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迫りくる兆候

 私だってママのことが知りたくて地球について勉強したことがあるけど「モーセ」なんて聞いたことがない。それ以前に彼の奇妙な文言を真に受けちゃいけない気がしてならない。

だってこの人、なんか胡散臭いだもん。

それがこの少ない時間で感じたママやおじいちゃんと同郷だというがんもへの印象だった。

 それが顔に出ていたのかもしれない。がんもは大声で笑いながら私に人生の先輩風を吹かせまくってきた。

「そうだぜ。人の顔はよく見ておいた方がいい。相手のも、自分のもな。なんたって人生、何が起きても結局は自己責任だからよ」

……その意味深な言い回しはまるで、さっきの文言が「彼ら」がこのネコ缶に閉じ込められてもアンドロイドを造り続け、各派閥の発展に協力的な理由だと言っているようにも聞こえた。

「もしかして、がんもさんもおじいちゃんも、本当は岬側の人間だったりするんですか?」

私は不用意に尋ねた。そうしても大丈夫な気がして。

 だけど私の予想に反して、それを聞いたがんもの笑みは「君はもっと賢い子だと思ったんだけどな」というセリフを織り交ぜながらゆっくりと殺気立っていく。

「もしもそうだとしたらどうするんだい?君は俺を見逃すつもりでいるんだろうけど、それで俺が君を見逃す理由になるとでも?ここは俺の工場で、俺はここの王様なんだぜ?」

彼が得意げに端末のボタンを一つ押すと、喫煙室の扉をギシギシと鳴らし二体のアンドロイドが無言で入ってきた。

 二体の顔つきは、ツインテールではないもののモリサと似た雰囲気を感じさせた。サラサラな金髪はそのまんまだし、顔立ちは彼女を少し大人にしたような感じ。

「多分、君とその式神くんなら問題なく倒せるだろうね。でもさっきも言ったようにここは俺の工場で、俺はここの支配者だから。『おかわり』はいくらでも用意できる。さあ、君は自分の犯した間違いにどう責任を取るのかな?」

そうやって私を追い詰めてから仲間に加わるか、死ぬかの二択を持ちかける。ありきたりなやり方だ。

ママなら相手に選択肢を与えたりなんかしない。ひたすらに追い詰める。相手が救いを求める声を上げてもなお、味がしなくなるまで噛み続ける。

そういう意味では彼が可愛く見えたし、本気じゃないんだろうなと思える根拠にもなった。

 逆に、それを否定するように碧眼の二体は無表情のまま銃を構え、ジリジリと詰め寄ってくる。出入口は一つしかなく、二体が塞いでいる。一応、絶体絶命のピンチではあるんだけど……

ギシギシ。がんもが端末をいじるでもなく、なぜか「おかわり」はやって来た。その「おかわり」は中の様子を見てポカンと口を開けると、彼女にしては珍しく間の抜けた声がこぼれ出た。

「……お姉ちゃんたち、何してるの?」

先の二体は自分たちに似た容姿の金髪ツインテールに「お姉ちゃん」と呼ばれ顔を見合わせると、次いで自分たちの王様に視線を移し、早くも彼の政権崩壊を宣告した。

「お前にしては珍しい不手際だな、がんも」

 つかの王様は「いやあ、たった今思いついたもんだからさ」とチタンの頭をペシペシと叩き、二人は銃を下ろして私たちに謝罪した。

「コイツはこれでも本当にこの工場の最高権限を持っているんだ。工場内では原則、この男の命令に背けない事情がある。察してもらえると助かるのだが」

始めから、なんとなくそんな気がしてた。

「どこにでもいますよね。部下の迷惑を考えない上司って」

私は気にしてないことを伝え、二人は森田さん似の丁寧なお辞儀で返す。その遣り取りを見てようやく事態を把握した妹は、姉二人をオモチャにされ、不本意とはいえ、主人から任された護衛対象に失礼を働いたがんもへの怒りを遠回しに訴えた。

「前々から思ってたんだけど、アンタ、友だちいないわけ?」

「そうなんだよ。たとえ100年以上生きてたって本当に気の合う奴ってのには巡り合えないんだ。ホント人生ってのは恐いよな」

「どうして私に同意を求めるんですか」

「へえ、じゃあワコちゃんにはいるのかい?何もかも曝け出せる最高の親友ってやつがさ」

もちろんいるに決まってる。だけどわざわざ答えるつもりもない。それに、「ワコちゃん」なんて気安く呼ばないでほしい。

……それはさておき、彼の言葉を聞いて私は何か喉に引っかかるものを感じた。何か、大事なことを忘れているような……

「ちょっと、いい加減にしないと大奥様に言いつけるわよ?!」

「おっと、そりゃあ良くないな。アイツら妖怪は人生の次に敵に回したくない奴らだからな」

がんもの無礼極まりない言いぐさにモリサはキレ散らかし、私はそれを私がした質問の「答え」として受け取った。

 別に私は世界事情の中心になりたい主人公願望がある訳でもないし、ここで揉め事を起こす気もない。だからこれ以上彼を追い詰めるつもりもなかったのに、がんもは未だに悪戯気分で「さぁ、続きをどうぞ」なんて空気の読めないことをしてくれるから困ってしまう。

それに、いくらこの工場の最高権力を持っていたって派閥の裏切者だってわかった時点でそんなの関係なくなるのに。

「結構です。十分、人生経験になりましたから」

「へえ、なんだろうな。今後の参考のためにも是非とも聞かせてくれよ」

もちろん私は彼の挑発に取り合わなかった。そもそもママで鍛えられてる私が、彼の企みにハマるはずがないのに。

それでも凸凹頭は私の返しを待ちつつ「次はどんな嫌がらせをしてやろうか」と厭らしい笑みを浮かべるから、私は警告の意味も込めてその笑顔を真似ながら答えてやった。

「喫煙所には逃げ場がないってことですよ」

すると彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見せたかと思いきや、次の瞬間にはまた大声で笑いだした。

「アッハッハッハッ!いいね、それ。気に入ったよ!」

……失敗した。どうして私は彼に気に入られるような返事をしてしまったんだろう?

後悔先に立たず。これで今後、何かある度に彼が絡んでくるようになってしまった。そういう意味では見事、罠にハマってしまったと言えるのかもしれない。


 私とがんもの話が取り敢えず峠を越えたと見たモリサは姉二人に向き直り、最初の質問を繰り返した。

「ところでお姉ちゃんたちはどうしてここにいるの?今って巡回の時間じゃないの?」

「どうしてって、お前の穴埋めだよ。明日から私たちは大奥様の身の回りのお世話をすることになったからな。家事スキルを習得するために来たのさ」

「そ、そっか……」

それもそうだ。人がひとり欠けたなら、当然それを誰かが補わなきゃならない。それが重要な役割であるならなおさら。だけどモリサはその可能性を敢えて頭から追い出していたのかもしれない。

 そうでもしないと「厄介払いされた」なんて妄想に駆られてしまうから。あの人に限ってそれはないと頭ではわかっていても。

そんな彼女の心境を察した二人は溜め息を吐きながら彼女の肩を叩いた。

「モリサ、私たちは『二人』でお仕えする。それがどういうことかわからないか?」

「え?」

「お前はそれだけ大奥様に信頼されていたということだよ」

そもそも50人、60人が住んでも余裕のあるあの大屋敷を一人で管理する方がどうかしてる。だけど森田さんはそれをモリサだけに任せていた。それが二人の言う確固たる「信頼」の証というやつだった。

それに気づかされたモリサは知らず知らず涙目になり、悪い方に捉えて落ち込んでいたことを二人に謝り出した。

「私たちも掃除や炊事よりもパトロールの方が性に合っている。お前が一日でも早く無事に帰ってくることを願っているよ」

「うん、アタシ頑張るよ!」

二人の姉は妹を元気づける方法をよく心得ていた。鼠派ではアンドロイドの間でも「家族」という絆が深く根付いているのかもしれない。森田さんの見守る土地で生まれ育った彼女たちだからこそ。

私はそんな彼女たちがやっぱり羨ましく思えた。


 モリサのアップデートも終え、いざ地上に帰ろうと工場を後にすると、そこに見覚えのある一つの箱が待ち構えていた。

「お帰りなさい、和子巡査」

ここに着いてからゆうに6時間は経っている。地下に潜る前は夕方だったから今はド深夜のはず。なのに彼女はまだここにいたのだ。

「ヘラクレスちゃんっていつ休んでるの?」

私は夜型だから平気だけど、彼女みたいなお嬢様タイプが起きていていい時間帯じゃない。

 そんな私の妄想を、6時間前にした口喧嘩への皮肉を込めてか、彼女はいつもの笑顔できっぱりと否定した。

「私は冷却装置さえ十分に働いていれば休息自体不要なんですよ?」

「休みたいとも思わないの?」

それも「アンドロイドだから」と冷たく返されるのかと思ったのに。彼女は唐突に「少女が大気圏で体を焼かれる」という特殊な資料映像を見たと言い訳をしたあのアンニュイな目を私に向けてきた。

「和子巡査、私は技術部の皆さんのお陰で半永久的に連続稼働することができます。それでも皆さんが眠りに就く時はいやおうでも休息を取らなければなりません。このエレベーターの中で。私はその時間がひどく、億劫おっくうなのです」

その言葉が、5年以上付き合ってきた私に一つの気づきを与えた。

 その笑顔が必要とされない時、箱の中で独り佇み、狂おしいほどに祈っている彼女の姿が見えた。目の前の扉が開く瞬間を今か、今かと見つめ続ける彼女が。

そうしてやって来た私たちを少しでも長く引き留められるように、彼女は懸命に笑い続けていたんだ。

そんな気づきを。



――――その上、私の脳裏にはもう一つの姿が薄っすらとよみがえった。

夜空に浮かぶ星たちを掴もうと手を伸ばす少女が。炎にそそのかされ、次第に炎の笑い声が乗り移っていく友だちの姿が。



「ワコ、ちょっとワコ、大丈夫?!」

「え?う、うん……」

私は立ったまま、気を失っていた。

「本当に?ひどい汗よ?」

モリサに言われ額に手を当ててみると確かにべっとりと嫌な汗をかき、頭もまだボンヤリとしていた。

「巡査、申し訳ありません。私の返答が巡査をご不快にさせてしまったようです」

「……」

改めて言うまでもなく、エレベーターガール「ヘ型一号機」はとても魅力的な女の子だ。彼女の笑顔が世界中のモニターに映ればそれだけで犯罪は撲滅できると確信できるくらい。

だけど、さっきのは……


――――報復しろ、それで対等だ


女の顔は醜くただれ、それでも不気味に笑っていた。私たちを虜にするほどに。

「以後気をつけると共に、ビルフォルト技術長に会話システムをチェックしてもらいますので、どうか廃棄申請はご容赦ください」

瞬きをするとそこに猫派の天使がいて、ありもしない絞首台を前にして怯えていた。

「あ、いやいやゴメン!昨日から全然寝てないからさ。ちょっと眩暈めまいがしただけ。ホント、それだけだから!ヘラクレスちゃんのせいじゃないよ!」

焦ってするフォローは、病人が言う「大丈夫」と同じくらい信憑性がない。

だけど私にはこんな時こそ手を差し伸べてくれるお助けマンがいる。どんな無理難題も一緒になって解決してくれる私だけの保護者(ヒーロー)が。

「ヘラクレスよ、お前もまだまだだな。どんな状況においても洞察力を働かせるのが一流というものだ」

「……すみません、ミスターパンタグラフ。私には何も……」

パンダはこれ見よがしに溜め息を吐き、講釈こうしゃくを垂れ始め……

「いいか、人間とアンドロイドは同じ時を生きていない。この10年がお前にとってネジ一つ交換する必要のない不動の時間だったとしても、人間にとってはブラのサイズもアルコールの摂取量も大きく変わる発育から老衰までノンストップのジェットコースターだ。どんなにケアをしてやっても少しずつ垂れ、若い女を妬みやすくなる。そう、コイツはもう―――ブヘッ!」

私は思い切り肉だるまの頭をドツいた。

「誰がババアだ!」

ドツいた衝撃で腹が波打ち、バスケットボールのように何度か跳ねた。

ムカつくことに、それでもこのデブにダメージはない。衝撃を逃がすとヒラリと着地し、太々しい視線をくれ、お決まりの文句で私を黙らせるのだ。

「なんだ、違ったのか?ここ数年は毎日、朝の歯磨きから夜のお着替えまで世話させられていたからな。てっきり俺は介護をさせられているのかと思っていたんだが?」

「ぐっ……」

口喧嘩になればいつだってこれを言われて手も足も出なくなるから、その度に「いいわよ、明日から自分一人でやるわよ!」って言い返すんだけど……

気づけばその遣り取りを繰り返して5年が経ってる。

視界の端に映るモリサが「それ、マジ…?」みたいな顔をしてるけど、もはやどう取りつくろえばいいのかもわからない。

「ふふふ」

だけど、振り返れば私の天使は笑っていた。

なら、今回はその笑顔ですべてを水に流そうじゃないか。天使の前で醜い争いをすることほど愚かなことはないんだから。

私は自分に言い聞かせ、モリサとパンダにもこれ以上の追及を禁じた。


 その後、「眠ってない」という言い訳の筋を通す意味と地上に戻ればまた岬に狙われるかもしれないという理由で、私たちはエレベーター内で数時間の仮眠を取ることにした。

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