小話
「これから何日待つかもわからないのに、呆れた」
ため息交じりに何処からともなく食料を取り出すのは、焚火の対角線上に座った火に照らされても濁りを見せぬ、透き通った肌をした美しい女性。
「これまで現地調達だけで食いつないできたものなので何とかなるかなと、ああでも!僕の見立てですと今日で3日目?なのでえーと、あと2日もあれば向こうはやってくると思いますよ。丁度いい場所は見つけましたのであとは下準備だけで完璧です」
「そう、なら私の備蓄を分けなくて済む」
「そんなぁ」
一体どういう原理なのか、何もない空中から肉やら果実やらが出てきている。
不思議に思い聞いてみたのだがこの人は名前以外自分のことを全く話してくれないのだ。
名をモルテンと、ただそれだけ。
尖った耳、青白くも不健康には見えない肌、整った顔立ち、そして暗い紫色のよく手入れされた髪から覗く左側の額から生えた短い角。
人外じみていると言ったら失礼かもしれないが、いい意味で人離れした姿をしている。
女の僕が見とれてしまう程に美しい。
「食料は野草と果実を探してくればいいんで大丈夫なんですけど、一体どうやってるんですそれ」
「...」
「駄目ですか」
「駄目」
何度も聞いたがやはり答えてくれない。
出身、目的を聞いた時も同じ、どんな魔法が使えるかと聞いた時は火、氷、雷、風って答えてくれたっけ。
ついため息を出してしまう。
「訳あって人には身の上話をしたくない、あなたも何かしらあって初級魔法しか使わない、そうでしょ」
少し落ち込んでいる僕を見て話しかけてくるモルテンさん、でもそれ僕の地雷だから言わないで欲しいな。
更に俯く僕を見てモルテンさんは少しの間の後、口を開く。
「私については何も話してあげられない、でも代わりに1つ昔話を話してあげる」
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昔々、魔族がまだ魔物と呼ばれていた頃。
勇者と呼ばれる人族の英雄を討ち取った4匹組の魔物がいた。
そして勇者の体を捧げ物として、4匹は邪神に願いを叶えてもらいました。
「私は頭が悪い、どうか邪神様、賢くなれるよう私にありとあらゆる知識を下さい」
「俺は家族を女神に殺された、どうか邪神様、どうか俺に神をも殺せる武器を下さい」
「俺はもう裏切られるのは嫌です、嘘をつかれるのが怖い、どうか俺に全てを見通す眼を下さい
「僕はただずっとみんなと一緒にいられればいいです」
邪神は願いを叶えました。
ありとあらゆる知識を与えられた魔物は代わりに記憶力を抜き取られ
神をも殺す武器を求めた魔物はその体自身を武器にされ、動くこともしゃべることも出来なくなり
見通す眼を貰った魔物は魂を抜かれその場で美しき世界を眺め立ち尽くし
一緒にいられればいいと願った魔物は何も与えられずその場に崩れ落ちました。
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「悲しい話ですね」
どんな話か期待し顔を上げて聞いていたが、気づくと元の俯いた顔に戻っていた。
焚火も影響されたかのように勢いが落ち、パチパチと弾ける音がやけに小さく聞こえる。
「この話の教訓は身の丈を超えるものを望まないこと」
「そうだね...」
「でも、この話には続きがある」
「ハッピーエンドですか!?」
「続きは明日」
「そんなぁ」
ついぞその話は語られることはなく決戦を迎えた。
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...ずっと一緒にいられるよう願った魔物はどんなものとも一緒になれる体を与えられた。
ぐちゃり。
ぐちゃり。
ぼきり。
ぐちゃり。
べちゃあ。
ぽたぽた。
ぐちゃり。
その日、一匹の新しい魔物が生まれた。
あらゆる知識を持ち、全てを見通し、神をも殺す武器を携えた、食した者を取り込み強くなる魔物。
それはやがて魔神と呼ばれるようになった。