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秘めたる力

小鳥のさえずりで目を覚ますと、隣で寝ているはずのジンの姿がなかった。

台所に行くとテーブルの上に一枚の書き置きが置いてあった。



《 昨日はすまなかった 先に仕事に行く 》



すまなかったって、ジンはなにに謝っているのだろうか。

私を避けてたことは誤解だったし、ちゃんと謝ってもくれた。他にジンからいやなことをされたっけ……?

まあいっか。別に私はなにも怒ってないし、ジンのことは好きだし。



「あれっ、好き……?」



なんか自然とそう思ってしまった。

この気持ちってなんだろう?


お気に入りの服や美味しい食べ物に対する好きとはまるで違う。ジンのことを考えるだけで胸がギュッとなるというか、じんわり温かくなるというか……

不思議と満たされた気持ちになる。

こんな感情は初めてだ。


「……ジンに聞いてみようかな。」


ジンが用意してくれていた朝ご飯を食べてから私も本拠地へと向かった。








本拠地に着くと大きな荷物を抱えて慌ただしく騎乗している隊員達の姿があった。

なにかあったのだろうか……ルッキーが気をつけてね〜と皆んなを見送っていた。


「バークレイ地区でできた(ひず)みから大量の悪魔が入り込んできてるらしいんだ。自警団だけじゃ対応しきれないからうちに救援要請がきたんだよ。」


バークレイはパウロさんの領地ではない。

本来ならば領主だけでは手に負えない場合は国に支援を求めるのだけれど、あの王様じゃ頼りにならずに勇者であるジンに助けを求めてきたのだ。

ジンは知らせを聞くなりパウロさんも引き連れて先行隊とともに助けに向かったようだ。

攻撃魔法が不得意なルッキーと、まだ剣士としては初心者の私はお留守番だ。

険しい山を超えるためいつ帰れるかどうかも分からないらしい。


「空間魔法を使えばいいんじゃないの?」

その方が馬を使うより断然早いし安全だと思ったのだが……


「空間魔法?いくらパウロさんでもそれは無理だよ。使えたらものすっごく便利なんだろうけどね〜。」


そうなんだ。私も使えないけど。

兄が気軽に使いこなしていたから、時空を操る最高難度の魔法だというのが頭から抜けてしまっていた。

しばらくジンに会えないのか……寂しいな。


「モモちゃんは今日はゆっくりしてていいから。僕は溜まりに溜まった洗濯物でも片付けてくるよ。」


最近天気が悪かったので宿舎で洗濯物が山積みの状態になっているのだとか。

それならばと私も手伝ってあげることにした。




メイドがなんでもやってくれていたからジンと暮らすまでは洗濯はおろか家事なんて一切したことがなかった。

ジンはやれる奴がやればいいと言うけれど、ちょっとずつだけど教えてもらっている。

真っ白になったシーツをピンと張って干すのはとても気持ちが良い。

心地よい風が花の香りをどこからか運んできた。


魔界にも自然がないわけじゃない。

でも魔王城の周りは真っ黒な岩肌にコケが生えている程度だった。

少し行けば森もあるけれど薄暗くジメっとしていて、人間界の森の方がよっぽど色鮮やかだ。

最初はこんなところで暮らしたくないって思っていたけれど、良いところだよな……人間界って。

景色も人も温かくて、私にはこっちの方が合ってるんじゃないかと思うほどだ。


清々しい気持ちで両手を広げて思いっきり深呼吸をしたら、上空にいた者と目が合った。


全身毛むくじゃらで獅子のような顔。

尖った角と六枚の羽を広げた悪魔が、私を見下ろしながら不気味な笑みを浮かべていた。




─────────ベルセベト……!!






逃げなきゃ……


頭では分かっているのに体が動かない。

全身が凍りついたように冷たくなって、指先の感覚が消え失せていくのを感じた。


「魔王ともあろうお方がそのようなことを。相変わらず、王としての自覚が足りておられぬようで。」


ベルセベトがゆっくりと目の前の地面に降り立った。


ベルセベトは強い。

ここで暴れられたりでもしたらフィージャの人達にどれほどの被害が及ぶか……

かといって大人しく言うことを聞けば、ここには二度と戻ってこれなくなる。

ジンとももう……会えなくなるっ……!


「モモちゃーん、これも干してもらっていいかなあ?」


建物から洗濯カゴを持ったルッキーがやってきた。

ルッキー危ないっ!そう叫ぶよりも早く、ベルセベトの手から放たれた閃光がルッキーの体を貫いた。

血飛沫をあげながらルッキーの体が宙を舞った。

あまりの光景に、自分の胸まで引き裂かれたような痛みが走った。



「全く人間とは弱い生き物だ。なぜ私達が護らねばならぬのかが全くもって分からん。」



ルッキーのことを、よくも────────!!

怒りが込み上げてきて魔弾をぶち込もうとしたら頭を掴まれ地面に叩きつけられた。


「なんのマネだ?殺されたいのか?」


やっぱり強い……!

スピードもパワーも、私が敵う相手じゃないっ。

でもベルセベトは魔王になるために私の生きた心臓が必要だ。魔王の魔石はまだ王様の元にあるはず……

クラクラする頭を持ち上げて腰にある刀剣を引き抜き、自分の首に突き立てた。



「これ以上私になにかしたら、今ここで自害する。」



私が死んだら一番困るのはベルセベトだ。

なにがなんでも、こいつからは逃げないと……!


「随分と反抗的だな。ならば四肢を切り落として目玉をくり抜きノドを潰しておこうか。」


漂う狂気にゾッとした次の瞬間、ベルセベトの手から強烈な閃光が放たれた。

早いっ……防御魔法が間に合わない!

四つの閃光が迫り狂う中、激しい衝撃音が辺りに響き渡った。

恐る恐る目を開けてみたが、私の手足は無事だった。




「おっさんさあ……女の子には優しくしなさいってママンから教わらなかった?」




倒れていたルッキーが、防御魔法で閃光を弾き飛ばしてくれたのだった。

ルッキーは束縛魔法で私の体を縛り付け、自分の元へと引き寄せた。


「ルッキー……?ピクリとも動かなかったから死んだと思ってた……」

「ごめんね。回復するのに時間かかっちゃった。」


でも、どうして?

ルッキーは間違いなく致命傷になるような魔法を食らっていた。現に心臓部分の服は破れているし血だらけにもなっている。

魔法で防いだそぶりもなにもなかったのに……


「僕って急所だけは常に防御壁で守ってるんだよね。だから皆んなからは不死身のルッキーって呼ばれてる。」


常にって、そんなことが可能なの?

それに体の中に防御壁を造るなんて聞いたことがない。ものすごく高度な技術だ。

驚く私に、ルッキーはまあねとウインクをしてみせた。



「不死身だと?人間ごときが調子にのるな。」



人間を下等にみているベルセベトにとっては仕留め損なっていたことは屈辱的だったのだろう。容赦ないほどの無数の閃光を放ってきた。


「モモちゃん頬っぺたから血が出てるよ?治してあげるね。」

「ちょっ、ルッキー?私のことはいいから!!」


ルッキーは飛んでくる閃光を全て防御魔法で防ぎながら、私の頬の傷を治してくれた。

なんかルッキーって何気にすごいかも……ほとんど見ていないのにこれほどの数の攻撃を的確に凌いでいる。



「さて。問題はあいつをどう倒すかなんだよね。せめて追い払えたらいいんだけど……」



ルッキーは攻撃魔法が不得意だ。

かといって私の攻撃魔法がベルセベトに効くとは思えない。

無駄に魔法を使って私が悪魔だとバレるだけの結末になりそうだ。


ベルセベトからの嵐のような閃光が止んだ。

さすがに疲れたのかと思ったのだが、ベルセベトは両手をあげて巨大な火の玉を造り初めた。

メラメラと燃え盛り、離れているこちらにまで熱風が流れてきた。


「わ〜ちょっとあれはヤバイかも……」


みるみるうちに10mほどのデカさになると、ベルセべトは私達の頭上へと投げ飛ばしてきた。

落ちてくる巨大な火の玉をルッキーは分厚い防御壁を出して食い止めた。


「うわっ、重っ!熱っつ!!」


肌がジリジリと焼け、足が地面にめり込み明らかに押されている。このままじゃ一分ももたない。

私も防御壁を出して重ねることもできるが、そんなのは単なる時間稼ぎにしかならない。


今ベルセベトはルッキーを押し潰すことに気を取られていて隙だらけだ。

ならば、イチかバチか……

特大の魔弾を──────────




「二人とも、伏せて!!」




後ろから大量の水が押し寄せてきて火の玉とぶつかった。

燃え盛る炎と滝のような水の衝突により水蒸気が吹き出し、火の玉が木っ端微塵に吹き飛んだ。

爆音で耳がキンとなり、辺りは真っ白な霧に覆われた。


「おっそいよ〜。死ぬかと思ったあ。」

「これでも急いで来たわよ。こっちは身重なんだからね?」


お腹がはち切れんばかりに大きくなったバーバラさんが霧の中から現れた。

ルッキーは自分では無理だと判断してバーバラさんへ救命信号を送っていたらしい。

バーバラさん……妊婦さんなのにすっごく頼もしい。

霧が晴れてきて辺りを見渡したがベルセベトの姿がなかった……


「今のは分身よ。多分、本体はジン達が向かったバークレイ地区にいるわ。」


あれが分身?

しかもそんな遠方から操っていただなんて……

そんなのにもいいようにあしらわれていただなんてショックだ。


「あの悪魔ってモモちゃんを狙ったのよね。なんで?」



──────────ギック!!


「以前にも魔王城に捉えられてたことがあったし、なにか訳ありなの?」


バーバラさんからの追求に言葉が詰まった。

今回はベルセベトから逃れられたけれど、またあいつは私の心臓を狙いにやってくるのは確実だ。

理由を話して力になって欲しい。

それには私が悪魔であることもバラすことになるけれど、バーバラさんとルッキーなら大丈夫な気がする……

意を決して二人に向き直った。


「あの、実は私っ……」

「痛っ、いたたたたた……!」


突然バーバラさんがお腹を抑えて苦しみ出した。

そういえばもうすぐ予定日だと言っていた。てことはこれはホンモノの陣痛?!


「ルッキーどうしようバーバラさんが!」

「ごめんモモちゃん、僕もさっきので血が足りてないみたい……」

ルッキーが白目を向いてバタンと地面に倒れた。



「うそ、あのっ……えぇえ!!」



だ、誰か……助けてください──────!!






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