お祝いのパーティ
身支度が整うとバーバラさんはソファに座ってハーブティを飲み始めた。相変わらずたわわな胸元はがっつりと開いている……
私は着慣れない無駄に長いドレスを引きづりながら窓際まで行き、景色を眺めるふりをして外の様子を伺った。
城の中のみならず街でも住民が祭りの準備に追われているようだった。
今夜この王都中が祝賀ムードで盛り上がるのだろう……
さて、この中からどうやって魔界に帰ろうか。
城門には6人ほどの兵が配置されており出入りする人を絶えずチェックしていた。
城を取り囲む城壁の見張りは東西南北にある角の四つだけ。壁の高さは10m。
これなら魔法を使わずとも跳躍だけで飛び越えていけそうだけれど、今は人の目がありすぎて下手な動きができない。
パーティが終わった後の日の出の時間帯なら、皆酔いつぶれているだろうし朝日で死角も生れるだろう……
この王都から出れさえすれば森を通り境目まではなんなく行けそうだ。
「わあ!バーバラさんもモモちゃんも綺麗だね〜!」
ルッキーが私達が待っていた控え室へと入ってきた。
淡いパステル調の礼服に着替え前髪を後ろへと流し、少年から大人っぽい雰囲気へと変わっていた。
そしてもうひとり、白い礼服に身を包んだ青年が入ってきた。
金や銀糸や宝石などでたっぷりと刺繍がほどこされた豪華な衣装を軽やかに着こなしている……
その洗練された風格に、この国の皇太子が挨拶にきたのかと身構えてしまった。
「こんな窮屈な服、着てなきゃダメなのか?」
この声……すごく聞き覚えがある。
まさかとは思うけれど、この青年は……
──────────ジン?
「えっ、ジン?ジンなのっ?本当にジン?!」
「うるさいな。人の名前を何度も連呼するな。」
本人からそうだと言われても信じられない。
あのムキムキだった巨体が随分としぼんでいる……
私が口をパクパクさせているのを見てバーバラさんがプッと吹き出した。
「あれは強化魔法による一時的な後遺症だったのよ。実際はこの通り、なかなかのイケメンでしょ?」
マジか……
それでも身長は2m近くはあるし筋肉質で大柄な体型ではあるのだけれど……
本来の強化魔法は体全体にかけるものなのだが、攻撃力を極限まで引き上げるために筋肉のみに全振りしていたのであんなムキムキな化け物みたくなっていたのだという。
そんな一部だけを強化したら骨や神経や内蔵が負荷に耐えきれず折れたり切れたり破裂してしまうのだが、それをルッキーが治癒魔法をかけてなんとか防いでいたのだとか。
「こちとら魔法をかけ続けなきゃいけないのに、ジンたら猛スピードで突き進むんだから大変なんてもんじゃなかったわ!」
「実際ジンさん何回か死にかけましたからね?もっと僕に感謝してほしいですよ〜。」
そんなむちゃくちゃな作戦を考えたのはジン本人らしい。
頭がイカれてるとしか言いようがない。
「上手くいったんだからいいだろ。」
二人から文句を言われたジンは不機嫌そうにドカっとソファに腰を下ろした。
確かに化け物ではなくなったけれど、近寄り難いオーラはそのままだ。
顔が髭モジャで髪が伸び放題だったのも強化魔法による後遺症だったのだろうか……?
「あれはジンが日頃から身なりに無頓着だっただけ。そんなんじゃ女にモテないわよって言ってんのに聞きゃあしないんだからこの男は!」
今は髪も短くして髭も無くすっきりしている。
さすがに勇者一行を称えるパーティだから整えたのだろうか。あまりの変わりようにビックリである。
私からの視線に気付いたのか、ジンはチラリとこちらを見ると咳払いをしてそっぽを向いた。
あの王妃も、この姿なら王女との結婚を許したかも知れないのに……逆玉が手に入ったかも知れないのになんとももったいない。
夜空にパーティの開始を告げる花火が上がった。
大広間では煌びやかな衣装に身を包んだ男女が楽器から奏でられる音樂に合わせてワルツを踊っており、庭では手品や大道芸をする芸人が技を披露して人々を楽しませていた。
出される食事はどれも豪華で、鶏肉や羊や豚などの肉料理に脂ののった魚料理、新鮮なフルーツや甘いお菓子などがこれでもかとテーブルに並べられていた。
勇者一行の元には貴族や司教やどこぞの偉い人がひっきりなしに挨拶に訪れ、パーティを楽しむ余裕など無さそうだった。
バーバラさんとルッキーは笑顔で対応していたが、ジンは明らかにムスッとした顔をしていた。愛想笑いというものができない性格なのだろう。
なんか私だけ満喫してて皆んなに悪いな……
あ、この肉料理コリコリしてて美味しい。
なんの肉だろ?めっちゃ美味しい。モグモグモグ……
「ねえあの赤毛の子。例のあの子じゃない?」
「あ〜あの魔王城に囚われてたって子?」
なにやら私を見てコソコソと話す令嬢と目が合った。
コソコソと話している割にはよく通る声だ。
「魔王の慰め者だったんでしょ〜?」
「よく勇者様と一緒にいられるわよね〜汚らわしい!」
────────なるほど。
私は人間界ではそのように見られてるんだ。
魔王はそんなことはしない。むしろ人間にそんな卑劣なことをする奴らを取り締まっていた側だ。
全然、違うのに……
このパーティも魔王が死んだことを喜ぶパーティなんだよね。
魔王とは人間界では随分と嫌われ者なんだ。
その場にいるのが憂鬱になってきてバルコニーから外に出た。
街でも出店の明かりが大通りに連なり、祭りを楽しむ人達のはしゃいだ声が遠くから響いてきた。
なんかもう無理だな。
早く人間界から脱出したい……
「魔王を撃破したお祝いのパーティに魔王本人が参加してるって、笑える。」
誰もいないはずの背後から急に話しかけられて心臓が飛び出るかと思った。
私を魔王だと知っている口ぶりだ。恐る恐る振り返ると、そこにはよく知る顔がいた。
「……お兄。」
「よう妹。元気か?」
なんで兄がこんな所にいるの?
いや、それよりもベルセベトがあの日私に暴露したことを伝える方が先だ。
まさかあの忠実だったベルセベトが長年の間裏切っていたとは……兄もさぞかし驚くに違いない。
「ああそれな。知ってた。」
─────────はい?
えっ、知ってた?ベルセベトの企みを?兄姉を暗殺してたってことも?全部??
兄はひょうひょうとした笑みを浮かべながら、呆然とする私の頭を小突いた。
「ペペロにも教えてやったんだぜ?でも酔っぱらいの戯言だと信じちゃくれなかった。俺はベルセベトから目をつけられないように、わざと無能なふりをしてただけだっちゅーのに。」
あの常に酒浸りで奇行を繰り返していたのが演技だったって言うの?
父でさえベルセベトの本性を見抜けなかったのに……
あれっ……ちょっと待って。
「じゃあ私の命が狙われることも分かってたってこと?なんで教えてくれなかったのよ!」
「忠告はしてやってただろ。上手くやれよって。」
「そんなんで分かるかあ!!」
こいつっ……だから私に魔王の座を丸投げしやがったのか!信じらんない!!
兄は少し周りを見渡すと、声のトーンを落とした。
「気を付けろよ。あいつはまだ死んでねえ。」
今、なんて?
私はこの目で真っ二つになった無惨な亡骸を見た。
あれはベルセベトではなかったってこと?
確かにあっさりと殺られたなあとは思っていたけれど、それ以上にジンが繰り出した技の威力が凄まじかったから……
『私はずっと、魔王の座を狙っていた 』
じゃああれはまだ継続中ってこと?
また心臓を狙いにくるんじゃないの……?!
「まあ、そういうこと。死にたくなきゃこのまま人間界にいる方が安全だな。」
「なにそれ?人間界で人間のふりをしろってこと?!」
ここでどうやって生活しろっていうの?
世話してくれるメイドだっていないし、ご飯作ってくれるコックだっていないのに?
住むところは?野宿なんて死んでもヤダ!!
ベルセベトだって人間界まで追って来ないという保証はない。
首筋に当てられたあのヒヤリと冷たい刀剣の感覚を思い出し、体温が氷点下まで下がった。
「お願いお兄、一緒にいて!」
「無理。おまえといたら狙われる。」
「たった一人の妹が可愛くないの?!」
「俺、自分の命の方が大事。」
兄は手から黒い霧を放出させた。お得意の空間魔法でまた逃げるつもりだ。
そうはさせるかと腕を掴もうとしたら、無駄に長いドレスの裾を踏んで派手にすっ転んだ。
「じゃあな妹。上手くやれよ。」
そう言い残すや霧の中へと消え去っていった。
マジで信じらんない!冷たいにもほどがある!!
いや、あいつは昔っからあんな奴だった。
このまま地面に突っ伏して泣きたい気分だっ……!
「大丈夫か?」
顔を上げると、私を見下ろしているジンと目が合った。
「血が出てるぞ。ちょっと見してみろ。」
転んだ時に肘を擦りむいたようだった。傷にジンが手をかざすと、治癒魔法のポワッとした温もりが伝わってきた。
「ありがとう……ジンて魔法が使えるんだ。」
「治癒魔法だけだし程度にもよるがな。血気盛んな仲間が多くて仕方なく覚えた。」
仲間……そうかジンて、傭兵団の隊長をしているんだっけ。だったら私もそこに置いてもらえないだろうか?
ジンは私のことを人間だと信じきっているし、魔法を使わない限りバレることはないだろう。
「ジン、ちょっと話があるんだけど……」
いや待てよ。
いろいろな依頼を引き受けているようだし、その中には悪魔討伐の仕事だってあるだろう。
悪魔が人間のふりをして悪魔討伐ってどうなの?
それにベルセベトに鉢合わせするような危険性のあることは少しでも避けたい。
「どした?人の顔を見たまま黙まって。」
「ううん、やっぱりなんでもない。」
ジンよりバーバラさんを頼ってみようかな。
三人の子供の子守役とかでなら雇ってくれるかも知れない。
「なんだ……思い出してくれたのかと思った。」
ジンはそう呟くと、寂しげにため息を付いた。
初めて見せる弱気な態度にどうしたのだろうかと戸惑っていると、ジンはためらいながらも口を開いた。
「20年前、俺達は出逢っている。」
私と、ジンが……?
そんなことは有り得ない。だって私達は違う世界に住んでいるのだから……
「それは私じゃないと思うよ。」
私は魔界から出たことはない。
もしジンが魔界に来たことがあって偶然会っていたとしても、ジンほどのインパクトのある見た目なら記憶に残っているはずだ。
きっと誰かと勘違いをしているのだろう……
「モモファージャ・ロフォカレル。その時に俺が心に刻んだ名だ。」
──────────!!
そうだ、人間は……
人間は悪魔の10倍早く年を取る。
20年前なら、ジンはまだ子供だ……
10人ほどのむさ苦しい格好をした男達が手を振りながらやってきた。
「隊長〜!なんすかその服装?かっけー!」
「魔王倒したってマジっすか?!さすが我らが隊長!」
「久しぶりのシャバなんで酒飲みまくっていいっすか?」
人間の子供になら──────────
「おまえら舐めてんのか?散々迷惑かけやがって。先に言うべきことがあるだろ。」
──────────会ったことがある。
ジンは最初から……
私が悪魔だって、気付いてたんだ……
「モモ、紹介する。こいつらは俺の……」
ジンが振り向いたその先に、私の姿はなかった。




