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20年前のあの日から

────────20年前。



「ちょっと誰よ?!私のお気に入りのブーツにカエル敷き詰めたのは!!」



気がつかずに履こうとしてグ二っとした感触をモロに味わってしまった。

ブーツをひっくり返したら出るわ出るわゲコゲコと。そこら中をぴょんぴょんと跳ね回ってやがる。


「あのっ、私はお止めしたのですがメメシス様が聞いてはくれなくて……」


メイドが申し訳なさそうに謝ってきた。

やっぱりお(にぃ)の仕業か!!

なんでいっつもこんなしょ───もないことをしてくるかな?!めっちゃ腹立つ!!

メイドに怒ってもお門違いなので他の靴を持ってくるようにと言ったのだが、なんだか歯切れが悪い。

まさかと思い衣装部屋へと駆け込んだ。


「何度も何度もお止めしたのですが……」


全部の靴がミミズやらバッタやらで埋まっていた。ここまでくればその労力を賞賛したいくらいだ。

しかしやられたことへの怒りは限界突破だ。



「ぶっっっっっ殺してやる……!」



窓から外を見たら湖へと歩いていく黒いマントの銀髪頭が見えた。

あの後ろ姿はクソバカ兄貴だ。逃がすものか!!

メイドが止めるのも聞かずに裸足で窓から飛び降りた。



湖畔に着くといつもとは違うピリついた空気を感じた。

向こう岸には結界がそびえ立っている。もしかしてと思いそちらに目を向けると、遠くからでも分かるほどの巨大な歪みができていた。


魔界から人間界に行く不届き者がいるように、あちらからもよからぬ事を考えてやって来る人間がいる。

それは魔王を倒そうとする勇者だったり魔界にある魔石を勝手に掘ろうとする盗っ人だったり、悪魔売買を目的とした犯罪組織だったりする。

大抵は瀕死の状態で逃げ帰るか殺されてしまうのだが、最近では奇妙な魔法を使う人間もいるので油断はできない。

変なのに出くわす前に魔王城に引き返そうと思ったら、すぐ近くの森から爆発音が聞こえてきた。


「待てよ人間!逃がしゃしねえぜー!」


どうやら人間が追いかけられているようだ。

境目を越えて人間界に悪さをしに行く悪魔は処罰対象だ。

だがこちら側に来た人間にはなにをしようが処罰されることはない。

悪魔の中には人間の肉を好んで食う者もいる。

安易に結界を渡ってしまったことを、死ぬ間際に悔やむことになるだろう。


面倒なことに巻き込まれないよう遠回りして帰ろうかと歩き出した時、目の前に子供が飛び出してきた。

生気のない目で私を見た男の子は、力尽きたように膝から崩れ落ちた。


「ちょっと大丈夫?!」


抱き上げた体は裂傷や火傷で傷だらけだった。

この子は人間だ……追いかけられてるのって、まさかこの子なの?

森から柄の悪そうな二人のゴロツキ悪魔が現れた。


「おっとおっと。そいつは俺達の獲物だぜ?」

「横取りするとあんたも痛い目に合うぜ〜お嬢ちゃん。」


魔王の娘である私に対してなんて口の利き方だ。

まあ千年も魔王をしている父の姿は知れ渡っているけれど、その娘となると魔王城にいるごく一部の者にしか顔が知られていないのだから仕方がない。

ゴロツキの一人が私から男の子を強引に奪おうとしてきたので、鋭い爪で切り裂くようにして払い除けた。

ゴロツキの腕はちぎれて湖まで飛んでいった。


「うわぁああ!!腕が、俺の腕があ!!」

「てめぇなにしやがる!その人間は俺達が先に見つけたんだぞ!!」


騒ぎまくるゴロツキどもを冷ややかな目で睨みつけた。


「見つけたって、どこで……?」



結界とは大気が濃縮した分厚くて硬い層だ。

そこに稀にできる歪みは、中は真っ白な空間で音もない無の世界だ。大人でも足を踏み入れるのには躊躇(ちゅうちょ)する。

よほどの目的がなければ魔界に行こうだなんて思わないし、偶然迷い込むなんて有り得ない。

ましてやこんな小さな子供が一人で渡って来れるはずがない。


「そりゃ、この森ん中をトコトコ歩いてたんだ。」

「ふざけんなっ!あんたらが人間界に行って無理やり連れて来たんだろーがっ!!」


言い当てられて一瞬怯むも、すぐさま私に向かって火炎魔法を放ってきた。

口封じをすれば誰にもバレないと考えたのだろうが、こんなヘナチョコ魔法など防御魔法を張って軽くはじき飛ばしてやった。

礼儀もなってなけれは身の程もわきまえていない。

大人しく謝れば腕一本で許してやろうかと思ったのに……


魔法を使ったせいで大きな角と黒い翼が生えた。

その姿に、やっと私が誰だか分かったようだ。

ゴロツキどもは悲鳴を上げて一斉に逃げ出したがもう遅い。




「──────死んで詫びろ。」




大きく広げた翼から、幾つもの魔弾を放った。

全弾命中したゴロツキどもは体中穴だらけになって力尽きた。

格下相手にやりすぎたかな。ただでさえお兄のことでムカついていたもんだから歯止めが利かなかった。


「もう大丈夫よ。悪い悪魔はやっつけたから。」


男の子の怪我は思った以上に深くて骨も何本か折れていた。

こんな小さな子にアイツら……もっとなぶり殺してやるべきだったか。


治癒魔法をかけて結界の方を見ると、歪みが塞ぎかかっていた。

あれが塞がったら今度はいつ開くか分からない。男の子を抱えて翼をはばたかせた。


歪みの内部は塞ぎかかっているせいか、空気の密度が重りのようにのしかかってきた。

内蔵が圧迫されて息をするのもきつい……このまま完全に塞がればぺしゃんこにされてしまう。

男の子を守るように抱きしめながらスピードを上げた。

うっすらと向こうの景色が見えてきたので、柔らかそうな草むら目掛けて男の子を放り投げた。

勢いよくゴロゴロと転がっていったが、すぐに立ち上がってこちらを振り返った。



「お姉さんありがとう!名前っ…教えてください!!」



なんだ、ずっと呻き声ひとつ上げないから口がきけない子なのかと思っていた。

我慢強い子だったんだな。



「モモファージャ・ロフォカレル!覚えなくていいから!」







可哀想だったから助けた。

ただ、それだけだった────────



「俺は20年前のあの日からずっと……もう一度会えないかと日々願っていた。」



だからそんな風に熱く語られると非常に照れるんだけど……


あの時胸の中で抱きしめていた小さな男の子が今ではこんなに立派な体格の男性になって、今度は逆に抱きしめられることになるだなんて……

なんだか調子が狂う。


「また再会できるんじゃないかと期待はしていたが……でもなんでこんなとこにいるんだ?魔界に帰ったのだとばかり思っていたんだが。」


何度か魔界に帰ろうとはした。

でも結界のすぐそこでベルセベトが待ち構えているんじゃないかと思ったら怖くて戻れなかった。


「まさかあれからずっとこっちにいるのか?どうやって生活してるんだ?ちゃんとメシは食ってるのか?」


人間界で半年過ごしたけれど正直もう限界だ。

魔王の娘として甘やかされて育ってきた私には、最初から無理な話だったのだ。



「ひとりで、頑張ってたんだな……」



私の苦労を(ねぎら)うように優しく頭をポンポンとされて胸がジワっと熱くなった。

不覚にも、涙が出そうになってしまった。


「事情があって魔界には戻れないの。やっと見つけた仕事もクビになるし、本当……やになっちゃう。」


ジンの優しさに思わず愚痴ってしまった。

こんなことを言ったところでどうにもならないのに……



「だったら、俺の元にくるか?」



なんのためらいもなく言うもんだからポカンとしてしまった。

それって私が傭兵団に入るってこと?いやいやいや、いくらなんでもそれは無茶でしょ。

断るとジンは納得がいかないといった顔をした。


「だって私は悪魔なんだよ?」

「バレなきゃいいだろ。俺もフォローする。」


「フォローもなにも魔法使ったら一発でバレるよ?」

「なら剣士になればいい。剣術なら俺が教えてやる。」


「だいたい悪魔が悪魔退治って……」

「あの時は悪い悪魔をやっつけてくれただろ。なにが違うんだ?」


そう言われればその通りなんだけれど〜……

どうしたもんかなと考えあぐねていたら、じゃあ決まりだなと言ってジンは私の腕を掴んだ。


「仲間に紹介する。教会に戻るぞ。」

「えっ、まだ私決めてないよっ?」


いいから来いと引きづられるようにして連れていかれた。

前も思ったけどジンて強引すぎやしない?!







先ほど猛ダッシュで逃げていった怪しい女を新しい仲間だと紹介され、隊員達は目玉が飛び出るほど驚いていた。まあ当然の反応だろう。

聞けば女の隊員は過去には数人ほどいたが全員が魔法士だったらしく、剣士として入隊してくるなんて初めてのことのようだった。


「えっと……モモちゃんだよね?今から剣術を習うの?最近は悪魔退治ばかりだしモモちゃんには危ないと思うよ。」


ルッキーが心配そうに話しかけてきた。それを聞いた周りの隊員達がざわつき出した。


「その名前って確か魔王城にいた子だよな?」

「じゃあこれって運命の再会ってやつじゃん!」

「てことは隊員じゃなくて嫁候補ってことっすか?」


なんか変な方向に話が逸れていっている。

ジンは違うと否定してはいるが、顔が真っ赤になっているので全く説得力がない。

こういうからかいに慣れていないのだろうか……

調子に乗った隊員達がヒューヒューとはやし立ててくるので収拾がつかなくなってきた。

このままではジンの隊長としての威厳と統制力が危ぶまれるのではないだろうか……


「ジン、入団テストみたいなものはないの?」

「テストというか、力比べで腕相撲をしたりはするが……」


なるほど、腕相撲ね。

分かったわと隊員達の前に一歩足を踏み出した。



「私が新しい隊員として相応しいかどうか勝負しましょ。」



呆気に取られる隊員達を見渡し、一番体格のどっしりとしたクマみたいな男を指名した。


「おいおい、俺のこのぶーっとい腕を見りゃ分かんべ?止めろって。」


ジンに無理やり連れて来られはしたけれど、よくよく考えてみれば傭兵団に入れば寝る場所と食べるものに困ることはない。

それにもしベルセベトに見つかっても、周りにこんな屈強な兵士や魔法士がいたらうかつには手を出せないだろう。

私にはメリットだらけだ。


「モモ、やりすぎるなよ。」


ジンがテーブルに肘を立てて構える私にそっと耳打ちしてきた。

クマは地獄耳なのかしっかりと聞こえていたようだ。


「隊長まで冗談きっついぞ。オラがこんな小娘に負けるわけねえべえ!」

「いいから早く構えて。ビビってんの?」


カチンときたのかクマは鼻息荒く私の手を握ってきた。他の隊員達も生意気な鼻をへし折ってやれと捲し立ててくる。

号令の合図とともにクマは全力で私の腕を押し倒そうとしてきたが、微動だにせずに受け止めた。

フンガー!と顔を真っ赤にしながら必死で押してきたが、それらを一旦全部受け止めてから勢いよく押し返すと机がバキっと真っ二つに割れた。


場内がシーンと静まり返った。


ジンの方を見ると、あちゃ〜とした顔を隠すように手で覆っていた。


ひょっとして、やりすぎた……?

せっかくジンが仲間になるかって誘ってくれたのに、一瞬で台無しにしてしまった……!




「すっっげ──────────!!!」




沈黙から一転、拍手喝采が沸き起こった。


「細腕なのにめっちゃ力持ちなんだな!」

「あんたなら立派な剣士になれるよ!」

「変なこと言って冷やかしてゴメンな〜。」

えと……これは認めてもらえたのかな?


「完全にオラの負けだ。これからは姉さんて呼ばせてもらうべ。」

いや、呼ばんでいいし。


「さあでは新しい隊員の歓迎会ってことでジンさんの奢りで今夜は飲み明かしましょう!」


隊員達は私を囲むようにして外へと飛び出した。


「おい待ておまえら!明日は朝早いんだから酒なんて飲めるか!」

「まあまあジンさん、堅いことは言いっこなしですよ。」

「飲みすぎなきゃいいじゃないっすか!」



なんかジンて、私が想像するような集団のトップに立つ隊長ってイメージじゃないな。慕われてるというか弄られているというか。

ジンも隊員のことを部下ではなく仲間と呼んでいるし……


私が入ることでジンの隊長としての立場が危うくなるだなんて思ったけれど、要らぬ危惧だったみたいだ。


この人達は、もっと深いところで繋がっている。



私も……

部下達とそんな関係を築けていたら、魔王城から誰も逃げ出すことなんてなかったのかな。

まあそんなこと、今さら考えたところでどうしようもないのだけれど……



「モモちゃん、気分でも悪い?」



沈んだ顔をして飲んでいたのでルッキーがお水を持ってきてくれた。

酒は浴びるほど飲んでも全然平気なのだけれど、ありがとうと言って受け取った。

奥の席ではジンが数名の隊員から酒飲み対決を挑まれていた。

ショットガンと呼ばれるお酒を交互に飲んでいき、先に潰れた方が負けなのだという。

明日は朝早いと言っていたのに、あんなに飲んで大丈夫なのだろうか……

ルッキーが声を潜めて話しかけてきた。


「ジンさんてまたモモちゃんに会えるかも知れないからって、あれからずっと身なりを整えてたんだよ。」


身なりを……?

そういえばバーバラさんがジンは身なりに無頓着だって文句を言っていたっけ。

改めて見てみるとあのパーティの時のまま、髪も髭もすっきりとしていた。


「別に髭モジャで髪が伸び放題でもジンだって分かるよ?」

「あーそういうんじゃなくて。どう説明すればいいのかな〜……」




ジンと魔王城で対面した時はその縮み上がるほどの風貌に私はここで殺されるんだと覚悟した。

でも巡り合わせとは不思議なもので、今はこうやってジンの仲間の一員として迎えられている。

子供だったジンを20年前に助けたことで、私が悪魔だと気づいていながら庇ってくれたわけだけれど……


ジンは私が魔王とまでは気づいていない。



あの時、私が魔王だとバレていたらどうなっていたんだろう……

魔王を倒さなければ、ここにいる大切な仲間は絞首刑にされていたのだ。


楽しそうに仲間と酒を飲むジンを見て、なんとも言えない重苦しい塊が腹の底にのしかかった。



私が魔王だとは話さない方がいい。




グラスを手に取り、中に入った水を一気に飲み干した。






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