆弾が爆発したのだろうか?
エルは大丈夫?
「虎太郎君は大丈夫?」
顔を上げて東郷寺君に聞いた。東郷寺君が驚いた様に目を見開く。んっ?何?
「えっ!?愛梨花ちゃん?」
私は首を傾げた。愛梨花ちゃん?違うと思うけれど。横から神馬君が私の肩に手を置いた。
「えっと、今なんて言ったのかな?」
「へっ?エルは大丈夫かなって」
神馬君は首を傾げた。
「ちょっと違うように聞こえたけど。なっ、龍一郎さん」
東郷寺君に同意を求めるように視線を送っている。
「えっ?あっ、まぁ、イヤ、しかし……」
固まっていた東郷寺君が言いよどんだ。こんな返答もするんだ面白い。
「サァーシャ!城へ急げって。行くぞ」
ローラントとシェルダンが早く来いと手招きをしていた。私は東郷寺君と神馬君の手を取った。
教会を出ると丁度エルが広場から上がってきた所だった。
「山手の方から戻るからサァーシャおいで」
エルは私を抱き上げると山道を登っていく。ローラントとシェルダンはゼイゼイ言いながらついてきた。
どちらかがへばればMr.高島が運ぶんだろうな。エルは体重の軽い私の方を選んだんだ。
ローラントなんて運ぶのは大変そうだものね。やっぱりダイエットをするべきだわ。
それに比べると東郷寺君と神馬君は軽々とついてきた。余裕って感じだ。
スポーツできる人って素敵。とても残念な気持ちでローラントとシェルダンを見てしまった。
爆弾事件なんて私の頭から抜け落ちていた。




