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頑張ったんだね


「ジン、バーバラさんがくれたマフィン食べる?」

「いや…俺はいい。疲れたからもう寝るよ。」


パウロさんのお城に行ってからというもの、ジンはどうも私を避けているような気がする。

私が王様のことを悪く言ったから怒ったのだろうか?

でも怒ってるというよりは元気がないというか、心ここに在らずというか……



『自分さえよければいいだなんて、 王様は随分と卑怯者なんですね』



私が王様に言った言葉はそのまま自分にも跳ね返ってくるブーメランだ。

私だって、結界の現状を分かっているのになにも動こうとしていない。

本当、どの口が言ってるんだって感じだ……


「───────クシュン!」


誰かが私の悪口でも言っているのか、大きなくしゃみが出てしまった。

ブルブルしながら体を擦っていたらジンが部屋から出てきた。


「今夜は冷えるからこれを使うといい。」


そう言ってキツネの毛皮のストールを私に渡すと、また部屋に戻ろうとする……


「ジンと一緒が一番温かいんだけど?」

「何度も言わすな。無理だ。」


「分かってるよ。ジンは私が嫌いなんでしょ?」

「はっ?嫌いなわけないだろ!!」


どうだか。

こうも避けられ続けたらさすがに凹む。フン!とふくれっ面でそっぽを向いてやった。


「あ〜……すまん。別に避けてたわけじゃないんだ。少し、考えごとをしていただけなんだ。」

「もういいよ。どうぞ一人で寝ればっ?!」


ジンが相手してくれないとつまんない!一人でおやつ食べてても美味しくないっ!

私が怒っていることにようやく気づいたのか、ジンは困ったように頭をかいた。



「……分かった。その、俺の部屋に………」



聞き取れないくらい小さな声だったけれど、今確かに部屋にくるかと誘ってくれた!


「いいのっ?」

「今日だけ、今日だけだぞ?!」


しつこいくらいに念押しされたあとに二人でベッドに寝転んだ。今夜はぬっくぬく〜と喜んだのもつかの間、ジンは私に背中を向けた状態で寝はじめた。

そうじゃないっ、これじゃあジンの体の温もりを堪能できないし!

背中に張り付いてやろうかとも思ったけれど、また怒られるだけだろうしと諦めた。



「ねえジン、さっき言ってた考えごとってなに?」



目を瞑ってもなかなか眠れなくてジンに話しかけてみたのだけれど返事がない。

疲れたと言っていたしもう寝たのかな……

暗闇の中でジンの体がこちらを向いた気配がした。



「モモは、実は自分が魔王なのだと言われたら信じられるか?」



─────────はい?



えっ……なにこの質問……

なにか勘づかれた?

どうしよう、どう答えればいいの……?

吐息がかかるほど近くで向かい合っているはずなのに、闇夜のせいかジンの表情が全く見えない。

嫌な汗だけがダラダラと額を流れていった。


「なんてな。こんな話はバカげてるよな。」

「そ、そうだよジン、私が魔王なんてありえないし!」


なんだ冗談だったのか。下手に答えなくて良かった。

まだ心臓がドキドキしている。動揺していることがジンにバレやしないかと焦っていたら、ジンの指が頬に触れた。


「俺には……モモが今目の前にいるってのも、信じられないことなんだがな。」


指先から伝わるジンの温もりに、まるで宝物でも扱うかのような優しさを感じた。



「世の中は悪と善が入り交じっている……だから、人間だから助ける、悪魔だから倒す。そんな単純なものではないと思うんだ。」



──────────ジン……?



悪魔だろうが人間だろうが、良い者もいれば悪い者もいる。



それは私がいつも……思っていることだった。






20年前、当時六歳だったジンは結界に隣接する街で父親と二人で暮らしていた。


父親は国に所属する兵士で、結界付近の護衛任務にあたっていた。

そしてあの日、父が結界の異変に気づいた。

遠目からでも分かるほどの巨大な(ひず)みができていたのだ。


「ジン、教会に行け。神父さんに知らせるんだ。」


父親はジンにそう告げると、自分は歪みへと向かっていった。

教会には悪魔を防ぐ防御魔法が張られている。

なので悪魔が現れた場合は教会の鐘を打ち鳴らし、避難してくるようにと住人に呼びかけるのだ。


教会まで急ぐ道中で、嫌な気配が漂ってくるのを感じた。街にはすでに複数の悪魔が入り込んでいるようだった。こんなことは今までにはなかった。

焦る気持ちで教会に着くと、異変に気づいた住民が集まってきていた。

神父はそれらの住人を教会に入れると、扉を固く閉ざした。

まだ住人は全然避難しきれていないのに、神父は鐘も鳴らそうとしない。


「神父のおじさんっ、早く皆んなに知らせないと。悪魔はもうそこまで来てます!」

「大丈夫ですよ。ここにいる者で外にいる人達の無事を祈りましょう。」


なにを言われているのかが理解できなかった。

祈りを捧げる神父の横顔を呆然と見つめていたら、開けてくれと扉を叩く音が聞こえてきた。

早く入れなければと扉に手をかけたら、神父から思いっきり頬を殴られた。



「なにをしようとしてるんだあ!私を殺す気かぁあ!!」



温和で街の住人からも信頼されている神父の変わりように、恐怖で体が硬直した。

外では激しい衝撃音と逃げ惑う足音、そして断末魔のような悲鳴がしていた。

明らかにただ事ではない事態が起こっているのに、神父をはじめそこにいた住人の誰も扉を開けようとはしなかった。

やがてそれはボリボリ、くちゃくちゃといった咀嚼音(そしゃくおん)へと代わっていった。


───────人が、喰われてる………



なにもできず、込み上げてくる吐き気に耐えるしかなかった。

静まり変える教会に、扉をノックする音が響いた。



「おーい。中にも誰かいるよなあ?」



悪魔からの問いかけに誰も答えずにいると、出てこいと扉に向かって何発もの攻撃魔法が放たれた。

教会は防御魔法で守られてはいるものの、そう何度も激しい攻撃に耐えられるわけじゃない。

ついには扉に30cmほどのポッカリとした穴が空き、二匹の悪魔の目玉が覗いた。


「やっぱりいるんじゃねえか。ちゃんと返事しろよ〜。」


悪魔が手から炎を出して教会を燃やすぞと脅すと、神父はジンを掴んで穴から外へと押し出した。


「そいつをやるから勘弁してくれ!!」


あろうことか、神父はジンを悪魔に差し出したのだ。

悪魔は地面に転がるジンの足首を掴み逆さ吊りに引き上げた。


「どうする?このガキくれるって。」

「連れてくぞ。そろそろ戻らないと俺らもヤバい。」


穴から見えた神父の醜く歪んだ顔も、後ろにいた住民達の安堵した顔も……

子供だったジンの心が壊れるのには十分だった。



「その後はモモも知っての通りだ。」



魔界に帰った悪魔はゲラゲラと笑いながら逃げ回るジンの体を少しずつ痛めつけていった。

もう自分は死ぬのだと思ってもなんの感情も湧かない……体力も限界になり意識が飛びそうになった時、偶然通りかかった私と出会ったのだ。

優しく抱きしめられ、自分のために怒りをあらわにする私が不思議で仕方なかったのだという……



「苦しくない?もう少しで帰れるから頑張って!」



閉じかけた歪みの圧迫感の中でも必死に守ろうとしてくれた。

たまたま会っただけの、人間の僕を──────




「モモファージャ・ロフォカレル!覚えなくていいから!」




その姿も助けてくれた恩も……絶対に忘れるもんかって、心に刻んだ。



だが魔界から無事帰ったジンに待ち受けていたものは父親の死だった。


今回開いた歪みは百年に一度あるかくらいの巨大なものだったらしく、それゆえ人間界に入り込んだ悪魔も相当な数だった。

小さな街に配属された少数の兵士では対応できるはずもなく、父の遺体は誰なのか判別がつかないほどにぐちゃぐちゃに傷つけられていた。


だがその時に亡くなった街の住民が一桁で収まったのは、父を始めとする兵士達が命懸けで防衛してくれたおかげであった。


街を守った兵士達の死を悼み、合同慰霊祭が行われることとなった。

それを取り仕切ったのはあの神父で、死者への弔いの言葉を白々しくも捧げていた。

ジンは怒りというよりも、空虚な虚しさを感じて街を出た。



「誰もいなくなって、悪魔のお姉さんだけが俺の心の拠り所となったんだ。」



布団の中でジンが、20年前のあの時の話を懐かしそうに語ってくれた。


「お姉さんて、私のこと?」

「他に誰がいるんだ?」


そうか。当時のジンからしたら私はお姉さんか。

今のジンからそんな風に呼ばれるとかなりこしょばいんだけど。


「俺が今まで生きてこれたのは、強くなってまたモモに会いたいと思ったからだ。だから毎日毎日血の吐くような猛特訓にも耐えられたんだ。」


また会うのに強くなる必要ってあるのだろうか……

疑問に思い尋ねてみると、ジンは恥ずかしそうに答えてくれた。



「強くなったねって、褒められたかったんだ。」



褒められたかったからって……

自分で言っといてしきりに照れているジンが可愛く思えてしまい、手を伸ばして頭をポンと撫でてあげた。


助けた時のジンがそんなにも酷い目に合っていただなんて思いもしなかった。

あの時もこうしてあげられたら良かったのに……




「頑張ったんだね。偉いね。」




ジンの頭を撫でながら私の胸に引き寄せギュッと抱きしめてあげた。

いつもは私がくっついたら怒るのに、ジンは私の背中にそっと手を伸ばしてきた。




「俺はずっとずっと……モモに会いたかったんだ。」






人間とは(もろ)い生き物だ。


小さな頃は悪魔に襲われても呻き声ひとつ上げず、我慢強い子だったのに。

大人になって体も人一倍大きくなり、部下を何十人も従える隊長となった今になって……




こうして子供みたいに……



泣くのだから──────────






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