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ああ、勘違い


「勇者一行、ただいま灼熱の広場を横断中!闇の精鋭部隊は全滅です!」

「勇者一行、鋼の大扉を破壊!正面玄関突破されました!」

「大変です!勇者一行がっ……」



いやいや、待って待って。

なんでこんな事態になってるの?

人間がこの魔王城を突破してくるのは不可能って話だったよね?だから私、嫌々ながらも引き受けたのに……



聞いてないっ……




こんなの全然、聞いてないから──────!!













──────今からさかのぼること一ヶ月前。



「俺はやんねえよ?魔王なんて面倒臭いだけじゃん。」


千年もの長きに渡り魔王の座に君臨していた父が、老衰により崩御(ほうぎょ)した。

後を継ぐのは当然兄のメメシスだと思っていたのに……

呆気にとられる部下達を前に、兄は酒瓶を取り出してグイっと飲み干した。


「ですがメメシス様、魔石の力を引き継げるのは血の繋がりのある者だけであり、今しがた戴冠式(たいかんしき)を終えられたばかりではありませんか。」


父の補佐役を務めてきた大公爵のベルセベトが、困ったように苦言を呈した。

魔王は代々血縁関係のある者へと引き継がれてきた。

それは絶大なる力の源となる“魔王の魔石”が、元の主と同じ血統の者を好むからだ。正統にいけば次は息子である兄の番だ。

でも兄は驚くことを口走った。



「だからそれって、娘でもいいわけだろ?」



─────────はい……?


その場にいた全員が凍りついたように押し黙ると、次の瞬間には末席に座る私のことを一斉に振り返るもんだから心臓が止まるかと思った。いや、止まった。


兄は私に向かってなにかを投げ渡してきた。

ズッシリと黒光りするソレは、今しがた兄が厳かなる式典の中で受け継いだばかりの魔王の魔石だった。



「そういうわけで、今からおまえが魔王な。」



次の魔王を指名する権限は現魔王にある。

けど……こんなキャッチボールみたいに軽々しく受け渡していいわけがない!!

私は立ち上がって上段にいる兄に猛抗議した。


「ちょっとお(にぃ)!私まだ生まれて百年も経ってないのよ?!」


兄は耳の穴をほじくると、指先に付いたデカい耳クソをフッと飛ばした。

私の言うことなどアホくさいとでも思っているのだろう。


兄は常に酒の匂いをプンプンさせていてやることが狂気じみていた。

ツボに良いとか言って針山を転がったり、血の池で泳いで血塗れになったりと全くもって常人には理解し難いことだらけだった。

そんな奴に魔王が務まるのかと心配ではあったが、たくさんいた優秀な兄や姉たちは長い年月の間にひとりまたひとりと死去していき、残されたのはこの兄と私だけになってしまった。

でもあの偉大な父が死の間際に指名したのは兄だ。私じゃない。

それをいとも簡単に譲るだなんて……酔っぱらいの戯言では済まされない。


「ねえ聞いてる?私みたいな小娘に魔王が務まるわけないって言ってんの!!」

「俺みたいな飲兵衛よりおまえみたいな可愛い子の方が仕える側の士気は上がるんじゃね?」


可愛いと言われて思わず口元が緩んでしまった。

いやいや、なにを簡単にその気にさせられてるんだ私は……!


兄は酔いが回った体でフラフラと立ち上がると手から黒い霧を放出させた。



「じゃあな妹。上手くやれよ。」



そう言い残すと霧の彼方へと消えていってしまった。

兄は無慈悲にも、私に魔王の座を押し付けて逃げやがったのだ。






階下で大きな爆発音がして最上階にある魔王の間にまで揺れが伝わってきた。

ススの混じった真っ黒な煙が漂ってくると、部屋にいた長老達もさすがに焦りを隠せなくなってきた。

援軍はまだかとアタフタと指示を飛ばす中、大公爵のベルセベトが冷静な声を響かせた。


「全員落ちつかれよ。勇者達がここへ辿り着くにはラーヴァナのいる部屋を通らねばならぬ。」


そうだった。

今この城の中核を守っているのは10の頭と10対の腕をもち、神にまで戦いを挑むような闘争心バリバリの最恐の悪魔、ラーヴァナだった。

人間ごときに倒せる相手ではない。

安堵の空気が流れる中、部屋に入ってきた部下が私の前に転がるようにひざまづいた。



「ご報告します!ラーヴァナ様敗走!ラーヴァナ様、勇者からの一撃により戦意喪失。ビビって逃走致しました!」


────────なん、だと……?!



これにはベルセベトまでもが青ざめた。

ちょっと待ってよ……他に今回の勇者一行に立ち向かえるような戦力って、この城にあったっけ……?



「……もう、ダメじゃ……」



長老のひとりがそう嘆くと、背中の羽を広げて窓から飛び立っていった。それを皮切りに次から次へと部下達が外へと飛び出していく。

ベルセベトが必死で止めに入ったのだが、気づけば魔王の間には私とベルセベトの二人だけが取り残される状況となってしまった。


はっ……私もこうしちゃいられないっ!


「ベルセベト、私達も逃げよう!」

「なにをおっしゃっているのですか!あなたは悪魔の中の王、魔王なのですよ?!今こそ魔王の魔石の力を使うべきです!」


「そんなの私には無理!!就任してまだたった一ヶ月なんだよ?こんなのやってらんないっ!」


人間側に魔王が亡くなって代替わりした事実は伝わってはいない。父の頃と魔王城の鉄壁な防御体制にはなんら変化はない。

ただただ、今回攻め入ってきた勇者一行がバカみたいにめちゃくちゃ強いのだ。

この五百年間は城の前までは来れても入られたことはないって話だったのに、それをたった一ヶ月で味わう羽目になるとは……

自分の運の無さを呪うしかない。

しかも最上階までこられるのってお初じゃない?

不運すぎて逆に笑えてきた。



ベルセベトが刀剣を引き抜くと、その切っ先を私に向けてきた。

目は血走り、口からは熱い息が漏れていた。


「ちょっとベルセベトどしたの?気でも狂った?」

「計画は早まったが、これは好機かも知れぬ。」


────────えっ、計画?




「私はずっと、魔王の座を狙っていた。」




なんだ、それならそうと早く言ってくれたら良かったのに。

ベルセベトは千年近く父のことを支えてくれた優秀な部下で他からの信頼も厚く、魔法の力も父亡き後は魔界一と言ってもいいほどの実力の持ち主だ。

私や兄よりも適任者であることは間違いない。

最初からベルセべトが次の魔王になれば良かったのだ。

じゃああげるねと腰に下げていた鞄から魔王の魔石を取り出そうとしたら、動くなと首元に切っ先を突きつけられた。



「貴様とは血が繋がっていないのだから魔石を貰うだけでは駄目だ。心臓をえぐり出して生き血を吸う必要がある。」



……うん?

それってつまり……



私を、殺すってこと────────?





ベルセベトの全身からただならぬ殺気が溢れ出た。

ヤバいと感じたその瞬間、刀が伸びてノドを一突きにされそうになったが間一髪で避けた。

避けたというか、腰が抜けてたまたま助かったといった感じだ。

ベルセベトは不機嫌そうに顔を歪ませた。



「無駄な抵抗は寄せ。おまえの兄姉達は皆、私には敵わなかったのだからな。」



なにそれ……

それって、まさか────────────





私には全部で12人の兄と姉がいたらしい。

いたらしいと言うのは、私が産まれる前にほとんどが亡くなっていたから会ったことがないのだ。


思えばあの超優秀だったペペロ兄さんが十年前にマグマ溜りに落下して事故死したのは不自然きまわりないものだった。

確かペペロ兄さんを最後に目撃したのはベルセベトだった。

あの事故はベルセベトが仕組んだってこと……?


「ウソだよね?父はあなたのことを一番信頼していたのよ?」

「魔石の力を自在に操る魔王様にはとても手が出せなかったが、おまえやネネシスなら魔王になったところで、とても使いこなせやしないだろうと踏んでいた。」


だから優秀だった兄姉達は亡き者にし、小娘の私と酒飲みで出来損ないの兄だけを生かしていたのだと言う……


生きた心臓が、必要だったから────────




「きゃあ!!」


ベルセベトは私のお腹を思いっきり蹴り飛ばした。

痛さで床に倒れ込んだ私の髪を掴みあげると、首筋に刀を当てた。

ヒヤリとする冷たい感触に、恐怖で体が硬直した。



「私が魔王になったら境目など無くして、人間どもを思う存分……蹂躙(じゅうりん)するのだ。」



境目とは魔界と人間界を隔てる結界だ。無くしたりなんかしたら大変なことになる。


こいつ………狂ってるっ────────!



皮膚が切れる鋭い痛みが走ったと同時に、ベルセべトの後ろにあった壁が轟音とともに吹き飛んだ。


崩れ落ちる壁の中から3mはあろうかという巨体がゆっくりと現れた。

乱れた長い髪と無精髭で毛むくじゃらな顔から覗く目玉は、バッキバキに見開いて異様な光を放っていた。鍛え上げられた鋼のような体は血と煙で赤黒く染まり、憎悪の臭気ががえげつないほどに立ち上っていた。

魔界広しと言えども見ただけで肝が縮み上がるような者には出会ったことがない……とんでもない化け物だっ!


まさか……これが勇者?

勇者ってもっとこう、爽やかなイケメンがなるもんなんじゃないの?

思ってたんと違─────────う!!


そもそもこれは人間なのかと見上げていたら目が合ってしまった。

その冷たく突き刺すような眼力に、一瞬で全身の血の気が引いた。




「ジンさんダメですよ、ちゃんと扉から入らないと。」




勇者の後ろから小動物のような可愛らしい顔をした少年がひょこっと現れた。


「ちょっとジン!先々行かないでって言ってるでしょ?!全くもうっ!」


そのまた後ろから現れたのは、たわわな胸が今にも零れそうな衣装に身を包んだセクシーなお姉さんだった。

お姉さんは私に目線を落とすと、あらっと声を上げた。



「この女の子が魔王なの?」



いつの間にかベルセベトがいなくなり、魔王の間には私だけが取り残されていた。

ベルセベトの脅威から逃れたと思ったら今度は勇者一行に囲まれてしまった。

どっちにしろ私はここで死ぬ運命なのだ。

なんでこんなことに……もう、泣きそうだ。



「こいつは違う。今、魔王に襲われていた。」



勇者が驚くような勘違いをした。

どうやらベルセベトの方を魔王だと思ったようだ。魔王は年相応の男だという固定観念があるのだろう……



「それにこいつは人間だ。無理やり連れてこられたんだろう。」




──────────はっ?人間??


確かに私には悪魔の特徴である角や羽や尻尾がない。

悪魔の多くは体毛が濃く、獣のような見た目をした者が多いが、私は普段は人間とそう姿形が変わらない。

それは父より母に似て生まれたからだ。


母は堕天使(だてんし)だった。



堕天使とは天使の身でありながら天界を追放された、元は天使である悪魔のことだ。

(あるじ)なる神の被造物でありながら神の意に反したことで罰せられ、天界から堕落(だらく)されてしまったのだ。



「ねえ、あれって魔王じゃない?」



少年が窓の外を指差した先には黒い点が微かに見えた。


「バーバラ。筋肉強化、MAXで頼む。」

「あいよ!私はもう限界だから一発で頼むわよ〜!」


勇者が窓の縁に飛び乗って刀剣を構えると、お姉さんは腕を振り回して特大の強化魔法をかけた。

すると勇者の体の筋肉が一気に膨れ上がり、いまでもムキムキなのに、さらにムッキムキな超巨漢へと変貌した。

その体で刀剣を豪快に振り下ろすと、放たれた風圧が天地をも切り裂く速度で遠く離れたベルセベトを真っ二つにした。


凄いなんてもんじゃない……


逃げていたらあれを喰らっていたのは私だ……



頭から真っ二つになって臓物が飛び散った自分を想像したら、目眩がしてきて意識が遠のいていった。





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