お世話になります
仲間になってから早一ヶ月。
巡回する街を一通り周り終え、ジンが率いる傭兵団は本拠地がある街へと戻ることになった。
海に迫る断崖に造られた小さな港街らしいのだが……
「モモ、見えてきた。あれが俺達の街フィージャだ。」
高台から見下ろすそこには、紺碧の海に沿って自然豊かな緑と色とりどりの家がひしめき合う光景が広がっていた。
爽やかな潮風が頬をすり抜け、その美しさにしばし見とれてしまった。
「……すっごく綺麗。」
「そうか。気に入ってくれたのなら嬉しいよ。」
今回は悪魔退治が主だったせいか、隊員達は皆んなヘトヘトに疲れ果てていた。
私は兵士見習いという設定なので戦いには参加していないが、切っても切っても分裂するだけのスライムのような悪魔がいたりして大変だったらしい。
今回の巡回メンバーは15人。本拠地で留守を守るメンバーは4人。私も入れると傭兵団は全部で20人の所帯となる。
その内剣士は18人で魔法士は2人なのだが、副隊長も務める魔法士は今は別件で王都に滞在中なのだという……
魔界でも強い魔法となると限られた上級悪魔にしか使いこなせない。
人間界も、魔法士と名乗れるほどの実力を持つ者は少ないようだ。
本拠地は崖の中腹にある石造りの二階建ての建物だった。
思っていたより小さいし古い……お世辞にも素敵とは言い難い。
宿舎も兼ねているらしく、独り身の隊員は個室をあてがわれてここで集団生活をしている。ルッキーもここで暮らしているようだ。
男ばかりでむさ苦しそうだが贅沢は言ってられない。
「ねえジン、私の部屋はどこ?」
「あいにく部屋は空いていない。モモはアールの家で世話になるといい。」
アールとは腕相撲で勝負したクマみたいな隊員のことだ。
なんでその人が私のお世話をしてくれるの?
不思議がる私にアールが話しかけてきた。
「ちっさいのが三人おって騒がしいけんど、奥さんも会うのを楽しみにしてるべ。」
「三人て……もしかして奥さんてバーバラさん?」
アールはニカっと満面の笑みを浮かべた。
妊娠を機に傭兵団は辞めたと聞いてはいたが、旦那さんも隊員でこの人だとは思いもしなかった。
「じゃあ悪いがモモのことを頼む。」
ジンは私の頭をポンと撫でると、崖の上へと続く階段を上っていった。
あれっ?ジンて本拠地には住んでないのかな……
「モモちゃーん!会いたかったわあ、元気してた?」
ムギュっとたわわな胸で抱きしめられたのだが、なんだかお腹もふっくらとしている……
魔王退治から帰ってすぐに四人目を身ごもったのだと教えてくれた。それは目出度い!
「ちょっとあんた、ジンは?食事に誘わなかったの?」
「誘ったけんど俺はいいって断られただあ。」
「無理やりにでも連れてこいって言ったでしょ!」
「隊長を力ずくでなんか無理だべ〜ゴメンてぇ。」
アールは尻に敷かれているっぽい。
全くあいつは〜とバーバラさんはブツブツ言いながら部屋へと招いてくれた。
中に入ると三人の男の子が駆け寄ってきた。
上から七歳テット、五歳トット、二歳タットなのだと紹介されると、兄弟そろって元気よく挨拶をしてくれた。
食卓にはバーバラさんが作った料理がたくさん並べられていてすごく良い匂いがした。
あのパーティの時に出ていた肉料理もある。ラム肉のセージソース和えというらしい。
羊だったのか……あの時はなんの肉か分からず食べていた。
「それモモちゃんの好物なんだって?ジンから作ってやってくれって頼まれたの。」
気に入ってモグモグ食べていたところをジンに見られていたと知り、ちょっと恥ずかしくなった。
さあ食べましょうと席に座り祈りを捧げると、三兄弟が我先にと食べ始めた。
競うようにがっつくもんだからバーバラさんからよく噛んで食べなさいと叱られていた。
悪魔は家族で集まって食事を取ったりはしない。お腹が減ったら個人で好き勝手に食べるのだ。
魔界では味わうことのない和気あいあいとした雰囲気にホッコリしてしまった。
「あのっバーバラさん、ジンて本拠地には住んでないんですか?」
「ジン?ジンはこの先にある山小屋に住んでるわよ。」
「それって、誰かと一緒に暮らしてるんですか?」
「うん?……あらっ?あららららら?」
へ〜そっかそっかーとバーバラさんはニマニマしだした。
気になったから聞いただけなのに、おかしな質問をしてしまったのだろうか。
ジンはね〜と言いかけてからなにやらじっと考え込み、痛たたたとお腹を抑えて苦しみ出した。
「だ、大丈夫ですかバーバラさんっ?」
「大丈夫じゃないわ!これはそうねっ…生まれるわ!!」
生まれるって、赤ちゃんが……?!
私もアールも三兄弟も、急な事態にどうしたらいいのかとパニックになった。
崖を上った先に広がる森の中にその家はポツンとあった。屋根が丸く膨らんでいて、まるでキノコのような形をしている。
あの大きな体格のジンにしては、やけにこじんまりとした可愛いらしい家に住んでいる……
ノックの音に気づいて扉を開けたジンは、尋ねてきたのが私だと知り固まった。
「なん…でモモが、ここにいるんだ?」
「バーバラさんの家から追い出されたの。陣痛がきたからお世話できなくなったって。」
「陣痛?!予定日はまだ四ヶ月も先だろ?!」
「だからジンのところで泊めてもらえって。」
「はぁあ?!!」
ジンは困ったように頭を抱え込んた。
バーバラさんに言われるがままに来てしまったけれど、やっぱりここで誰かと住んでいるのだろうか……この様子からしてよほど邪魔されたくない相手のように思える。
久しぶりに会ったんだ。他の者なんて入れたくないのは当然だろう。
バーバラさんからもらった料理をジンに手渡した。
「せっかく持って来たし中の人と食べて。」
「……家の中に人なんかいないんだが?」
「誰かいるから困ってるんじゃないの?」
「誰もいないから困ってるんだろうが!!」
ジンひとりならなんでこんなに渋るの?
もしかして私ってジンから嫌われてる?嫌われるようなことをした覚えはないんだけど……
ジンはこの街に宿屋はないしな〜とウンウン唸りながら悩んでいた。
いやならいやとはっきり断ればいいのに。
「もういいよ。ルッキーのとこに行くから。」
「待て。ルッキーのとこに行くくらいなら俺のところにいろ。」
腕を掴まれ家の中に引っ張り込まれた。
一体どっちなんだ?
「あんまり俺に近づくなよ?あと、無防備な姿は絶対に見せるな。」
すっごく念押しされた。自分のテリトリーに人が入るのが嫌なタイプなのかな。
そんな繊細なタイプには全然見えないんだけど……
「モモに聞きたいことがあるんだが。」
料理を小皿に分けて食べ始めたところで、ジンが神妙な顔つきで話を切り出した。
「最近歪みが増えてきていることと、俺が魔王を倒したことはなにか関係があるのか?」
それは大いに関係ある。むしろなぜ人間は結界の成り立ちを知らないのかが不思議だ。勝手にそこに生えてきたとでも思っているのだろうか……
「結界は魔王が維持してたからそうなるのは当然でしょ?」
「ウソだろっ?魔王は歪みを作って結界を破壊しようとしていたんじゃないのか?」
なにそれ……人間側が二百年も前に放棄した結界が今も機能し続けているのは誰のおかげだと思っているんだ。
片方のみで境目を保つのがどれほど大変なことか……
本来なら双方で維持していたら歪みなんて起きるはずもない。それなのに、歪みの悪因が魔王の仕業だなんて言いがかりも甚だしい。
私が無言で怒りを抑えていると、ジンはすまないとため息をついた。
「そうだな……モモの言う方が筋が通っている。魔王がいなくなったのに歪みは無くなるどころか増えているのだからな。」
人間界では結界は悪魔の侵入を防ぐために初代の王、デルランティスが造り上げたものとされてきた。
その功績を称える絵本や歌まであるそうな。
自分達がさも正義かのように事実を捻じ曲げて伝えられているのだ。
道理であんなにも魔王が嫌われていたわけだ……
父は今の王様にも前の王様にもその前の前の王様にも協力を打診してきた。
王様には魔王がいなくなればさらに歪みが増して人間界に入り込む悪魔が増加することは分かっていたはずだ。
なのに今の王様になってから、送り込まれてくる勇者一行の数は桁違いに増えた。一体、なぜなの?
「魔王の持つ魔石が喉から手が出るほど欲しかったんだろう。あの王様は異常なくらい魔石に執着しているコレクターだからな。」
「そんなくだらない理由で?そのせいで世の中が混乱してもなんとも思わないの?」
そもそも太古の昔に結界を造る時、魔王の魔石を二つに割ったその片割れを王様は持っているはずなのに……
二つとも手に入れたいだなんて、強欲すぎる。
俺のせいだなとジンはポツリと呟いた。
嘘を信じ込まされていたのだし、魔王討伐も仲間の命を助けるためにしたことだ。
悪いのは王様であってジンは責任を感じる必要は1ミリもないと思う。
そもそもジンが倒したと思っているのは魔王じゃないし魔王は私だし……とは、今さらながら言えるはずもない。
「結界はこれからどうなるんだ?境目はなくなってしまうのか?」
「それは私にも分からない。いよいよとなってきたら人間側でなんとかすればいいんじゃない?」
トゲのある言い方をしてしまった。
魔王の魔石も奪われて魔王城にも戻れない名ばかりの今の魔王には、巨大な結界の先行きなどどうにもしようがないのだ。
「今夜はもう寝ようか。モモは奥の部屋を使ってくれ。」
気まづい空気のまま、ジンは食べ終わった食器を片付けるとおやすみと言って自分の部屋へと入っていった。
窓から見える夜空に浮かんだ月を眺めていたら、言いようのない虚しさが込み上げてきた。
なんか……
神が人間を見捨てて天空に住処を移した理由が分かったような気がした。
悪い者もいれば良い者もいる。
それは悪魔でもで人間でも同じことだ。
でも……上に立つ者が愚かだったら、救いようがない。
「さむっ……」
毛布にくるまりながらブルっと震えた。
冬はまだまだ先だというのに、今夜はやけに寒く感じる。
そういえば一人で寝るのって久しぶりかも知れない。巡回中は毎日大きな部屋で雑魚寝をしていた。
いつも私は壁際で、隣でジンが背を向けて寝ていたっけ……
母は私を産むとすぐに父の元から姿をくらました。
一応私を産んでくれたので便利上母と言ってはいるが堕天使に女はいない。母は両性具有だった。
今どこにいるのか。生きているのか死んでいるのか。
特に興味はない。だって記憶にないのだから。
物心がついた時から一人で寝るのなんて当たり前のことだったのに……
ジンのあの広い背中が無性に恋しい。
一回だけ背中にくっついて寝たらめっちゃ怒られたんだよな。
ムクリとベッドから起き上がり、部屋の扉をそっと開けて中を覗いた。
月明かりに照らされてぐっすりと眠るジンがいた。
ベッドが小さいのかジンが大きいのか、すっごく窮屈そうだ。
私の寝るスペースなんてないけど、ジンの腕の隙間に入り込むようにして寝転んだ。
─────────温かい。
人間て体温が高いのかな。
湯船に浸かってるみたいに、すっごく……落ち着く。
朝になり、ジンの雄叫びで目が覚めた。
「なななっ、なんで俺のベッドで寝てるんだ?!」
「……ジン?おはよ〜。」
「おはようじゃない!なんでモモがここにいるんだ!」
「寒かったから。」
「だったら毛布をもう一枚被ればいいだろ!!」
「なんで怒ってんの?何度も一緒に寝たじゃん。」
「あの時は周りに皆んながいただろうが!!」
あ、そう言えば俺に近づくなと言われてたっけ?
約束を破ったのだから怒られるのは当然だ。
「ごめんねジン。お詫びになんでもひとつだけ言うこと聞くから。」
「なんてことを言ってるんだおまえは!!」
ジンは全身真っ赤になって部屋から飛び出ていった。
なんか気に障ることを言ってしまったのかな?悪いことをしたから謝まらなきゃと思ったんだけど……
人間とのコミュニケーションて難しいな。




