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天才たちの行方

 歩くこと数十分、初めこそ「嫌々なんだ」という姿勢を貫こうと黙って先導していたモリサだけど、私とパンダが勝手に鼠の町並みを堪能していると我慢できなくなった彼女は金髪ツインテールらしく自分の住む町を自慢し始めた。そして……

「あれ?」

「……そ、そうよ」

私がそれを指さすとモリサは恥ずかしげに視線を逸らしながら頷いた。鼠派の最先端技術を誇る工場、それはトタンで覆われたなんとも趣深い場所だった。

中へお邪魔しても「趣深さ」さんはモリサの気恥ずかしさを無視して朗々と自己紹介をし続けた。


床は油汚れで黒ずみまくり~、けれどもそこらを走る配線で隠れて無問題モウマンタイ~♪

工具はどこかに落ちている~、欲しけりゃ自力で探せ、それが今日のお仕事だ~♪

導線など必要ないよ~、俺らはバケツリレーが好きなんだぜ~♪


そんな感じで人も物も溢れ返っていた。

こんな5Sをこうから無視をかます作業環境の中で、全ての作業の終着点のクリーンルームだけが唯一の聖域かのように煌々と輝きを放っている。

「こんな所でよくモリサちゃんレベルのアンドロイドが造れるね」

これが普通じゃないってことは鼠の領地から出たことのないモリサでも知っているようで、顔を赤くし、唇を噛んで黙り込んでしまった。

「『こんな所』とはご挨拶だな。よそ者さん」

 背後からかけられた声に促されて振り返るとそこに、いびつに変形した坊主頭と両手が義手の作業員が立っていた。彼の姿を認めるなりモリサは「げっ」と心の声を漏らし、苦い顔をしながら一歩後退った。なるほどどうやら厄介な人らしい。

 タバコ休憩で喫煙室に向かう途中だと言う彼は、喉のど真ん中に開けた専用の吸引口にタバコのフィルター部分を差し、ニヤニヤとモリサを見下ろした。

「まったくお前って奴は、毎回毎回そんな目で俺を見るなよ。さすがの俺でも傷つくぜ?」

「そんなの知ったことじゃないわ。自業自得でしょ?」

「なんだよ。この前だってお前がオシャレしたいなんて言うからヒラヒラの可愛い強化スーツを提案してやったのに秒で蹴りやがって」

「あんなバカみたいな恰好で大奥様の前に立てる訳ないでしょ!?なにが魔女っ子よ、バカじゃない!?」

事情はよくわからないけど、少なくともモリサの容姿と性格がアレな理由がわかったような気がした。


 モリサの罵倒もケロっと受け流し「暇だからお喋りしよう」と喫煙室に促す彼について行くと、中に入るなりモリサは彼に尋ねた。

「…オーリス主任はいる?」

「ああ、アイツももうすぐここに来ると思うぜ。それよりそちらの猫ちゃんたちは例の森田の所のお客さんかい?だったらちりめんのお爺のことも知ってるよな?」

「え、おじいちゃんのこと知ってるの?」

 ちりめんは猫派の技術長のニックネーム。髪の毛がちりめんじゃこみたいに白くてチリチリしてるから。ちなみに犬派にも髪をかき上げてばかりいるから「かきあげ」。鼠派にはがんもどきみたいに凸凹な坊主頭だから……

「もしかして、アナタ」

「お、俺のことを知ってるのかい?それは光栄だね。どうも初めまして、鼠派の技術長をしているガーブリル・ノルニル。まあ、気軽にがんもって呼んでよ」

がんも、ママたちと一緒に地球という星からやって来た宇宙人。おじいちゃんの数少ない同郷の同僚。……だからなのかもしれない。

「なんて言うか、どことなく雰囲気がおじいちゃんに似てますね」

剽軽ひょうきんなところとか、それでいて穏やかなところとか。

「ハハッ、そうかい?まあ、そうかもね。若い頃あのジイさんの下でしこたま叩き込まれてたから知らず知らず似ちゃったのかもね。そう考えると感慨深いものがあるな。『恋愛の一つもまともにできねえノータリンにこの子たちの何が分かる!』とかなんとか言って頭をレンチで殴られてたんだぜ?」

だから頭が凸凹してるんだ……

「…頭蓋骨が無事で良かったですね」

「いやいや。ああ見えてあのジイさん、かなり力があるんだぜ?それでもってボコスカ殴るもんだからカルシウムでできた骨なんか穴だらけ。とっくにバイバイしちまったよ。今はこの通りのチタン製さ。な?イカすだろ?」

がんもは誇らしげに頭をコツコツと叩いて硬質的な音を響かせてみせた。

「仲、悪かったんですか?」

「仲?いいや、俺は好きだよ。面白いオッサンだし。でもあの人は俺の作るものをあんまり認めちゃくれなかったよ。人間味がないとかかんとか言ってね」

「でも認められたものもあるんですよね?」

するとがんもは急にいやらしい笑みを浮かべ、私のことをジロジロと眺め始めた。

「へえ、君、なかなか会話が上手だね。さすがはきり江ちゃんの子ってところかな」

「ど、どうも……」

なんでだろう。森田さんの時とは別の意味でその言葉を喜べない自分がいる。顔が気に喰わないから?それとも、そもそも生理的に受け付けないから?

そんなことを考えていると、ふいに建付けの悪い喫煙室の扉がギシギシときしんだ。

「お、言ってる間に尋ね人が来たみたいだぜ?」

 扉を開けた赤髪の女性はヘッドギアを着けたまま、ブツブツと苛立たし気に独り言を呟きながら入ってきた。

「オ、オーリス主任……」

モリサの声のトーンが急に落ちた。どうやらかなり神経質な人らしく、がんもの時とは打って変わって気を遣っているのがよくわかる。

「あ?ああ、モリサじゃないか。どうした、オーバーホールはまだ先だろ?故障か?」

外部カメラでも付いているのか。オーリスはヘッドギアを着けたままモリサを見やり、タバコに火を点けた。

「私、大奥様の要望でこちらの方々の護衛をすることになって。それでもし時間があれば戦闘面での強化をして頂けないかと……」

モリサの話を黙って聞く彼女は唇の端で噛み潰すようにタバコを咥え、そのままの体勢からピクリとも動かない。そうして口で吸って鼻から煙を吐き出す姿から、なるほどこれは気難しそうだというのが伝わってきた。

「予算は?」

声色は厳しく、明らかにタイミングが悪いように見える。

「えっと…、大奥様からはこれだけ受け取っています」

けれど、モリサがおずおずと手首の内蔵モニターに表示された数字を見せ、彼女が――やはりヘッドギアを着けたまま――それを覗き込むと、引きつった唇がようやく少しだけ緩んだ。

「いいよ。休憩後に準備してあげるから放送が入ったら四番に入りなさい」

「は、はい!」

「なんだよ、俺がいじくると怒るくせにオーリスのはいいのかよ」

それが彼の日常的なジョークかと思いきや。それを聞くや否や、オーリスは技術長をギロリと睨みつけた。……見えないけど、そんな雰囲気だった。

「がんも、アンタのそのお遊びのせいでどんだけこっちに負担がかかってるかわかってるかい?もう来月の仕入れまで部品がカツカツなんだよ」

「へえ、そうなんだ。皆大変だねえ。その点、俺ってばこう見えて結構家庭的なところがあってよ、冷蔵庫の中のありものでパパッと料理人顔負けの一皿が作れちゃうわけよ。どう、凄くね?」

がんもは肺に溜めた煙をゆっくりと吐き出し、自信満々に地雷を踏んでみせた。

それを予想していたモリサは二人に挨拶もせず私たちの腕を引っ掴み、脱兎のごとく喫煙室から飛び出した。

「ちょ、ちょっとなに、どうしたの――」

彼女を問いただすよりも早く、それは爆発した。

「テメエのその女々しい脳みそ一遍ぶちまけてやろうかッ!?」

目の錯覚か。怒鳴り声で喫煙室が揺れたように見えた。


 喫煙室から50mくらい離れてるっていうのに、オーリスの罵詈雑言はさながら構内放送のように工場内に響き渡った。それを聞く作業員たちは「また始まったよ」と溜め息か苦笑いを浮かべている。

「あの二人、そんなに仲悪いの?」

それとも単にがんもが厄介者なのか。

「がんもはあの通り好き放題するもんだから。副長のオーリス主任がいつもアイツの尻拭いをしてるの」

「それでよく工場が成り立ってるね」

「そろそろ副長に殺されるんじゃないかって皆言ってるよ」

ところが残念。モリサはまだ若いからわかないだろうけど、そういう人に限って誰よりも長く生き残るものなんだよ。

「でもモリサを造った人なんでしょ?」

「え?う、うん」

「じゃあ、あの人も家族なんだよね?」

「……やめてよね。そう言えばなんでも許されるってものでもないでしょ?」

口では言いつつも、鼠派のアンドロイドは「家族」という言葉にまんざらでもないような顔をしていた。


 喫煙室の構内放送が止んでからしばらく経ち、モリサと工場内を見学しているとほどなくして彼女を誘導する本物の構内放送が流れた。

「じゃ、じゃあ、行ってくるね……」

「肩に力が入ってるよ」

「う、うるさいわね。そんなことないわよ!」

モリサはテスト前の受験生みたくガチガチに固まった背中を見せながら去っていった。

「……さて」

「まだアイツに何か用があるのか?」

さすがは保護者様。私の考えはまるっとお見通しらしい。

パンダに見透かされながらも、私は改めて喫煙室を訪ねた。

「よお、また来たのかい?」

 思った通り、彼はまだそこにいた。タバコ片手に端末で作業をしている。

「ここの作業ってかなり自由が利くんですね」

「ははは、別にサボっちゃいないよ。さっきオーリスに事務作業を山ほど押し付けられてさ。今はそれを処理してるとこ」

そうは言うけれど、タバコを吹かし、鼻歌交じりに端末をいじる姿はどう見ても「山ほど」という大変さを感じさせなかった。その上、やって来た私たちと雑談を初めて数分と経たない内に「よし、終わり~」なんて言うものだからもう冗談にしか聞こえない。

「ウソじゃないさ。逆にこれくらいのことができないようじゃあ技術長は務まらないよ」

だったら初めから手を貸してあげればいいのに、なぜわざわざオーリスのストレズを爆発させるようなことをするのか。そう聞くと、がんもはカラカラと笑った。

「アイツらには俺がちりめんの下でヒイヒイ言ってた10分の1でも苦労してもらわないと、なんか割に合わないだろ?」

「あれで10分の1なんですか?」

私にはオーリスの構内放送が、モリサの言うように「真に迫っている」感じがした。

「あんなもんじゃないよ、あの暴力ジジイの下で勉強するってのは」

「それもいまいち信用できないんですよね。あんなに優しいのに」

するとがんもは「思ったより甘っちょろいんだな」と言い、話は妙な方向へと進みだした。

「世界が君の努力や希望を絶やさないよう全てを曝け出さないように。人は皆、一枚や二枚、何かしら目的を持って化けの皮を被るもんなんだよ」

それはどこか「僕も本当は良い人で、皆を育てるために嫌われ役を演じているんだよ」と言い訳をしているようにも聞こえた。

「つい最近なんか、ジイさんが設計した『ヘ型一号機』。あの図面を見せられた時はジイさんのことを妖怪だと思ったもんね」

……微妙に言ってる意味がわからなかったけれど、単純に彼女が話題に挙がったことに私は興味を持ち、「そんなに凄いんですか?」と聞いてみると、彼はさっきとは違う意味で厭らしい顔を私に向けてきた。

「……そりゃあどっちのことを言ってるんだ?ジイさん?それともヘラクレスちゃん?」

それがあまりに露骨な誘導尋問だったから。敢えてそれに乗ってやると彼は「話がわかるね」といった風に笑い、天を仰ぎながら急に魔術師気分で呪文を唱え始めた。

「故郷を追われ仮初の繁栄に身を委ねた憐れな亡命者たちよ、いつかあの子はお前たちにとってのモーセとなるだろう」

……何を言っているの?私には「モーセ」が何なのかわからないし、脈絡みゃくらくのない演出をする彼に鳥肌が立った。

 やっぱり彼はレンチで頭を殴られ過ぎたんだ。脳みそがハンバーグみたいにこねくり回されて物事の分別がつかなくなっちゃったんだ。そう思うことにした。

※5S

「整理、整頓、清掃、清潔、躾」の頭文字を取った、工場における基本的なルールの一つです。

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