再びの再開
勇者一行が魔王城を陥落させてから半年が経った。
誰も維持しなくなった魔界と人間界を隔てる結界は歪みが増し、人間界に出没する悪魔の数は爆発的に増大した。
悪魔の頂点に君臨していた悪の根源である魔王を退治したはずなのに、境目を超えてくる悪魔は減るどころか増えていく……
人間達は予想だにしなかった事態に慌てふためいているようだが、それは当然の結果であろう────────
「く、クビですかあ?!」
そんな世間の動向なんて、今の私にはどうだっていいことだ。だって、せっかくありついた酒場での住み込みの仕事を失う危機にあるのだから……!
「もう一度考え直してもらえませんか?私、次は上手くやりますんで!」
「そう言われてもなあ…うちは客商売だから。悪いんだがもう無理だね。」
「もしかして部屋も出て行くことになります?」
「そうなるな。昼までには出て行ってくれ。」
なんてこった……酔っ払った客がお尻を撫でてきたからぶん殴っただけなのに。
外まで吹っ飛んでって壁に大穴が空いたけれど、だいぶ力は抑えたつもりだ。
これからどう生活すりゃあいいんだ……!
最初のうちは身につけていたドレスや宝石を売ってしのげたものの、もう働いてお金を稼がなきゃ食べるものも寝る場所も手に入れることができない。
追い出されたその足で職業斡旋所に飛び込んだ。
「持ってる資格はある?」
「いえ、何もないです。」
「酒場以外の職務経歴は?」
「ない、です……」
「魔法を使えるなら引く手数多なんだけど……?」
「いえ……無理、です。」
担当のお姉さんが渋い顔をしながら求人情報が記載された資料をパラパラとめくった。相当困らせているようだ。
本当はめっちゃ魔法使えます!って言いたい……
でも魔法を使うと父のような立派な角と、堕天使だった母の黒い羽根が出てきてしまうのだ。
そんな姿を見られたら一発で悪魔だとバレてしまう。
「悪魔が増えたせいかどこも不景気でね。案内できる仕事といえば悪魔退治に関することばかりなのよ。」
資料を閉じたお姉さんは壁一面に貼られた悪魔のポスターに視線を向けた。
それはこの街の周辺に出没している悪魔の手配書だった。この悪魔を倒せば書かれてある金額が役場の方から貰えるらしい。
こんな田舎街が出せる額なんて大したことはないらしいのだが、それでも数をこなせばそこそこは稼げるようだった。
ポスターは減るどころか増える一方なのだという……
「あっち系の仕事なら紹介できるんだけど、あなたまだ未成年よね?」
「そうですね。ちょっとそういうのは……」
とぼとぼと職業斡旋所を後にした。
手元には100ギルしかない。それもパンを1個買ったら無くなった。
どうしよう、詰んだ……
─────────悪魔退治か……
最近では悪魔退治をするハンターといものを生業とする輩がやたらと増えた。街を歩けばハンターだらけだ。
前までは勇者を気取っていたような奴らだ。
流行に乗っただけで大した実力は持ち合わせていないから、狙うはゾドムやゴーストなどの魔法も使えないような大した害もない下っ端ばかりだ。
何人も人を襲っているような上級悪魔にはビビって向かっては行かない。根性無しめ。
悪魔にだって良い奴もいれば悪い奴もいる。
御法度である結界をすり抜けて人間界で好き勝手するような悪魔は、魔王自らの手で鉄拳を食らわして成敗してやりたい。
でも魔法を使っているところを誰かに見られでもしたら、次の日には私がポスターになって貼られていることだろう……
「どうされましたか?」
大きなため息をついたら後ろから声をかけられた。
振り向くと人の良さそうな白髪の老人が立っていた。白いローブを着ている身なりからして神父のようだ。
どうやら私が座ってパンをかじっていた階段は教会の入口に通じる通路だったらしい。
「もし良ろしけばお祈りされていかれますか?温かいスープもありますよ。」
教会では困っている人々に食事と寝る場所を提供しているようだった。
お礼を言って丁寧に断った。だって悪魔が教会で施しを受けるだなんて滑稽だ。
この人だって私が悪魔だと知ったら、親切に声をかけたことを悔やむだろう。
人間て悪魔のことは必要以上に嫌うくせに、神には熱心にお祈りを捧げるんだよね……
太古の昔、神は天空へと住処を移した。
愚行な行いをする人間に嫌気がさしたのだ。
神からの加護がなくなり、悪魔がいる地上に残された人間がどのような目に遭うか……神は分かっている上で人間を見捨てたのだ。
結末は想像を絶するもので人間達は生きていく希望を失いかけた。
当時の魔王はとても慈悲深く、地獄のような光景に心を痛めた。そこで人間の王に提案した。
お互いの世界を分断する境目を設けようではないかと……
魔石の中でも最高峰の力を持つといわれる大気を操る魔王の魔石。それを半分に割り人間に分け与えた。
そうしてお互いに魔法をかけて出来上がったものが、あの巨大な結界だった。
本当に祈りを捧げるべき相手は神なんかじゃなく、悪魔だろうと私は思う。
大通りに出ると通路に沿って人だかりができていた。
皆んななにを騒いでいるのだろうか……
「おいっ巡回だ!やっと来てくれたぞ!」
「本当だわっ!これで一安心ね!」
「早く悪魔の奴らを一掃してくれ〜!」
住民が大歓迎で迎えていたのは馬に乗った兵士達だった。
治安を守るために城から派遣されてきた兵士かとぼんやり眺めていたのだが、先頭の馬に乗っていた男の顔を見て息を呑んだ。
あれは……ジン?!
「皆んな待たせてごめんね。どこの街も悪魔だらけでさあ。しばらくはこの街に滞在するからよろしくねー!」
集まった人達に向かって明るく呼びかけた少年はルッキーだった。
まさかこんな田舎の街で二人に遭遇するとは予想外だ。
街の人達から我らが勇者様ー!と大歓声が上がっていた。
どうやらジンが率いる傭兵団はこの辺り一帯を定期的にパトロールして回っているようだった。
ジンは相変わらずの強面顔で、手を振って応える他の隊員とは違って終始ムスッとした様子だった。
人波に押されてジンのいる方へと流されそうになったのだが、顔を見られては不味いと思いUターンして教会へと逃げ込んだ。
ひとり掃除をしていた先程の神父と目が合った。
「す、すみません。やっぱりスープを頂けますか?」
神父は良いですよとニッコリ微笑んだ。
長椅子の端に座って待っているとスープを持ってきてくれた。たくさんの野菜とベーコンまで入った具だくさんのスープだ。
はあ……温まる。
この街って、ジン達のナワバリだったんだ。
ここでは仕事も見つからなさそうだし、外の騒ぎが収まったらもう少し大きな街に移動しよう……
そんなことを考えながらスープを頂いていたら入口の扉が開いた。
「またしばらく厄介になる。」
──────────ブハッ!!
その後ろから隊員達もゾロゾロと入ってきた。
「久しぶりだねジン君、待っていたよ。元気そうでなにより。」
「神父さんもな。早速で悪いが、この辺に出没している上級悪魔の情報を知りたい。」
ジンは神父と親しげに会話をしていた。こちらには気づいていないようだ。
私は上着のフードをすっぽりと被り、そろっと席を立って扉へと向かった。
「そこの娘、ちょっと待て。」
ギクッ……!!
ジンから呼び止められて心臓が口から出た。
なるべく冷静に、鼻にかかったような甲高い声色で応えた。
「な、なんでございましょうか?」
「フードを外して顔を見せてみろ。」
なんだなんだと他の隊員達もザワつきながら私に注目した。
どうしよう……これって相当ヤバくない?
ジンが私に近寄り、フードを外そうと手を伸ばしてきたその時、おばあさんが扉を開けて教会に入ってきた。
隊員達がそのおばあさんが通りやすいよう空間を開けたその一瞬の隙に、猛ダッシュで外に飛び出した。
すぐさま地面を蹴って空高くジャンプし、屋根から屋根へと街を横断していく……
上手く巻けたと思ったのに、なんとジンはぴったりと後を付けてきていた。
なんなのこいつの身体能力は?!人間のくせに!!
「おい待て!逃げるな!!」
「だったら追いかけて来ないで!!」
「逃げるから追いかけるんだろ!!」
「追いかけてくるから逃げるんでしょ!!」
大声で言い合いながら街の端まで突っ走り森へと飛び込んだ。
森の中をジグザグに走りまくってもジンを振り切ることができないっ……!焦って根っこに足を取られた。
────────しまった……!!
目の前には棘がビッシリ生えた野薔薇の群生が広がっていた。
後ろからジンに腕を捕まれ、胸の中で抱きかかえられるようにしてそこに突っ込んだ。
「やっぱり、モモだったか……」
傷だらけの体でジンは私のことをいたわるように微笑んだ。
いや、笑ってる場合?てか、腕に折れた枝が突き刺さってるし!!
「こんなもんかすり傷だ。」
「バカなの?!いいから見して!」
パーティの時だって今だって、私は自分の保身のためにジンから逃げた。
ジンが私のことを悪魔だと分かっている上で必死に庇ってくれていたこと。
私だって……
とっくに気づいていたのに────────
治癒魔法を施すと私の体から大きな角と黒い羽根が現れた。
ジンはその姿に驚くでもなく、嬉しそうに目を細めた。
「綺麗だな。あの時と同じだ。」
あの時、私は子供だったジンの前で魔法を使った。
……綺麗って。
めちゃくちゃにブチ切れていたから、子供からしたら相当怖かったはずだと思うのだけれど……
本当、ジンて……変わってる。