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転生

 生徒の出欠確認、ああ、面倒だな

 ……

 

 今日は俺が在籍する工業高校の学習成果発表会だ。


 工業高校の教員になって、はや3年。

 最初は何が何だかよくわからなかったが、今は結構楽しんでいる。

 生徒に機械加工や溶接などの授業を教えながら、3年生には卒業に向けて集大成となる課題を作らせる。まあ、作らせるといっても結構我々教員が手を出していて、ほとんど先生の作品のようになっているものもあるが……


 今年度は生徒が頑張ってくれたので、クオリティは低いが、それなりにいいものが仕上がっている。

 今一つ、校長・教頭の受けは良くないけど。

 確かに、先生が手を出しまくった作品に比べると見劣りする。しかし、生徒が必死で、かつ彼らたちだけで作った作品だ。とやかく言われる筋合いはない。


 すでに結構言われてるけど……

 まあいい。とりあえず、出来上がったことは出来上がった。


 後は、会場に展示して、午後の発表を待つばかりだ……

 ったんだが。

 

 例年わが校の学習成果発表会は、高校の近所にある県立文化センターの大会議室を貸し切って開催している。

 しかし、今回は教頭が気合を入れて県内最大のイベントホールを押さえてしまった。


 どうすんだ。うちの高校「機械科」と「電気科」の2科しかないんだぞ。「普通科」無ぇし

 それぞれのクラスも1クラスずつしかない。1学年40人ほどで、グループ数は8グループ。それも展示物は大人一人が抱えられるほどの小物ばかりだ。

 それを、バスケットコート4面分の大ホールに……ってバカじゃないか……あの教頭。


 スッカスカだ。

 卒業を控えたこのくそ寒い時期に……。

 暖房が全く効いてない。


 職員会議で意気揚々と教頭が提案した成果発表会の案は

 あまりの無計画さに、技術系教員だけでなく一般教養の教員からもフルボッコにされ、会議は紛糾。

 そこで何を思ったか、逆切れ気味に提案してきたのが


 展示スペースの一角に発表コーナー(発表ステージと観客用にパイプ椅子を600人分)を作り、そこで生徒が発表……って案

 

 なんでも、事情を知る事務員に聞いてみたら新人の教員が文化センターの予約を忘れてたらしい。

 その新人教員ってのが教頭の口利きで入ってきた奴の親戚……(甥っ子)だった。

 採用時にもひと悶着有ったのでかなりの有名人だった。これ以上問題が大きくなると教員本人だけでなく教頭の今後にも影響すると考えたようで、別の会場を教頭自ら自分の伝手で押さえたらしい。まあ、このあたりの裏事情すら周囲に筒抜けって時点でお察しだ。

 で、その伝手の方も問題がある人物だったのか、はたまた良いように使われたのかはわからないが、利用率の悪い町はずれのイベントホール(と言う名のだだっ広いだけの体育館)をあてがわれたらしい。なんでそんなに悪手を重ねるかね。


 そりゃあ、面積的には、コロナ対策のソーシャルディスタンスも十分とれるだろうけど


 どんだけ人来る予定なの?卒業生がお世話になっている大学やら企業から来賓招いているけど、50名にも満たない数だし。観客として1,2年生をカウントしたとしても3学年で120人だよ?


 いやぁ、これはやっちまったなぁ。


 教頭曰く「親御さんが来るから大丈夫」


 って、平日ですが。今日。

 職員会議では「最近は共働きが多いんだから、両親とも休むってのは無理があるでしょ?」とごもっともな意見が出た。

 すると

「最近は祖父母も来るから!」

 と、力説してた。

 いやいや、晩婚化の昨今ですよ。18歳の孫がいる祖父母って今どき70超えてないか?まあ、確かに元気な70代は多いけどさ……


 コロナ真っただ中で、この寒々しい会場にぽつんと置かれたパイプ椅子に座り続けろって……

 社会保障問題を強制的に解決させるおつもりですね。わかります。


 挙句に、この会場、高校からずいぶん遠いし。

 なのに生徒たちは現地集合って……


 来ないやつ絶対出てくるって。自分も先生やってたくせに、なんでそんなことがわかんないかなぁ。

 ほら見てみろ。どのグループも2~3人来てないじゃん。あーあ、呼びにいかないと……めんどくさい。ただただめんどくさい。


 と、愚痴ってても仕方ないので、行ってくるか。


 ……


 若い男性教諭は周囲を見渡しながらため息をつくと、

 意を決したように大声を張り上げた。


「葛城先生!」

 ずいぶん離れたところにいる初老の男性に声をかける。

「どうしましたか?町田先生」

 声をかけられた初老の男性も大声で返す。


「うちのグループの生徒が2人ほど来てないんで、これから外を見てきます。」

「よろしくお願いしますね。もうそろそろ来賓の方々も来られますから」

「わかりました。」

 町田は、ひどく寂しげな会場に背を向けると、軽快に走り出した。

『ここにいる方が居た堪れないや』

 ほっとした表情を見せ、会場を後にする。


 県下最大級のイベントホールはロビーも広く開放的だが、コロナ禍で閑散としているため淋しい印象受ける。

 正面ゲートから外に出ると、晴れ渡った空の明るさがまぶしかった。

「さて、あいつらはどのあたりまで来てるかなぁ

 って、あれっ?あそこにいるの、あいつらか?」

 大通りの向こう側、左手の方角、200メートルほど先から、学ランを着た男子高校生が3名自転車でこっちに向かっているのが見える。

「意外にちゃんとしてるな。大変結構」

 こちらに向かっている3人のうちの二人が彼の担当するグループのメンバーだった。

 生徒が約束の時間に間に合ったことで町田は満足げだ。


「あ!」

 ちょうどその時、信号が青に変わり停車していたトラックが左折しようと動き出した。

 トラックのドライバーは、路側帯を後方からやって来る自転車に全く気付いていない様子だ。このタイミングだと、生徒たちは止まり切れずにトラックに巻き込まれる。

 やばい!!とおもった瞬間。町田は大通りに飛び出していた。


 ドガッ!!!!


 その時、町田は大きな衝撃を受け、宙に舞い上がる感覚を覚えた……


 ……


 ………


 …………



 気が付くと、俺は柔らかい感覚に包まれて横たわっていた。

 目を開けるとぼんやり光は見えるが、ピントが合わない。

 元来視力の良い俺にとってみると、こんなにぼやけた視界は初めての経験だ。


 ……


 ピントの合わない生活がずいぶん続く

 寝て、起きて、何かを飲んで、寝て、起きて、体をまさぐられて……


 病院?


 ってわけでもなさそうだ。特段体に痛みや辛さを感じない。


 声を発するが、自分の物とは思えない高い声だし、言葉にならない。


 幾日かが過ぎ、近場の視界がクリアになってきたとき、自分の手が恐ろしく小さい事に気づいた。


 これは……赤ん坊の手?


 俺の手が?


 マジで!?


 マジでか!?!?


 俺は狂喜した。


 これは……


 転生か!?


 転生なのか!!??


 夢にまで見た、転生だ!!


 ひゃっふぉーーーい!!!


 ラノベでは読んだことがあるが、まさか本当に転生するとは……


 それも赤ん坊である。

 今までの人生が失敗だとまでは思わないが、

 就職してからは思い悩むことが多かった。その後転職してからはそれほど不満は無かったが、自分にはもっとほかの可能性があったのではないか?と考えたことが無かったわけではない。


 そうか。転生か。俺転生したのか!


 じゃあ今回は!

 今回こそはリア充だ!


 そう、俺は彼女いない歴=年齢である。

 幼稚園の頃、初恋の幼馴染に


「キモイ」と言われて以来、女性に対して奥手である。


 今にして思えば、当時の彼女は覚えたての「キモイ」を使いたかっただけだろう。ああ、そうだろう、そうだろう。(と思いたい)

 しかし、その言葉は当時俺の心を途轍もなく深くえぐった。


 それから、小学校・中学校と女子を避けるように過ごし、その鬱憤を勉強にぶつけた俺は県内屈指の名門高校に進学した。まあ、お察しの通り男子校だったけど。

 そこでは危うく女性を知らぬまま男性を知るところだったが、何とか踏み止まりどちらの貞操も守っている。


 そんな俺に訪れた転生のチャンス。

 必ず生かすと歓喜に震えていた。


 しかし、その気持ちも徐々に盛り下がる。

 ようやく確認できた父母と思しき人物は、美男美女とは言い難く……

 普通……というか、中の下?下の上?


 町田だった頃の方が、父母のクオリティは高かったのではないだろうか……


 ……


『その息子かぁ』


 と思った時に、背筋が凍った。

 息子なのか? 娘ってことは無いよな?


 別に、女性を蔑視するわけではないが、

 せめて男性の春を謳歌し、


 そう、


 謳歌し尽くしてから、


 そろそろ飽きたので女性も経験したい……

 となるなら、望むところであるが、今の俺には、男性に未練がありすぎる。いや。表現が悪かった。


 男性としての人生に未練がありすぎる。


 しかし、赤子の俺には確認する術がない。悶々としたまま、数か月が過ぎる。


 何か別の事でも考えていなければ、頭がおかしくなりそうなので、手遊びを始めてみる。

 手をにぎにぎとしながら考える。

『ここに粘土でもあったら、なんか作って暇つぶすのに……』

 と、想像上で粘土を思い浮かべて手をもきゅもきゅしていると、なんだか、手がべとべとしてくる。

 そのべたつきは、手を握るたび粘りを増して、気づくと手には何か粘土らしきものを握っている。

 おお、なんかできた。

 現れた粘土は握るたびに硬さを増すが、イメージ通りに形を変えてくれる。手でこねるというよりは、撫でるたびに想像した形に変化してゆく。

 とりあえず、球やらサイコロやら色々と作ってみた。

 意外にきれいにできるな。

 この様子を見た母らしき人物が軽い悲鳴を上げて走っていった。

 いいのか?息子を置き去りにして。

 まあ、息子が手から粘土やらサイコロやらをぽろぽろ出せば驚きもするか。


 ……

 

 なんか、ふわふわの座布団みたいなもんの上にうやうやしく置かれたんだけど……

 なに、呪術的な感じ?

 やばい。すげー周りに大勢の人がいる気配がする。

 もしかして、悪魔憑きみたいに思われてる?


 ……


 その後迫害されるかと思いきや、結構大事に扱われてる。


 ……


 そうこうしているうちに、首が座り、寝返り、ハイハイができるようになり

 ずいぶん視野も広がった。

 なにより、息子であることを確認できたのが僥倖だった。おむつ交換の時に、息子の息子がちらりと顔をのぞかせていた。

 首が座った賜物である。周りの状況も把握できるようになってきたし、声も出せるようになった。

 まだ長文をしゃべれるほど肺活量がないけどね。


 ……

 

 おそらく、異世界だな……

 そんな気はしていました。

 服装おかしいもん。

 顔のつくりは日本人ではなく、北欧?いやよく知らんけど。取り敢えず西洋風であることは間違いない。

 親だと思っていた人物は使用人だったらしい。

 実際の親の顔立ちは今見ると……


 上の中は堅い。


 これは勝ちましたわ。

 で、手からなんか出る。

 いや、「手からなんか出る。」というと、汗っかきの体臭持ちっぽい言いっぷりですが

 この粘土、万能です。


 ハイハイがてら作ってみたら、階段作れた。

 乗っても壊れない。

 か弱い赤子の力で強度を確認するために、薄く、非常に薄く作ってみたが

 これまた強い。かなりの強度。


 赤子でも持ち上げられる軽さで、この強度。FRP(繊維強化樹脂)っぽいが、

 なによりも、剛性が高い。全くと言っていいほどたわまない

 すげーよ。俺。超高性能三次元プリンタって感じ。


 毎日することないので、こればっかりやってたら成形が異常に早くなった。


 ものの数十秒で、自分以上の大きさのモノが作れる。

 いやぁ。これだけでも楽しい。


 フィギュアも作れるんじゃないか?

 ああ、できる。作れるぞ。

 あと、色がつくといいんだけどなぁ。

 あれ、着くね。色ついてね?


 なんだってぇーーー!!


 わが軍は圧倒的じゃないか!!


 おっと、取り乱してしまった。

 すげー。


 何でも作れるじゃん。


 ……


 そうこうしているうちに、自分が置かれた状況についてもいろいろ判ったことがある。

 どうやら、わが家系はこのあたりの貴族?豪商?みたいなものらしい。比較的裕福で使用人も数名雇っている。所有する土地をこのあたりの小作農に貸し出して、その賃料で暮らしているようだ。


 なにはともあれ、家が裕福なのはいいことだ。母親は、息子が手から何かを作り出すのを見て、神の使いだと思ったらしい。

 いやぁ。親ばかっすな。


 バカ親か?


 まあいい。とりあえず、悪魔憑き扱いされて、迫害されなかったのは運が良かった。我ながら、そこに考えが及ばなかったのは浮かれていたからだろう。

 危ない危ない。


 ……


 そうこうしているうちに、ずいぶん大きくなった。おそらく、日本で言うところの年少さんくらいだろう。この世界では、7歳までの子供は悪魔に連れ去られないように、周りから隠して育てられるらしい。本来なら、言葉も初々しくかわいらしい年ごろなのだろうが、私は29+4で実質33歳だ。おそらく父母より年上。もっと言うなら、使用人より年上かもしれない。しゃべれるようになったとたん、かわいげが消えたと思われただろうなぁ。


 まあ、神童だと父母は喜んでいる。


 バカ親だな。やっぱり。


 とりあえず、製作物のクオリティーは驚くほど上がっている。作ったものを水につけたり、暖炉に放り込んだりと好き放題やってみたが耐水性・耐火性どちらも併せ持っている。逆に、燃えるもの・水に溶けるものを狙って作ることもできる。万能過ぎないっすか?俺。


 ただ、この世界では電気が実用化されていないらしく現在導電性については確認できていない。しかし、冬場に静電気を確認できたので、うまくいけば発電機が作れるかもしれない。

 後は燃料だな……にやり。


 おお、異世界でいろんな発明ができれば、俺の人生バラ色じゃない?

 工学部に進んでてよかったよ。ママン。

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