私の居場所
産婆さんの元へと運ばれたバーバラさんは四時間後には元気な赤ちゃんを産んだ。
初めてお産の現場に立ち会ったのだけれど、あれが安産というのならば私には赤ちゃんを産むなんて無理だ。とにかく壮絶だった。
貧血で倒れたルッキーも医者に診てもらい、鉄剤を飲んで安静にしていれば大丈夫とのことでホッとした。
救援要請に駆けつけていたジン達もバークレイでの騒ぎが一段落したようで、もうすぐ帰還できるとの知らせが届いた。
「モモ待てー!水流魔法だぞっブッシャ〜!」
「ぎゃー!やられたあ。」
私はというと、バーバラさんのまだ幼い三兄弟のお守りを任されていた。
小さい男の子って本当に元気だ。
「モモー!腹減った〜。」
「モモちゃん絵本読んで〜。」
「コラ!モモは今、俺と遊んでるんだぞっ!」
そして三人それぞれ違うことを言ってくるから三倍疲れる……
お昼寝の時間になって一番下のタット君を寝かしつけていたら、足音が聞こえてきてアールさんが汗だくで部屋に飛び込んできた。
「モモちゃんあんがとー!このご恩はオラ一生忘れねえべっ!」
「お礼はいいですから、早くバーバラさんと赤ちゃんのところに行ってください。」
ジンが私を呼んでいると聞かされ、また遊ぼうねと三兄弟から見送られながら急いで本拠地へと向かった。
久しぶりに会えるとはやる気持ちで隊長室の扉を開けると、突然ジンから抱き締められた。
「襲われたと聞いた。良かった……無事で。」
ジジジジ、ジン……?!
まさかいきなりこんなに強く抱き締められるとは思ってもおらず、体中がカァッと熱くなった。
これじゃあいつもと立場が逆だっ。
「バークレイであいつを見かけた。魔王城でモモを襲っていた奴だ。」
──────────っ!!
それはベルセベトのことだ。
これは不味いことになった。だってジンはベルセベトを魔王だと勘違いしたままだ。
「モモを襲った分身てのもあの男なのか?なぜ生きてる?あいつは魔王で、俺がこの手で倒したんじゃなかったのか?」
困惑しているのか矢継ぎ早に質問してきた。
最悪だ。こうなる前にきちんと説明しておくべきだったのに……
今さら後悔してももう遅い。私はジンから少し距離を取ってつとめて冷静に答えた。
「あいつはベルセベトって名前で、魔王の側近だった悪魔なの。ジンがあの時切ったのは、それとも違う全くの別者だったみたい……」
なんてことだとジンは力なく手で顔を覆った。
今の今まで自分が魔王を倒したと信じて疑わなかったのだから当然の反応だろう。
「じゃあ魔王はまだ生きてるってことか?」
「それは……」
言いかけて口を噤んだ。
こんなにも動揺しているジンに、実は私が魔王だと話しても大丈夫なのだろうか……?
重苦しい空気が二人の間に流れた。
「魔王の魔石はモモが見つけたよな。あれは本物だったのか……?」
「あれは間違いないよ。ちゃんと本物だから。」
「なぜそう言いきれる?まさか魔王と手を組んで、俺達のことを裏切ろうとはしてないよな?」
──────────えっ……
そうか私……ジンから疑われてるんだ。
魔王であることは隠していたけれど、ジンや皆んなのことは私も仲間だと思っていた。
ジンからそんな風に思われたことが悲しくて、ボロボロと涙が溢れてきた。
「あっ……モ、モモ、すまん!今のは俺が悪かった!」
ジンは慌てふためきながらも何度も謝ってくれた。
ずっと騙していた私が悪いのに、今度は申し訳ない気持ちが押し寄せてきて涙が止まらなかった。
ジンは慣れない手つきで流れる涙を拭うと、項垂れるようにしてその場にへたり込んだ。
「本当にすまなかった。モモが俺から離れていくんじゃないかと不安になったんだ。」
─────────ジン……?
それは私とずっと一緒にいたいということなのだろうか?ジンとこの先も暮らしていけたらどんなに幸せだろう……
でも……それには全てを話しておかなければならない。
私はジンに大事な話があるから椅子に座るようにと促した。
「ベルセベトが私のところに来たのは、前の魔王が亡くなって、その座を狙っているからなの。」
「そうなのか?でも、なぜそんな男がモモを狙ってるんだ?」
向かい合わせに座ったジンが不思議そうに見つめてきた。
「魔王と血縁関係のないベルセベトが魔王になるには、魔王の魔石と私の心臓が必要なの。」
アールグレイのように澄んだ優しい色だ……その瞳を真っ直ぐに見つめながら、ずっと隠していた真実を告げた。
「──────魔王は、私なの。」
瞳の奥がはっきりと揺らぐのが見えた。
「モモが……魔王………?」
それ以上は言葉にならないのか、永遠とも思えるような長い沈黙が続いた。
私が魔王でも、ジンはそばにいてくれるのだろうか……
次の言葉を胸が壊れそうなほどドキドキしながら待っていたら、突然ジンは立ち上がって頭を下げた。
「───────すまないっ!!」
謝るジンの姿に頭が真っ白になった。
これは……拒絶されたということ?
「本当にすまなかった。」
「いいよ……謝らないで。」
ジンなら大丈夫だなんて甘いことを考えていた。
そりゃ、無理だよね……
魔王がどれだけ人間達から嫌われているかなんて、分かっていたはずなのに……
扉をノックする音が響いた。
失礼しますと隊員が入ってきたが、私達のただならぬ様子を見て出直しますと慌ててUターンしようとした。
「ジンに用があるのならどうぞ。では私はこれで。」
ジンから呼び止められたがそのまま部屋から飛び出ると、誰かが声をかけてきた。
「このまま去るつもり?」
見るとパウロさんが壁にもたれて立っていた。
まさかとは思うけれど、今の会話を聞かれてた……?
「なんのことですか。別に私はどこにも……」
「君がどこに行こうが止めはしないけれど、その前に私と話をしないかい、魔王様?」
ニッコリと微笑んではいるが有無を言わせない圧が強い。
これは逃げられないと、観念して従うしかなかった。
場所を変えようと連れてこられたのはパウロさんの屋敷だった。
前は中庭にだけお邪魔してその煌びやかさにはため息が出たが、屋敷の中はため息どころではなかった。
金と青の鮮やかな色彩、ステンドグラスに天井のフレスコ画、宝石を散りばめた精巧なシャンデリアまで……
あの時見た王様のお城と同格、いやそれ以上かもしれない。とにかく圧倒されてしまった。
キョロキョロしながらパウロさんの後を付いていくと、壁にかけられた一枚の肖像画の前で足が止まった。
「彼の名前はカール・フィリップス1世。二百年前に王様だった方だ。」
王冠を被り毛皮の付いた長いマントを羽織った姿には風格が漂っていた。
アールグレイの瞳の色が同じせいか、どことなくジンに似ている気がした。
腰に差した白い刀剣に目がいった。
「これって……ジンの魔剣と似てる。」
「似てるんじゃないよ。そのものだ。」
どういうこと……?
なんでジンが二百年前の王様が持っていた魔剣を持っているの?父親の形見だと言っていたのに……
「この屋敷はね、元々は王様が住んでいたお城だったんだ。」
およそ二百年の間、人が住まずに朽ち果てていた城をパウロさんの父が再建したのだ。
傷んでしまった床のタイルを取り除いたところ地下室に通じる階段を見つけ、保管されていた古文書を発見したのだという。
そこには消されていた歴史、二百年前に起きたクーデターのことが事細かに書かれていた。
大佐だった男が暴力的な手段を行使して、非合法的に玉座を奪い取ったのだと……
「父は王政に対してずっと不満を抱いていてね。だから正統な後継者を探し回ったんだよ。そして……やっとの思いで見つけた。」
当時十歳だったその少年は強くなるために、ひとりで国中を旅して回っていた。
腰に、真っ白な魔剣を差して……
「ジンこそが、真の王様だよ。」
ジンが……人間界の王─────────?
地方の傭兵団の隊長で、むさ苦しい隊員達と軽口をたたき、仕様人もいない山の中にあるキノコのような家で一人暮らしをしている……
そんな人が、王様?!
「ウソでしょ?本当にジンが王様なの?!」
「まあすぐに信じられないのも無理はない。私も父から最初にジンを紹介された時、有り得ないと思ったからね。」
当時のジンは四年間一人で生きてきたせいか、野性味溢れる子供に成長していて荒みきっていたらしい。
人の話は全く信じないし、食事は手づかみだし気に入らないことがあれば噛み付いてくるしで、パウロさんは猿の方がよっぽど知性があると思ったようだ。
それでも何ヶ月かはこの屋敷でともに暮らしていたのだが、ある日ふいといなくなってしまった。
逃げられたのかと思ったのだが、すぐに近くの山で修行をしているところを発見された。
それからは必要以上には干渉せず、見守るようにしていたらしい。
毎日一心不乱に刀を振るう目つきの悪い少年を住人達は怖がっていたが、街に侵入してきた悪魔をジンが倒した時からだんだんと風向きが変わってきた。
差し入れをする者も現れ、ジンも少しづつ心を開いていったのだ。
やがてジンを慕って集まった若者達で傭兵団が結成されることとなった。
パウロさんも亡くなった父の意志を受け継ぎ、ジンを支えようと公爵の身でありながら傭兵団の一員になったのだという……
「ジンにパウロさんとの関係を尋ねたら、幼なじみだとしか言わなかった……」
「ジンらしいねえ。十代の頃は野生児だったジンを手懐けるのに苦労した思い出しかないよ。」
二百年前から人間側が結界の維持をしなくなったことの理由がはっきりと分かった。
今の王様は真っ赤な偽物。
血縁関係がないのだから、魔王の魔石の力を使うことができなかったんだ。
したいけどできない王様と、できるけどしない王様とはそういう意味だったのか……
『自分さえよければいいだなんて、王様は随分と卑怯者なんですね』
あの言葉を聞いてジンはどう思ったのだろう……
しばらくは周りのことが見えなくなるぐらい考え込んでいた。
きっと、深く傷つけてしまったんじゃないだろうか。
私だって、同じなのに─────────
「ジンが王族の血を引いているのなら、魔王である私となんか関わり合いたくないですよね。」
「それはどうだろう。ジンは自分が王様だからそれがなんだって感じだからね。」
「王位を取り戻す気はないの?」
「全く興味がないらしい。私はジンさえその気になれば全面的に協力するつもりではいるのだけどね。」
この事実が公になるとジンは命をも狙われかねないため、傭兵団の皆んなにも秘密にしているらしい。
パウロさんはなぜ私にわざわざ話してくれたんだろう……
「さて。そろそろ出てきたら?」
パウロさんが視線を向けた柱の影からジンが姿を現した。どうやら私達の後を付けていたようだ。
ためらいながらも私の前までくると、またガバッと頭を下げた。
「モモが魔王だと知らなかったとはいえ、倒そうと魔王城に攻め込んでしまい本当にすまなかった!」
えっ……それを謝っていたの?
てっきり、私が魔王と知って一緒にはいられないことへの謝罪だと思っていた。
「一歩間違えればモモを死なせるところだった。すごく怖い思いをさせたよな?俺のことを気が済むまで殴ってもらってもいいから!」
平謝りのジンに対し、パウロさんは深いため息をついた。
「ジン、私はあの時魔王討伐には反対したよね?魔王とは友好関係を築いた方が良いと。なのに勝手にバーバラとルッキーを連れて出発して。私の話を聞かないからだ。」
ジンから拒絶されたのだと思っていた。
だからもう一緒にはいられないのだと……
ジンにとっては自分が王様だとか私が魔王だとか、そんなものは全然大したことではないのだ。
「モモ頼む……俺の元から去ろうだなんて思わないでくれ。」
大きな体を丸めて許しをこう姿は、まるで捨てられた子犬みたいに見えた。
もう、ジンたら……王様のくせに情けないんだから。
なんだか可笑しくなってきてジンにぴょんと抱きついた。
「もういいよ。だってジンは仲間のためにしたことなんでしょ?私のこともちゃんと守ってくれたし、感謝してるくらいなんだから!」
ジンのことを考えるだけで不思議と心が満たされた。
きっとこの気持ちは─────────
「あの時はありがとう……ジン。」
──────────愛しているという、特別な感情だったんだ………
もう絶対に離れない。
ジンがいやって言っても離してやるもんか……!
「そろそろジンから離れてくれ。そのままじゃ死ぬ。」
パウロさんに言われてジンを見ると、顔色が真っ赤を通り越してどす黒くなっていた。
わわっ、大変だ!
「ごめんジン!私ったら力入りすぎたっ?」
「モモ、そういうのじゃないから落ち着け。大丈夫だから……」
「それは恋の病だよ。キスをしてあげれば治るんじゃないかな?」
「パウロ!おまえは金輪際余計なことを言うな!!」
「私の助言なしに奥手のジンがこの先やっていけるのかい?心配だなあ。」
「うっるさい!女好きのお前の意見など必要ない!」
二人の仲の良さに思わず吹き出してしまった。
─────────私の居場所。
魔界では味わうことのなかった温かな場所が
ここには、ある………




