一年後の決意
新しい境目が出来てから一年が過ぎた。
「はぁ……ヒマだ。」
人間界の王都でのことは瞬く間に魔界中へと広がった。
冥府に閉じ込めていた悪魔にはかなり名の知れた大者もいて父でも手を焼いていた。そんな奴らを私は一瞬で叩きのめしたのだ。
しかもあのベルセベトでさえ赤子のようで全く敵わなかったと。
噂には尾ひれがつき、新しい魔王は毛むくじゃらのゴリゴリマッチョで殺戮が大好きなイカれた大女だとか言われているらしい……失礼極まりない。
まあそのおかげで、今のところ私に歯向かうような輩は一人も出ていない。
父の代から仕えていた部下や使用人達からも信頼を取り戻せたようで、魔王城へと戻ってきてくれた。
歪みも起こらないから良からぬことを考えて渡ってくる人間もいなくなったし……
魔界は随分と平和になった。
コンコンと扉がノックされた。
メイドがおやつにとブルーベリーパイを持ってきてくれたので、優雅なティータイムを満喫した。
魔界の運営は長老達に任せておけば安心だし、唯一の仕事である結界の維持も造りたてホヤホヤだから大した労力は要らない。
殺風景な魔界の景色を変えようと土を耕し花や苗木を植えたりしていたけれど、最近は寒くなってきたからその活動も休止中だ。
コックから料理でも習おうかな。
って、出来るようになったところで誰のために作るんだ……
「魔王様、失礼致します。」
部下が神妙な面持ちで部屋に入ってきた。
彼はベルセベトの息子なのだが、父親の長年に渡る酷い裏切りを知り、自分も処刑して下さいと出頭してきたクソがつくほど生真面目な男だ。
見込みがあると思い、補佐役として雇ってあげた。
「先程、湖の対岸で黒いフードを被った怪しい男が目撃されました。警備兵が取り抑えようとしたのですが、消えてしまったとのことです。」
……消えた?
警備兵が言うには瞬きをする間に煙のように消えていたのだという。
「闇の精鋭部隊を派遣して探させましょうか?」
「まだそいつがなにかしでかしたわけじゃないんでしょ?私が散歩がてら見てくるわ。」
「危険ですので護衛をお付けになられた方が……」
「私を誰だと思ってるの?ひとりで大丈夫よ。」
ちょうど刺激のない日々に退屈していたところだ。
面白そうなことが起きないかなと不謹慎なことを考えながら湖へと向かった。
湖の向こう側には結界がそびえ立っている。見ると一部分が黒く焼け焦げているのに気づいた。
どうやら誰かが攻撃魔法を放ったらしい……壊そうとでもしたのだろうか。
なんて無駄なことをと思いそばまで寄ってみると、足元の地面が抜けて大きな穴に落ちた。
「いったぁ〜……」
落ちる時におデコをぶつけてしまった。
さすっていると尻もちをついた底にムニュっとした気持ち悪い感触がした。
カエルだっ……しかも大量の!!
パニックになりながら穴から這い出たけども……こんなしょうもないことをするのはアイツしかいないっ。
「よお妹。奇遇だな。」
黒いフードを被ったよく知る顔がいた。
怪しい人物の目撃情報ってのも兄のことか!
なにが奇遇だ。落とす気マンマンで罠をはって待ち構えてたくせにっ!
「聞いたぜ。ベルセベトの頭にストロー刺して脳みそ啜ったんだって?」
「んなわけあるかい!!」
私にあんなことをしたくせによく平気な顔してそんなくだらん噂話を言えたもんだな?!
怒りを通り越して関心すらするわ!
「お兄ぃ、私になんか用なわけ?」
「ああ、そうそう。ちょっくら魔王の座を俺に返してくれねえかなと思って。」
──────────はい?
全くもって意味が分からない。
面倒臭いと丸投げしておいて今になって魔王をやるだと?自分勝手にもほどがある!
頭が沸いてるとしか……いや、こいつは昔っからこんな奴だった。
「ベルセベトの脅威はもうなくなったし、代わってやるよ。」
「ふざけないで!あの後私がどんな目にあったと思ってんの?全部お兄ぃのせいなんだから!!」
頭にきたので大気を操り、頭上の空気を圧縮した塊を兄目掛けて落としてやった。
命中したと思ったその場所には兄の姿はなかった。
「危ねぇな。そんなんじゃ彼氏も出来ねえぞ?」
木の上に移動していた。
魔法を使ったに違いない。
「魔王なんてやりたくてやってるわけじゃねえんだから、俺と代わっても問題ないだろ?」
「自分で押し付けたくせに調子のいいこと言わないで!」
私が怒鳴るとハアとため息をつかれた。
まるで私の方が駄々をこねているような癇に障る態度だ。
兄がふと真面目な顔をした。
「あの男のことはもういいのか?」
あの男って─────────
お兄ぃが言っている男とはジンのことだ。
いいもなにも、もう会えないのにどうしろというのだ。
古傷を抉られたようで怒りが込み上げてきた。
次は逃がすまいと、兄の周りにある半径百m以内の大気全てに圧をかけた。
今度こそぺしゃんこにしてやったと思ったのに、背後から兄の両腕が伸びてきて抱きしめられた。
魔石の力を使っているのに捕らえるどころか逆に捕まってしまった。
お兄ぃってこんなに強かったの?!てか、バックハグとか止めて欲しいんだけど!!
「なぁ妹、よく考えろ。俺の得意魔法はなんだ?」
お兄ぃの得意な魔法……
今だってその魔法で良いようにあしらわれている。
それは最高難度の、空間魔法。
まさか……
「越えられるの、あの境目を……?」
ジンに……会いに行けるの?
「さあ。やったことねえから分からん。」
こいつ、マジで殺してやろうか。
頭を振りかぶって頭突きを食らわしてやった。
顔面にクリーンヒットした兄は顔を押えて悶絶した。
「分からんと言っただけで出来ないとは言ってないだろっ?まあ、五分五分だ。下手すりゃ死ぬ。」
こいつの言うことは信用ならん。
魔王になればベルセベトから命を狙われることを分かっていて私にやらせるような奴だ。
今回だって、魔王の座を奪いたいがために可能性があるようなことを言って私を暗殺するつもりかも知れない。
「それは違う。おまえなら魔王の魔石を使いこなせると思ってた。結果、上手くいった。やっぱ俺って天才。」
私がやったことをさも自分の手柄みたいに言いやがって。
私なら使いこなせるって、本当……調子いい。
私は他の兄姉からはかなり年が離れて生まれた末っ子だ。
誰からも期待されていなくて、ただ魔王の娘として甘やかされて育ってきた。
でもこの兄、メメシスだけは私には才能があると言って熱心に魔法を教えてくれた
散々しょうもないイタズラをされたりもしたが、おかげで退屈はしなかった。
やり方はともかく、私のことを気にかけて相手をしてくれたのはお兄ぃだけだった。
「俺は妹のことを、可愛いと思ってるんだぜ?」
私だって別に嫌いなわけではない。好きってわけでもないけど……
「どうする?このまま魔王を続けるか。一か八か好きな男に会いに行って、盛大にフラれるか。」
「なんでフラれるって前提なのよ!!」
「自信があるなら会いに行けよ。」
「で、でもジンは人間で、私は悪魔だから……」
本当は怖い。
王都であんな醜態を晒し、また会いたいと言ってくれたジンを冷たく突き放してしまった。
いくらジンでも怒ってるんじゃないだろうか……
それ以前に、私には会いに行く資格なんてないと思う。
「私は悪魔ねえ。なら自分勝手にやりたいようにすりゃあいいんじゃねえの?それが悪魔ってもんだろ。」
食べたいなら食べろ。寝たいなら寝ろ。嫌ならやるな。欲しけりゃ奪え。
相手の気持ちなんか関係ねえ。会いたいなら会いに行け。
「おまえが会いたいと思うのなら会いに行けばいい。だって悪魔なんだから、だろ?」
めちゃくちゃだけど、兄の妙な説得力に心がフワッと軽くなった。
「どうする、妹?」
手から黒い霧を出して尋ねてきた。
「それは、もちろん─────────」




