発端
相も変わらず日中生産、夜鍛錬。
えっちら、ほっちらと地道にづづける事数か月。
いつのまにやら1年近くが経とうとしていた。
パパン・ママンからの手紙は数週間おきに届き、俺もそれに返す。
俺の体を気遣うパパママンの言葉に励まされながらこの生活を続けている。
ただ、筋肉は裏切らないようで、鍛錬の効果は抜群だ。
複数の大型の魔獣相手にしても後れを取ることは無くなった。
「大切断」を使わなくても、斬撃と体捌きだけで十分に討伐できる。
俺、スゲーんじゃねぇ?
と、ちょっと天狗気味である。
学友たちとはレベルが違うと思う。いやはや。まいっちゃったな。
まあ、ガキンチョ相手に意気っても仕方ないんだけどね。
俺中身はおっさんだから。
喫緊の目標は打倒ハワード卿だ。
相も変わらず俺ばかり目の敵にする。
やたらと皇子たちからは引き離すし、あいも変わらず戦闘術の授業には参加させてくれない。
憎たらしい奴め。
が、
剣術や体捌きは素晴らしい。
そのあたりの素養がない俺でも一目見てそう思うんだから大したもんだと思う。
一つ一つの斬撃、攻撃の所作に無駄がない。迷いもない。
生徒たちに見せる手を抜いた見本ですら舞のように美しい。
あ、美しいって言っちゃった。
なんか腹立つな。
まあ、でも仕方ない。確かにあれは達人の域だと思う。
どんな鍛錬を繰り返したらあんな境地に達するのか……
仲が良ければ聞いてみたいと思うが、俺は頗る嫌われているし、好かれようとも思わない。
だから聞かない。
なので、遠目に見て真似するだけだ。
あ、
でもね。
あいつの弱みを聞いちゃったんだよね。醜聞って奴?
いや。聞いたというより、講義で習ったんだけどさ。
あの詰まんない歴史の授業……皇王の誕生から現在までのサクセスストーリー……を受け続けてるんだけど、
って、聞いてよ!あれさ!1年習ってんのにまだ青年期だよ!?あの皇王幾つヨ!?いつまで続くのさ!?この不毛な授業!!
おっと。取り乱してしまいました。
で、その授業なんですが、青年期に入ってすぐの頃、家臣に裏切られたんだよね。謀反って奴?
でも、そこは流石皇王。その反逆家臣を自らの活躍で一網打尽!
で、その活躍を裏で支えたのが、当時まだ幼かった逆賊家臣の三男坊サウル少年、現ハワード卿。
って、我が親を裏切っとるやん!?
密告者って事でしょ?
ひどい奴じゃない!?
やっぱりいけ好かないですよ。
パパママンを裏切るなんて。俺には考えられないね。全く。
いやはや。とんでもない奴でしたわ。
でもまあ、逆賊一家の一員でありながらも皇王の信頼を勝ち取ったって事で美談になってましたな。
なんだかなぁ。
まあ、そんなこんなでろくでもない奴と判ったことで、俺の留飲は多少下がりましたとさ。
ふう。
と言う訳で、今日も糞つまらん歴史の授業を受け、楽しそうな戦闘術の授業を遠くから眺める。
いつもと変わらない日常……
あれ?今日の戦闘術の授業はハワード卿じゃないんだな。
もっと若いあんちゃんが生徒たちをしごいていた。
へへ!いい気味だ。
などと思ってたら、帰り道で皇子から声をかけられた。
ねぇねぇ。かくれんぼしない?
的な。
なんだよ。本当にガキンチョだな。俺隠れさせたら見つけられなくなるぜ!
などと気さくに答える気にもなれず皇子を不思議そうに眺めていたら、また小突かれる。
取り巻き連中からも小突かれるので、仕方なくかくれんぼに参加することにする。
すると皇子は、ついて来いとばかりに屋敷から離れた小高い丘へと向かう。
道すがらも取り巻き共はへらへらと俺の様子を窺っている。
あ~。こっちねぇ。古びた塔があるよね。ピサの斜塔っぽい奴。
実際傾いてて、今にも崩れそうな感じの。
なに、あそこでやんの?かくれんぼ。危ないよ。
たぶん君たちが。
俺大丈夫だけど。
でも、へらへらしながらその塔へと向かって行く。
あ~。ここ結構デカめのネズミ系魔獣が居るんだよね。毒吐いてくる奴。いっかい喰らってひどい目にあったんだよね。
まあ、ダメージは大したことないんだけど、すばしっこいからさ、奴の吐き出した毒を避け切れずに手に付いちゃったんだよね。
で、戦いの途中で洗う訳にもいかなかったから、そのままにしてたんだけど、途中目がかゆくなってさ。
戦闘に集中してたこともあって毒の事忘れててさ、擦っちゃったんだよね。その手で目を。
いや~。痛かった。
久々に転げまわるほど痛みに苦しんだね。
まあ、治癒使えたから何とかなったんだけどさ。
とはいえ。君たちだったら、手についた時点でアウトじゃない?
あの毒結構強いよ。
本当ならその事も教えてあげればいいんだけど、日ごろの鬱憤からか悪魔が俺に囁く。
「まあ、いいんじゃない?お灸をすえるのも」
ですよねぇ。
と言う訳で、俺もへらへらしながら皇子の後をついて行く。
塔にたどり着くと、皇子の取り巻きAとBが塔入り口の扉を左右に開ける。
観音開きの扉は、ギリギリと音を立てながらゆっくりと開いて行く。
ああ、開くんだね。その扉。
俺、いつも階段作って一番上の階から中に侵入してたわ。
で、取り巻きC、D、E、Fが俺を取り囲んで羽交い絞めにしながら建物の中へと入って行く。
別に支えてもらわなくても言われりゃ入るのに。
すると、にやけた皇子がかくれんぼのルールらしきものを説明する。
要は皇子が鬼だ。その場で30秒ほど待っているらしいので、その間に隠れろと。
で、塔からは出るな。
とのこと。
いや。ヌルゲーっすな。俺隠れるよ。カモフラージュOKなんでしょ?
いや、確認しませんけどね。そんなこと。黙ってするけどさ。
ぜってー見つかんねぇ自信ありますけど。
で、俺が見つかったら罰ゲームとして、いつもの10倍財宝を出せと。
ん~。
やっぱりヌルゲーだな。
いつもの10倍って……いつも出してる財宝の量って、俺の許容量の1%にも満たないよ。パーミルオーダーにすら届かない。ppm?
いやいや、眉毛のふけ程の労力も要らないんですけど。
何だったら、この周辺。今この塔から屋敷までを半径とする広大な面積に、この塔より堆く財宝を出す事すらできますが……
などと言ったところでどうせ信じないだろうから、しおらしく答えておいた。
わかりましたと。
すると、それを怯える様と誤解したのか、一段とニヤつきながら皇子が続ける。
「5日間だ!5日間俺から見つからなかったら許してやる!」
何を許されるんだ?俺は……
俺に詫びることなどないし、こいつの許可を得なければならないこともない。
なんだか頓珍漢な奴だなぁ。
と、思っていると、皇子はこちらの様子を眺めながら声高らかに数を数え始めた。
あ!?
おい!お前、目瞑らないの!?見てる訳?そこで、いやいや。狡いっしょ!?
と、思ったら、無駄に図体だけデカい取り巻きC、Dが、俺の腕をつかみ、ロズウェルの宇宙人さながらに俺をぶら下げ、塔中央吹き抜けに巡らされた螺旋階段を駆け上がって行く。
おいおい。どこ行くつもりだ!?
ひとしきり駆け上がると3階あたりで立ち止まる。
目の前には小部屋があり、取り巻きCがその扉を勢いよく開く。
そして、取り巻き二人は息を合わせながら俺をブランコのように振り、勢いをつけてそこに放り投げた。
奇麗なアーチを描いて空中に投げ出された俺は、上空で2回転ほどして尻で着地するが、そのままの勢いで壁の方へと転がる。
少し痛む尻を摩りながらやおら立ち上がると、
バタン!!
ガチャ!ガチャ!
取り巻きC、Dが入り口のドアを閉じ、なにやらカギをかけている様だ。
って。
へ?
どういうこと?
かくれんぼだよね?
これ。