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11 火の用心


 それから順調に練習の日々をこなしていった。


 虎太郎君は一人っ子で翔君は上にお姉様がお二人いる。どちらも男兄弟がいないのでいつも一緒に遊んだり勉強をしているそうだ。

 翔君のお父様が虎太郎君のお母様のお兄様なんだそう。つまり従兄弟同士。


 最近はすっかり虎太郎君のお母様と仲良くなってしまった。いつも美味しいケーキを用意して下さる。


 うちのお母様みたいにあくせくと仕事をしている訳では無くてのんびりとした上品なマダムと言った感じで私もあこがれてしまう。


 良いなぁ~私も大きくなったらこんな優雅なマダムしたい。


 「クリスマス会には皆様のご家族も見に来られるの?」


 虎太郎君のお母様がのんびりとした雰囲気で聞いてこられた。


 「うちはお姉ちゃん達も家族皆で来るそうです」


 すみれちゃんは最近はお姉様達とも上手くいっているみたい。

 虎太郎君や翔君と仲良くなった事をお母様が喜んでいるらしい良かった良かった。


 「我が家は母は来るそうですが、兄は忙しいみたいです」


 虎太郎君のお母様は嬉しそうに目を輝かせた。


 「あら、月光院様とお話しできるわね」

 「えっ、ええ」


 何かご用があるのかしら?と不思議に思う。でもお母様同士お話が合えば楽で良いものね。


 すみれちゃんのお姉さんはすっかり悪いお友達と切れたみたいで携帯電話も交換したそうだ。


 我が家の家族も仲良くならないかなぁ。お兄様は殆ど顔を見ないし食事も別だ。朝は早くに登校してしまうし夜は遅い。

 お母様は最近は朝食はご一緒できるけど夕食は週末ぐらいしかご一緒にならない。

 お父様は付き合いが多くてゴルフだ出張だと殆どお目にかからない。


 幼稚園児の時間と合わないのは仕方ないのだけど12月はクリスマスや年末と家族の温もりが欲しくなる季節なのに。


 これじゃあ、いかんせよ!!!

   

          ♢     ♢     ♢


 「高島は年末は何か予定とかあるの?」


 帰りの車の中で聞くと、高島は変な咳をした。あっこれ聞いたらいけないやつ?


 「もうそんな年齢は過ぎましたね。それに年末年始は月光院家のイベントが多いのでお休みはしませんよ」


 自慢げに言う高島が、何だか哀れだ。何の予定も無いんだね。


 そんな高島に帰りに本屋に寄ってもらって、お目当ての本を探してくれる様に頼むと、焦った高島の声がうわずっている。


 「お、お嬢様、も、もう一度お願いします」


 勘違いしているみたいだけど大丈夫かしら。


 「えっと、男心を掴むとか手玉に取るとか、そう言う本が欲しいの」

 「お嬢様、帰りましょう」


 怖い顔をしたかと思うといきなり私を抱き上げて、本屋を出ようとする。”誰がこんな悪影響を、もしや前門の虎後門の狼か?”ぶつぶつ言ってる。違うから。


 私の計画では、お父様の心をぎゅうっと掴んで家族団らんに向かせたい。そのためにどうやったら良いのか知りたいのだ。


 「違うの、お父様と仲良くしたいの」


 慌てて私が言うと、高島が驚いた様に目を見開いた。それから私を降ろすと少し悲しそうに眉尻を下げる。そんな哀れな子を見るような目で見ないで欲しいんだけどな。中身大人だから。


 「お任せ下さい。探して参ります」


 自信満々に高島が買って来たのはクリスマスキャロル。しかも絵本。


 あ~あ、頼む人を間違えた。帰ったら千鶴に相談しようっと。

 毎年クリスマスはどうやって過ごしていたのかも聞かないといけないしね。


 車のラジオからクリスマスソングが流れてる。高島が上機嫌でそれを聴いていた。

 もう12月に入ったものね。ここの所クリスマス会の練習で忙しかったからあっと言う間だった。前世の記憶を思い出して、今までのことを忘れてしまってもう2ヶ月が経ったんだね。早いなぁ。

 

 その時、何気なく聴いていたラジオ。この注意報に聞き覚えがあった。


 ”乾燥注意報が出ています。関東地方は今日で連続20日間雨が降っていません。火の元には注意しましょう”


 このフレーズ小説に出てきた。胸の中がザワザワしてくる。ダメだやばい奴だ。


 もしかして、火事は今日おこるの?

 考え込んでいると、いつの間にか家に着いたみたいで高島が車のドアを開けて覗き込んでいた。


 「お嬢様ご気分が悪いのですか?」

 「ううん、違うの」


 高島の腕を引っ張ると耳に顔を寄せた。


 「一生のお願いがあるの。聞いてくれる?」

 「嫌な予感しかありません」


 高島が嫌そうに身を引く。ダメダメここで引き下がる訳にはいかないの。


 「私、多分一生後悔すると思うの」


 俯きながら言う。女優してます。


 「大袈裟です。何がしたいのですか?」

 「今日、火の用心したいの」


 高島は安堵したように笑うと


 「火の用心ですか。お安いご用です」


 気軽にオッケーしてくれた。よし言質は取ったよ。


 「じゃあ車に消火器と水鉄砲積んでくれる?」

 「水鉄砲ですか?あったかな?今積みますか?」

 「今すぐにお願い」

 「じゃあ積んでおきますね」


 ”何に使うのかな?”とかぶつくさ言ってる。


 「今夜10時にここで待ち合わせね!」

 「今夜10時?夜ですか?」

 「火の用心は夜見回るんでしょう?」

 「お嬢様、お化け退治じゃないですよね?掃除機いるとか言いませんよね」

 「高島、映画の見過ぎだから!」


 おばけ吸い取るやつでしょう。知ってる。


 「しかし旦那様に見つかったら怒られます。無理ですよ」

 「言わなければわからないでしょう」

 「バレたらクビになります」

 「大丈夫お祖父様に言うから」

 「大旦那様ですか?」

 「うん。仲良しだから、今日行かなかったら私死んじゃうかもしれない……」


 俯きながら言う。女優してます。


 「し、死ぬなんて、そんな風に大人を脅したらダメです」


 もう一押し、これは最後の手段を使うしか無い。

 下を向いて目に涙をためると見上げるように高島の顔を覗き込んで首をこてんと曲げた。


 「お願い。車からは出ないから見回りだけ」


 高島は仕方なさそうにため息をついた。


 「わかりました。寺森様の許可が出ればほんの少しだけ行きましょう」


 寺森は意外にもあっさり許可をしてくれた。お祖父様から私から頼まれたら、なるべくかなえるように言われているんだって。なんだぁ!先に聞けば良かった。


 10時に起きるのは大変だった。千鶴にも頼んで起こして貰った。ちなみに家族には内緒。寺森が報告してるかもしれないけど、それはそれ。

 車にはもう高島が来ていた。


 「お嬢様、どちらに行かれるんですか?適当に流しますか?」

 「この間と同じ道ですみれちゃんの家のそばでとめて」

 「了解しました。ラジオつけますか?」

 「うん」


 窓の外を眺めているとこの間の公園の前を通った。

 公園には誰もいなかった。やっぱり胸騒ぎがする。


 すみれちゃんの家は閑静な住宅街で街灯もまばらだ。この時間に歩いている人は殆どいなかった。

 このあたりは高級住宅街になるから、たいていの人は車を使う。所々の家でクリスマスイルミネーションを付けていた。


 すみれちゃん家の側で車を留めて貰った。気分は刑事ドラマの張り込みだ。

 しばらくすると先ほどから路地を自転車で行き来している人の姿が気になった。あやしい。暗くてよく見えないけど学生みたいだ。心なしかこの間の金髪に似てる。


 しばらくすると、突然すみれちゃん家の横の路地から数人が走り出てきた。見つけた。奴らだ。


 「高島、今の人達あやしくない?何だか逃げているみたい」

 「様子見てきます。直ぐ戻りますから」


 そう言って車を降りた高島が路地まで行くと慌てて戻ってくる。ドアを開けて助手席に置いた消火器を掴んだ。


 「お嬢様、危ないから車にいて下さい」

 「どうしたの?火事?」

 「ぼやです。煙が出ているんで行ってきます」


 心配になった私も車を降りて路地を覗くと火の手が上がり始めていた。


 これは119番でしょ。それから水鉄砲を持って高島の後を追った。すみれちゃんちの塀に置かれた段ボールが燃えている。


 水鉄砲を放つと高島の頭に当たった。


 あっ、まっ良いか。高島が振り返ってこちらを見た。手を振ってあっちへ行けと合図する。ごめん、じゃましたね。


 遠くからサイレンの音が聞こえてきた。いくつものサイレンの音が段々近づいて来る。


 高島が路地をウロチョロしている私を捕まえると抱き上げた。見ると頭から水がしたたり落ちている。ごめん高島。心の中で謝った。


 「もう大丈夫です。消防車が到着しますから車の中に入りますよ」


 私は大人しく車に回収された。じゃましか出来なかったものね。後部座席に座って外の様子をうかがうっていると、次々と消防車が到着して、周りが慌ただしくなってきた。


 外で高島が濡れた頭をタオルで拭きながらお巡りさんと話している。

 この間のお巡りさん?田中さんだったかな?


 取りあえず、すみれちゃんの家は無事だったしもう眠いから早く帰って寝たい。ほっとした途端疲れが出てきた。5歳の身体はもう限界。そのまま車中で寝てしまった。


 ミッション終了。




 

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