1 えっ!そんなバカな!!!
よろしくお願い致します。
長い夢を見ていた。いつもそうであるように、覚えていたのに、目が覚めたとたん思い出せなかった。
(とてもリアルな夢だったのに。なんだったかなぁ……)
私、星野空見32歳一人暮らし。大学に進学してから家を出てもう10年が経とうとしている。家族は皆健在。ただ星野家には私の居場所は無かった。
3人兄弟の長女に産まれた。
両親は共稼ぎで忙しかったから必然的に弟と妹の面倒を見て、家事全般は私がしていた。自由な時間が欲しくて大学進学と共に一人暮らしを始めた。
家に帰るたびに居場所が無くなっていった。いつの間にか部屋は妹の部屋に、私はリビングで寝ることになり、買替えた新車は四人乗りのセダンで私は乗れなくなっていた。
年末には必ず妹から電話が入る。正月は皆で温泉に行くから居ないとか、お姉ちゃんは忙しいだろうから無理に泊まらないで日帰りにしたら良いよ、とか一見こちらを気遣っているかの様な断りが入ってくる。挙げ句の果てに妹の許可のない日には来ないで欲しいとまで言われるようになった。
だんだん面倒になってきて最近は帰らなくなってしまった。
妹の思うつぼかもしれないなぁ……また年の瀬も迫ってくるし
などと、ぼんやりとベッドの中で考えていると部屋のドアが開いて誰かが入ってきた。
(えっ?私一人暮らし……だよね……)
訳もわからず、気づかれないようにそっと布団を引っ張る。
部屋に入ってきたのは20代と覚しき女性で長い髪を後ろにまとめて、黒いメイド服に、真っ白なエプロン姿だ。
私を見ると驚いたように駆け寄ってきた。
目が合ってしまった。
「お嬢様。目が覚められたのですね!」
嬉しそうに言いながら手のひらを私のおでこに当ててくる。
他人にいきなり触られるなんて……驚いて固まった。
冷んやりとした温度が心地よかった。
「やっとお熱は下がりましたね。お嬢様ご気分はいかがですか?」
私は答えようが無くて目を瞬いた。さっきから何を言ってるのかわからない。
「お嬢様ってどなた?どこにいるの?あなたはどなた?」
私が聞くと、その女性は驚いたように目を見開いて、口に手を当てて叫び声を押し殺した。慌てて部屋から掛けだしていく。部屋の外に声が響いた。
「お嬢様が!お医者様を早く!」
「どうした!」
「今、先生を呼ぶから落ち着いて!」
複数の声がして廊下が慌ただしくなり、いくつもの足音が聞こえてきた。
不安を覚えて起き上がり横を見ると、ベッドの反対側の窓ガラスに小さな女の子が映っているのが目に入った。
(もしかして私?小さい???)
(これは夢?)
窓には幾重にも重なっているカーテン、壁は花柄の壁紙。家具はすべて白で統一されたアンティーク調。見慣れた六畳一間じゃない?いったどうなって・・・・・・・・・・
突然、部屋には次々と人が入ってきた。お医者様に看護師さん、執事ぽい人、メイドそして色々聞いてくる。
「名前は?」
めがねを掛けた優しそうな先生は、そう言うと私の手首をそっと掴んで脈を診た。
これは答えちゃ行けないやつだ。頭おかしいって思われる。
私は黙って首を振った。
「わからない?覚えてる人はいる?」
私は首を振る。何を聞かれても答えられなかった。知らないもの。
どうしてよいかわからず、次第に目に涙が浮かんできた。やだ大人なのに……
5歳の身体に32歳の心が引っ張られている。黙ってうつむいてしまった。
でもこれは効果覿面で、深く追求されることも無く、高熱による記憶の混濁で、時と共に症状も良くなるとのことで様子見となった。
どうやら私は1週間も高熱で意識不明だったらしい。
「ゆっくり体力の回復に努めましょう」
お医者様は優しく私の頭を撫でると、執事やメイドに看護の指示や食事のアドバイスを出して、点滴の針を抜いてくれた。しばらくは安静で、との事だ。
「お嬢様。私はこの家を任されている寺森と申します。お見知りおきを」
黒いスーツに身を固めた品の良いおじさまが頭を下げてきた。
後ろに控えているメイドをさして紹介してくれる
「これがお嬢様のお世話をする千鶴です。」
一番最初にあったメイドが頭を下げた。
「後の者は追々紹介していきましょう」
私は黙ってコクコクと頷くばかりだ。これ以上紹介されても覚えきれないよ。
「お嬢様は、月光院 愛梨花様 御年5歳にあられます。」
え~~~!
私5歳なの?人生やり直し?ショックでそのまま意識が遠のいた。
・・・・・♢・・・・・♢・・・・・♢・・・・・
遠くで人の言い争う声がする。段々と意識が覚醒してくるとそれが同じ部屋だとわかってきた。
「あなたは先に帰るはずでしたわよね!」
「君こそ娘が病気の時ぐらい家に居たらどうだ!」
何処かで夫婦喧嘩が始まったみたいだ。
ん?私の枕元で?
もしかして、これが両親?私が目を開けるとそれに気がついた父親らしき人が母親の肩を押さえて私の方へ向かせた。
お父様は短い髪を七三に分けていて仕立ての良い三つ揃いのスーツにポケットチーフを覗かせている。お母様はきちんとセットしたヘアスタイルにシャネルのスーツだ。
「気がついたか」
「愛梨花ちゃん、お母様よ!わかる?」
お母様は屈むと私の手を取った。
どうしよう……でも、ここは頷くしか無い。
「お父様は覚えているかな?」
取りあえずここも頷いた。本当はあなた方のことは知らないですけど……
私が2人を覚えているとわかると、安堵したように顔を見合わせた。
お父様が、お医者様がしばらくは安静だと言っていた事、幼稚園は当分の間お休みしなければならない事などを教えてくれた。
「何か欲しいものあれば寺森に言えば良いわ」
お母様は私の頬にキスを落として、お父様は私の頭を撫でてくれた。
それから2人は、それぞれ携帯を出すと仕事に戻らなくてはいけないからと部屋を出て行った。忙しい人達なんですね。
千鶴が気を遣ってお茶を運んできた。
「海外から帰国されてそのまま直行したみたいで1度会社に戻られました」
千鶴は私を気遣いながら暖かいお茶を入れてくれた。
「お嬢様の事をとても心配されていたんですよ」
リンゴとジンジャーの香りがしてる。アップルジンジャーチャイティー?
「お父様の会社は月光院グループ?」
千鶴が怪訝な顔をする。覚えていないの。心の中で言う。
「勿論そうですよ」
しかし、聞き覚えのある珍しい名字、もしかしたら月光院愛梨花は前世で読んだ小説に出てきた名前では?
何だか頭を抱えたくなってきた。
確か財閥グループのドロドロした家族の話だったような?職場の同僚に勧められて読んでみたものの途中でやめてしまったんだった……
その中でも月光院愛梨花は典型的な我が儘なお嬢様として描かれていた。
子供の頃は我が儘で大きくなるにつれて、嘘をついたり人をだましたりする嫌な女の子だった。見た目は可愛かったから、バカな男の子がひかかっていたように思う。
え~~~イヤなんだけど!
もしかしてそこに転生した?ちゃんと小説読んでないよ!
ダブルショックなんですけど。
見つけて下さってありがとう。楽しんでもらえると嬉しいです。