白い母
「和子巡査、目を覚ましてください」
……ああ、ついに私のところにも来たんだ。
目が覚めた時、もしもそこに絵に描いたような天使が温かく微笑んでいたら、人は理由もなく涙を流すものだ。
頬を伝う冷たさが、生前の、後悔で胸を掻きむしりたくなるような罪から道徳の授業にさえ上がらないような悪戯までを静かに読み上げる。来世は良い子であるようにと、いつまでも頬を濡らし続ける。
たった一言、「ごめんなさい」という言葉だけが彼女に捧げる唯一の挨拶だと気づくのだ。
そんな体験をした
ところが「しっかりしてください。私です、わかりますか?」「……ヘラクレスちゃん?……!?」もしもそれが知人だと気づいたなら、頬を伝うそれは途端にほかほかのオネショのような臭いを放ち始め、神妙な面持ちで並べ立てた罪たちは肩を組み、プラカードを掲げながら「恥」を高らかに合唱し始める。
……そんな体験をした。
「ど、どうして?アタシ、大杉たちに突き落とされて…それで……」
急に泣き出し「ごめんなさい」なんて口走ってしまったとはいえ、そこで止められたことはせめてもの救いだった。
もしも雰囲気に流されて彼女には関係ない罪状をあれこれ口走っていようものなら、きっと私は自分の手で天使に会いにいっていただろう。
「落ち着いてください。ほら、深呼吸して」
いつも思う。どうして世の中には理屈っぽい法律しかないんだろうって。たとえそれが理に適ってなくても、何かしら凶器を持ってる人は相応のペナルティを課すべきだと。
唯一、この美しい天使にも適用されるであろう罪で私は密かに彼女を罵った。
そんな言いがかりをつけられているとは露知らず、天使ちゃんは困惑している私のために一から状況を説明してくれた。大杉たちが私を迎えに来たこと。猫型ロボットの急襲で逃げてきたこと。
「そして、ここは巡査が飛び込んだマンホールと繋がる鼠派の隠しエレベーターです」
「エレベーター?」
彼女に言われてようやく今いるこの純和風な空間がゆっくりと動いていることに気がついた。
箱が方向転換する時、天井から吊るされた竹と和紙製の照明がゆっくりと傾く。次に、箱に設置された計器を見ると時速60kmを指している。
一般的な操縦士の快適な運行速度が時速10kmに対し、この速度でこの安定感はさすがはヘラクレスちゃんといったところ。
それはさて置き「だとしたらますますなんでこんな所にいるの?もしかして、また捕まっちゃったの?っていうか大杉たちは?」私が聞くと、彼女は相変わらずの笑顔でゆっくりと答えた。
「ふふ、ご心配ありがとうございます。ですがこれはきり江様からのご指示で、捕まってる訳ではありませんよ。そして大杉さんと小杉さんはあちらにいらっしゃいます」
しなやかな指に促され、箱の中に設けられた漆塗りの電話ボックスへと目を向けると、白く小さな背中をさらに丸めて電話の相手にヘコヘコと頭を下げている二人の姿があった。
前々から思ってたことだけど、ヘラクレスちゃんは少し無防備過ぎる。
これに関してはママの裁量にも疑問を覚えるけれど。つい先日、というか昨晩、岬の構成員だという鼠に拉致されたばかりだっていうのに、どうしてこの二人を前にそれだけリラックスしていられるのかわからない。
大杉たちに関しても、本当に岬と無関係だって保証はどこにもないのに。
「アイツらに何もされなかった?」
「ええ、お二人ともとても紳士な方ですから。巡査が心配されているようなことは何もありませんでしたよ」
そんなことを言い始めたら私だってマンホールに落とされて気絶してる時点で無防備だと言い返されてもしょうがないけど。だけど私は、ヘラクレスちゃんにはもっと自覚を持ってほしい。
「巡査、迷惑をおかけしている身でこんなことを言うのはおかしいと重々承知しております。ですが、どうか私のことはお気になさらないでください。私に利用価値があったのは兵器であった10年前のこと。今はどんな優れた技師にイジられたところでエレベーターガール以上の力はないのですから」
「だけど、狙われてるのは事実でしょ?ママたちも連中を釣るためにわざと情報開示してないし、連中は今でもヘラクレスちゃんを兵器だと思ってるんだよ?」
「それが巡査と同じ警察署で働く者の役割だと言うのなら、私は喜んで従います」
これだからアンドロイドは。
「どうせ、そうやって自分の身を犠牲にしても心配する人なんていないと思ってるんでしょ?」
もちろんヘラクレスちゃんはそこいらのアンドロイドとは違って相手の意図を安易に解釈しない。きちんと理解してる。こちらをバカにするような返答を避ける賢さだってある。
それなのに、彼女は自分が「アンドロイド」であることを頑として曲げないのだ。
「どうして?ヘラクレスちゃんは自分のことが嫌いなの?」
「……巡査、巡査は私が機械だから自分の命を粗末にしているとお考えなのかもしれません。ですが、私にも護りたいものがあるとしたらどうでしょう?それがたとえ間違ったやり方だとしても、今の貴方が意味のない問答に執着されているように、私も意味のない執着心で貴方がたの役に立ちたいと思うのはおかしなことでしょうか?」
もしかしたら彼女は怒っているのかもしれない。気がづけば、空を見上げて憂えていたあの目が私に向けられていた。
「巡査、私にも心はあるのです」
それはどこか、ママと同じように誰にも明かせない何かと闘っているのだと訴えているよう見えた。
大杉と小杉は私がヘラクレスちゃんを問い詰めるよりも前から電話ボックスから出ていて、入るに入れない空気を前におろおろしているのが横目に見えたけど、私は敢えて構わなかった。
そうして彼女が自分の想いを吐き出し、できた沈黙。
それに堪えきれなかった大杉はついに勇気を持って切り出した。
「先程は大変失礼を致しました」
二人は私を置き去りにしたことに対し、土下座をして丁寧に詫びた。だけどその様子はどこか、私とヘラクレスちゃんとの和解を促しているようにも見えた。
「それはもういいよ。それよりこれって直接森田さんの所に向かってるの?」
私はまた無視した。
そんなに簡単に謝りたくなかったし、もう少し考える時間が欲しかった。謝るにしても、仲直りをするにしても、今じゃないと思ったから。
「ええ、ヘラクレス様はそのように仰っていたと思いますが。どこぞ他に用がございましたか?」
「ううん、用ってほどのことでもないんだ。ただ、もし良かったら技術部に立ち寄ってみたいなって思っただけ」
ママやそれぞれの派閥のトップと同じように、技術部にも一人ずつ地球人の生き残りがいる。彼らはママたちみたくマタタビの放射線への耐性はなく、自分の体を改造することでこの星の環境に馴染んだ。
そして、今のネコ缶に根付くアンドロイド技術もクローン技術も、何から何まで彼らがもたらしたもの。
ママたち派閥のトップが私たちクローンの源たる「遺伝子の親」だとするなら、彼らは私たちに生活をもたらしてくれた「文明の親」。
そんな人たちが今の私たちをどんな風に思っているのか、前々から気になっていた。ただ、それだけ。
そう言うと二人は「母上様の許可が頂けたなら」という条件付きで案内を承諾してくれた。
当たり前だけど、地下生活を送る鼠派には日光がない。そのせいもあって、一次産業は猫や犬ほどの能率はなく、生活も「貧しい」という部類に入る。授業ではそんな風に習った。
確かに豊かとは言えないかもしれない。だけど、同じ言葉でも生活と心は必ずしも一致するものじゃないんだという証明がそこにあった。
領土に点々と設けられた人工太陽は日光にはほど遠く、地面に届く光と影の轍はどちらもぼんやりとして陰湿な印象を覚える。ところが、エレベーターから見下ろす町並みは猫派のそれと遜色なく、賑わっている。それどころか、この町の方が遥かに「大人びて」見えた。
碁盤の目に並んだ店や家々が灯す明かりも地上の人間からすれば十分とは言い難い。だけどそこから聞こえる軽快な包丁や機の音、疲れを吹き飛ばすウナギや檜の匂いはとても魅力的だったのだ。
行き交う人たちの穏やかな足取りと活気のある表情から聞こえてくるのは紛れもなく「幸せ」の歌だった。
エレベーターから見える町の様子はどこか映画染みて見え、知らず知らず感想まで漏らしていた。
「悔しいけど、見ててなんか羨ましく思えてきちゃった」
「それもこれも母上様のお陰でございます」
母上様……。猫派だって、産まれてからまったく顔を合わせない子もいるけれど、みんな親になってくれたママに感謝してる。
だけど鼠たちの感謝はそれとはまったく別物。猫派に生まれて10年、私はそれを一度も聞いたことがない。
「どうだ、あの女に文句の一つや二つ言ってやりたい気分になったんじゃないか?今なら俺も付き合うぞ?」
ふらりとエレベーター内に現れたパンダが言った。
「随分遅かったね。そんなに大変だった?」
「大変なんてもんじゃない。なにせボスが直々にご出勤されたんだからな。さすがに引き上げてきたさ」
「ボスって、岬のボスってこと?マジ?」
猫派の力はネコ缶随一で、岬ごときに侵略されるなんて万に一もないけれど、それでも私なんかを消すために世間を賑わせる組織の親分が出てきたとなるとさすがにビビる。
それなのに、このデブときたら呑気に毛繕いなんかして。
「ママには報告したの?アタシこんなことしてる場合じゃないんじゃない?」
「落ち着け。あそこまで派手なことをしたんだ。きり江が気づかないはずがないだろう。紅鬼たちだっている。万に一つの可能性もないさ。それに……」
パンダはわざわざそこで言葉を区切り「これでようやくあの連中との縁も切れるだろうさ」嫌悪感丸出しでそう言った。
ママの領地を荒らすことがどういうことか。あの人の不況を買えばどんな報復が待っているか。
身を持ってそれを体験してもなお、まともな犯罪者でいられた人間を私は知らない。
ただ、どちらかと言うとママは暴力が嫌いで、大抵の場合はそれ以外の手段で解決を計る。そして、相手は暴力の方がマシだったとさらに後悔する羽目になるんだ。
「ちなみに、ボスってどんな奴だった?」
「ピーマンみたいな奴だったな」
「なにそれ」
「なんにしても面倒事は全部あの女に任せればいい。それでこそ俺たちの”ママ”だろ?」
投げやりに言うと、パンダは本格的に毛繕いに集中し始めた。
「大杉ぃぃ!小杉ぃぃ!」
所定の座標に到着しエレベーターの扉が開くや否や、目の前に大柄なドレッドヘアーの黒人が現れ、箱の中でハウリングを起こすほどに叫び散らかした。
「う、右近さん……」
叫び声で髪がなびくなんて初めての経験だったし、なんだったら気絶してしまうかとも思った。
そんなバカでかい声で私たちを威圧し、エレベーターの中にズズイッと身をねじ込んで小杉の小さな額に額をゴリゴリと押し当てる姿はヤクザそのものだった。
地下じゃあ必要性の欠片もないサングラスをかけてるし。犬の軍人が愛用するような迷彩服を着てるし。ピチピチのタンクトップからこぼれ出る筋肉はなんか脂でテカッてるし。
結局、鼠派にも「こういう連中」が必要なのかと思うと、ついさっきここの町並みに憧憬のようなものを抱いてしまっただけに「残念賞野郎」なんてあだ名をくれてやりたい気分になった。
「テメエらぁ、よくもママの顔に泥を塗ってくれやがったなあ」
「す、すみません!まさか岬があんなにも早く―――」
「うるせぇぇぇ!俺がいつテメエらに謝罪を求めたよぉぉ!」
「すみません、すみません!」
二人の様子からして、この右近という男がさっきの電話の相手なんだろう。
男は鬱陶しいほどに「いかにママが凄いか」「いかにママがお前たちを愛しているか」、返答を求めない講釈ばかりを延々、延々と怒鳴り続けた。
後から聞いた話だけど、どうやら二人は私たちのママに届けるようにと鼠派のトップ、森田砂恵子さんから渡されていたものがあったらしい。それなのに二人はママに届けるどころか初めて見る猫派の人間たちにビビッてしまい、一旦私を迎え、逆に盆栽まで私に護衛を依頼しようとしたとか。
結果、それも失敗。直接口にはしないけれど右近は二人に、与えられた役目へのケジメを迫っているのだ。
「だからぁ、すみませんじゃねえって言ってんだろぉ?!」
「すみませんっ、すみませんっ!!」
しかし、捨てる鼠あれば拾う猫あり。
「おい、そこのドレッド野郎」
ウチのデブ猫様は必要に迫られれば人を殺すし、泣いてる子どもを見つければ他所様の家庭に口出しもする。秩序を重んじる世話焼き魔なのだ。
「さっきから聞いてりゃあ『ママが、ママが』と猿みたいに喚きやがって。テメエら鼠にとって大事なのはママだけかよ」
「ああ?」
私たちなんて眼中になかったドレッド野郎は、唐突なパンダの乱入に理解が追いつかず顔をしかめた。
「テメエは『家族』の意味をまるでわかってねえって言ってんだよ」
けれどいくら考えても、見た目の通り脳みそまでチリチリのドレッド野郎にはパンダの行動や問いかけが高尚過ぎてニワトリみたく首をひねるばかり。
「弟たちの努力を理解しようともしねえで偉そうに兄貴ぶりやがって。恥ずかしくねえのかよ、ああ?」
「…あー、んー、ゴホン。オ、オ客様」
パンダが何を言ってるのかわからない。だけど辛うじて私たちを「客」だと理解できたドレッド野郎はついに考えることを諦め、「ただただ客に失礼がないように」と片言の敬語で遠回しにパンダを牽制した。
「コレハワタシタチノ問題、デス。シャシャリ出ルハ、オ控エ、クダサイ」
「ふん、キーキー喚いたかと思やぁ、今度はゲコゲコ言い訳しやがる。テメエは脳みそで動物園でも経営してんのか?」
「……あんだとぉ?」
多分、その皮肉も理解はしてない。だけど悪意があることだけは敏感に感じ取った園長さんはいよいよ得意の拳で決着をつけてやろうと一歩、また一歩とパンダに詰め寄る。対して彼を特撮ヒーローの戦闘員程度にしか見ていないパンダはいつもの太々しい目で睨み返すだけ。
彼は気づいていない。パンダのことで頭が一杯で、背後からクマのように大きな影が近づいてきていることに。そして、今にもパンダに飛びかからんとする右近を攻撃範囲に捉えると、それは黒く太い腕を大きく振りかぶり……砲弾のような拳を右近の後頭部に叩きつけた!
「イッテェ!!…誰だコルァァ!?」
振り返るとそこに、右近よりもひと回りデカいスキンヘッドの黒人が立っていた。
「こんな所でいつまで油を売ってやがる」
バリバリの戦闘意欲高めな右近の服装とは対照的に、彼は黒のYシャツに赤いネクタイのシックなスーツに身を包んでいた。声色も落ち着いていて、これぞ「上司」というような威圧感もある。右近よりもさらにガッシリとしていて寸胴だけど……正直、アリだと思った。
ツルツルの頭に申し訳程度の鼠耳もチャーミングだ。
彼の言動や理知的な佇まいから右近の上司かと思ったけど、右近は彼にまでその個性的で若干、不愉快な態度を取り続けた。
「おいおいぃ、テメエは屋敷で大人しくしてるんじゃなかったのかよぉ?それともお兄ちゃんが恋しくてここまで追いかけてきたってかぁ?カッカッカッ、参ったねえこりゃあ」
「……金輪際テメエのツラを拝まなくてすむなら俺は犬のケツだって舐めてえくらいだよ」
私は心から弟さんに共感できた。だけど一方で、こういう暑苦しく猪突猛進なキャラクターは好意こそ持てないけど、なぜか憎み切れないのもこの世の真理の一つなのだ。
そしてこの弟さん、どうやら右近のお目付け役のようで、彼の手綱の取り方を熟知していた。
「なんにしても早く客人を案内しろ。お前のせいで淹れた茶が温くなってしまったとママが嘆いていたぞ」
「なにぃぃぃ!?」
そうして怪鳥のような悲鳴を上げると散々騒ぎ散らかしたドレッド野郎は何の後始末もせず、脱兎のごとく走り去っていってしまった。
「和子巡査、そろそろ私も限界かもしれません……」
震える声を聞いて振り返ると、ドレッド野郎がエレベーター前で立ち塞がっていたせいでおおよそ30分強、「開」ボタンを押し続けていたヘラクレスちゃんは顔を青く、指先を真っ赤にしながらプルプルと悶えていた。
予想通り、弟さんはあのドレッド野郎とツーマンを組んでいて、名を左近と言った。
「迷惑をかけたな、ここがママの屋敷だ」
そんなしっかり者の方に案内されて私たちはようやく鼠派のトップ、森田砂江子さんの屋敷にたどり着いた。
純和風の平屋で、盆栽みたいな目を引く趣向こそないけれど、民家に並んで建つその一体感に私はまた少し嫉妬した。
屋敷に上がると、漆で丁寧に磨き上げられた床や柱の艶やかさがなんだか生々しく見え、目を奪われた。彼らの気配漂わせる沈黙が妖しさを生み、私をさらに魅了する。
一方、時刻の関係か。人口太陽は夕日を演出して光量が乏しくなり、赤黒い光が長い廊下にひっそりと伸びる。光は廊下を渡り切ることなく中ほどで途絶え、ことさら「その先」を主張する。
けれどこの違和感はなにも家の造りや明かりだけのせいじゃない。
「こんなに広いのにどうして使用人が一人もいないの?」
私の家の100倍以上あるのに、歩けど歩けど誰ともすれ違わないばかりか人の気配すら感じさせない。沈黙たちばかりが私の周りにあって、だんだんと自分がどっち側の人間だったのかわからなくなりそうになる。
もしかしてこれも私の苦手な幻術の一種なのかと気を張って辺りを観察すると、左近は軽く笑ってそれを否定した。
「使用人はいる。一人だけな。ここにはママとその使用人だけが住んでいる」
「ウソ、とてもそんな風には見えないわよ?」
私の使用人ですら1DKごときの清潔感を保ってられないってのに。100倍以上あるこのお屋敷は、見渡す限り塵一つ見つからない。
この静謐な空間を保ちながら24時間働き続けてるってこと?どんな未知の生物ならそんな真似ができるってわけ?困惑していると、左近は笑みを浮かべたまま心温まる補足をした。
「屋敷は毎朝交代で100人の子どもたちがママの掃除を手伝いに来る。小さい奴はそのまま庭で遊び、大きい奴はママの話し相手になったりするが、来客がある時はなるべく人払いをするようにしているんだ」
話を聞いているだけで今の雰囲気とは真逆の賑やかな光景が目に浮かんでくる。
私たちは他所の派閥にあまり関心がないから森田さんの為人も知らないけど、大杉たちの言葉に噓はなかったようで、家族の皆からとても愛されているらしかった。
そうして通された奥座敷、そこに件の人は待っていた。
もしも彼女が藍色の麻の葉模様の割烹着を着ていなかったら、私はきっと彼女を石膏像か幽霊だと思ったに違いない。なぜなら、彼女はとても「白かった」から。
150cmもない小柄な女性。肩で切り揃えられた白髪は毛糸のようにふんわりと広がっている。いわゆるアルビノというやつなのか。髪の毛だけじゃなく、大きな耳から小さな手も足も、長い尻尾も脱色されたかのように不自然に白い。
振り返る彼女の瞳だけが爛々と赤く輝いていた。
そして、薄く病的に白い唇が紡ぐ声には、それらを統合するような冷たい統率者の響きがあった。
「初めまして、森田砂江子と申します」
※エレベーターの速度
私たちが利用している一般的なエレベーターの速度はおおよそ分速40m~100m(時速2.4㎞~6km)だそうです。