10 クリスマス会の練習
恐ろしいことに、幼稚園での”前門の虎後門の狼”状態に慣れてきた。
唯一隣のすみれちゃんが癒やしなの。
12月には幼稚園三大イベントの1つクリスマス会があって、その準備が始まった。お遊戯を保護者に見て貰うのだ。
ちょっとした劇を披露する。もちろん合唱もある。私達のクラスは毎年恒例のくるみ割り人形をすることになった。ストーリーメインでは無く、曲に合わせてそれぞれの衣装を着て踊るのだそう。一応役に合わせた衣装を着るから全員がクララや王子様にならない様にするみたいだ。
先生が役を黒板に書いていく。役は立候補者で決めていく。希望者が重なったらじゃんけんになるんだって。早速手を上げた。クラスの皆からの冷ややかな視線を感じる。
「愛梨花ちゃんどうぞ」
有香子先生に指されて立ち上がる。
「もみの木がやりたいです」
先生が意外な顔をする。
「えっともみの木ね?他にもみの木やりたい人」
すると前門の虎と後門の狼、それに横のすみれちゃんまで手を上げた。
えっ?もみの木は人気なの?てっきり誰もやりたがらないかと思ったのに。
前世ではもみの木なんて誰もやりたがらなかった。まだネズミの方が人気だった。動きはないし顔を緑にペインティングした覚えがある。何を隠そう私がもみの木だったから。
「「「「「えっ~~~~~!」」」」」
「虎太郎君と翔君がもみの木なの!!!」
クラスの女の子から一斉に非難の声が上がった。そして次々と手が上がる。
そうでしょう。ダメだよ君達もみの木なんて!王子様キャラでしょう!皆でもみの木になったら、ただの森だし!
「はい静かに!もみの木は4人でおしまいです。他の役に移ります」
有香子先生がサクサクと役決めをしていく。クララ、王子様、兵隊、ねずみ、女王様、金平糖の精。
もみの木いらないよね?4人は多いよね?疑問に思いつつも隣のすみれちゃんの笑顔に負けた。
すみれちゃんが、友達だから一緒だよねと笑って何故か他の2人も頷いていた。
貴方達といつ友達になったの?本当に私が覚えてないだけなんだろうか?自分に自信が無い。そして女の子達の視線が怖い。
役ごとに踊りを披露するそうで私達は4人で練習することになった。衣装もそろえるんだそう。幼稚園にレンタルもあるし記念に自分たちで作っても良いそうだ。
「よし、うちで衣装の打ち合わせをしよう」
何故かノリノリで虎太郎君が言ってきた。子供はイベント好きだね。
迎えに来た高島が向こうで手を振っている。小走りで近寄ると、小声で”前門の虎の家に行くことになった”と言ったら、”しばきますか?”だって!ダメだからね、後でお迎えに来てねと頼んでおいた。
西園寺家は我が家より大きくて、すみれちゃんは驚いて口をアングリと開けていた。我が家も大きなお屋敷だとは思っていたけど、ここはまるで迎賓館みたいだ。
モダンな鉄筋コンクリート建てのエントランスに車が着くと中から執事が出てきて車のドアを開けてくれた。
「ほら降りるぞ」
そう言うと虎太郎君が私の手を引っ張った。そのまま手を引っ張って中に行くものだから周囲の視線が生暖かい。まるで仲良しみたいだ。
「あの1人で歩けるから」
虎太郎君を見ると虎太郎君は前を見たままでしらっと言う。
「お前トロいから、転ぶといけないからな」
「えっ?」
と言われたさなかから、毛足の長い絨毯に足を取られた。
「ほらみろ」
虎太郎君が得意げに言う。そこへ奥からお母様らしい人がやって来た。
「ただ今帰りました。これからお遊戯会の練習です」
「お帰りなさい。そちらは?」
手をつないだままの私達をみてお母様は微笑ましいものを見たみたいだ。
「初めまして。月光院愛梨花と申します」
「初めまして。春野すみれと言います」
2人でご挨拶をする。そろそろ手を離して欲しい。お母様は優しく微笑むと
「まぁまぁ可愛らしいお嬢様方ね。後でおやつを持っていくわ」
嬉しそうに執事に指示を出していた。案内されたのは暖炉まであるリビングで一面ガラス張りになった窓からは中庭の景色がよく見える。さながら外国の映画の中みたいだ。
ソファーに座ると、早速衣装係だと言う女性と打ち合わせをする。私達の話を聞くとスラスラとスケッチブックにイラストを描いていった。
「踊りがあるので動きやすい方が良いですね。イメージはどんなのが良いですか?」
「クリスマスツリーがいいわ」
私が言うと虎太郎君が頷く
「それでつくれるか?」
「靴はプレゼントをイメージして大きなリボンが欲しいの」
「愛梨花ちゃんすごいね。私全然思いつかないから」
「僕もダメだな。虎太郎は?」
「こういうのは女子の方が得意だろう」
私、経験が豊富なだけです。普通の5歳じゃ無いんで。
スケッチブックには、あっと言う間にデザインが出来上がっていく。
ストレッチ素材の上下にニット帽。色は深緑。帽子には星が着いてパンツには小さなプレゼントを、トレーナーにはクリスマスツリーの飾りを付けるそうだ。凄く可愛いのが出来上がりそう。
「すてき!」
手を叩いてすみれちゃんをみるとすみれちゃんも興奮していた。
「本当ね!」
「よし、後はダンスの方だな」
虎太郎君が言うと別の人が入ってきた。何と振り付けの先生まで来ていた。
幼稚園から出された曲に合わせて振り付けは自由だそう。幼稚園の先生が振り付けするんじゃ無いの?すみれちゃんに聞くとどちらでも良いんだって、若干引き気味です。お遊戯会なんですけど……
しかしダンスの方は全然だった。元々の運動神経もさることながら、ここの所の入院生活で体力が無かった。真っ赤な顔をして座り込んでいると虎太郎君が水を持ってきてくれた。
「ほらっ」
「ありがとう」
「まだまだだな、毎日少しずつやれば体力も付くぞ」
「毎日?」
「翔、明日からお遊戯会まで毎日練習だからな!」
「オッケー」
「へっ?私も?」
「お前が1番ダメだろう」
何とこれから毎日練習になってしまった。すみれちゃんがお稽古があるから毎日は無理かなとつぶやいている。
え~と私もお稽古事してなかったのかな?忙しくなかったのかな?帰ったら聞いて見よう。
「どう?進んでいる?」
虎太郎君のお母様がフルーツタルトとお茶のワゴンと一緒に入ってきた。
わぁイチゴのタルトだ。好きなんだ。
「よかったら一息ついてね。愛梨花ちゃんはイチゴお好きなの?」
いけない顔に出ていたかしら。頬がほてってくる。
「はい」
小さい声で頷いてしまった。
「じゃあ明日はイチゴのショートケーキにしましょうね」
明日来ることが決定した。ショートケーキ楽しみ!
その日夕食の時にお母様に何かお稽古事をしていなかったか聞いて見た。
「今はお休み中なのよ、お医者様の許可が出たら考えていきましょうね」
そうなのか、と言うことはしばらく西園寺家に行く事になりそうだ。その話をするとお母様は嬉しそうに言う。
「まぁ!クリスマス会が楽しみね。今年は見に行くから頑張ってね!」
これはダメだね。腹をくくって練習します。