5-MORE
拘束が始まってから2.3日が過ぎた。変わらず俺の周りにあるのは白い家具と白い帽子と白い服。しかも無地だった。
「カモメの水兵さんかよ」
歌詞は忘れてしまったなあと思いながら、外を覗く。ここには窓はついていないが、ただ何重にも重なったアクリル板だけが寝室の前にある。
プライバシーも何もなかった。
「この設計、考えたやつアホではないか」
ただ、悪いことをした奴を閉じ込めるなら、羞恥を与えようとするのもわからんでもない。ただそれを人畜無害清廉潔白スーパークソニートの俺にやるからおかしいのである。
ただ、性欲の解放を非常にわかりやすく設置してあるのが、寝室の見える位置にあるアレな商品だった。ただ、全部が真っ白。全て白い。画面上に映るもの、全て白い。
「これ、博士の趣味じゃ」
聞いたら、スピーカーから「だから何」との返答が帰ってくる。
「博士が真っ白で統一するせいで、逆に気持ちが落ち着かないし、全くそういうのが湧かない」
「私としては一般男性の性的欲求に関係する情動がどのようなタイミングで発生するか、興味があったんだけどねえ」
「そんなの、自分で実験すればいいんじゃないか?」
無言の空気が流れる。
「職場で、できると思うか?」
「「無理」」
「そういう性癖があるやつならともかく、俺はダメだな」
「同感だ」と返ってくる。
しかしながら、博士は職務の時間のほうが圧倒的に長いため、俺の相手をすることはほとんどなかった。ニートたるもの、好きなことは時間の浪費とゲーム。気力の低下甚だしい俺にとっては、正直もうやることがなかった。なぜならば、普段の行動と、何も変わらないからである。
しかし、一度外に出たことによって俺の中で何かが変わってしまったのか、満足感が足りなかった。
「ま、いっか」
とはいえ、気にしないのが幸せだ。現状維持のためには、自分の劣化やクソになっていくことも全て飲み込む。今の問題から目をそらしておくためには、そういう思考になっていくことが必要だった。
そのため、日課のパソコンを起動する作業を始めていたところ、呼び鈴がなった。
「このカプセルにも、チャイムがあるのか。ピンポンダッシュとかやり放題じゃねえのか」
モニターを覗くまでもなく、異様な数の黒いマッチ棒が密集している。真顔でこちらを覗く様は、ゾンビ映画とかよりも圧倒的な未知への恐怖を引き起こさせた。
「お前ら何なんだよ」
アクリル板の窓にびっしりと、虫のように群がっている。
作業員の大群が連れ立ってカプセルの外に現れた、と表現してやるぞ。
「実験の時間です」
「です」
「です」
「一人ずつこいよ、全く怖いんだからさ。ちょっと漏らすかと思ったぜ」
作業員は個別に首をかしげている。代表者と思われる真ん中の女性が「責務ですので」と発言すると、同じように同調してしゃべり出した。
「ですので」
「せきむですので」
「ので」
何というか、何で博士はこんな連中を雇ってるんだろうか。
まあ、やることは特に何もなかったからいいが、行きたくなさが、俺の中で異様に強く働いた。これは面接をブッチする前の感覚に似ている。が、博士の書いたふざけた志望動機には、実験に喜んで参加するという文字が入っていた。ここで抵抗すれば、現状の生活は維持できない。
「しょうがねえ」
多少は協力してやるか。
作業員の大群は外に出ようとする俺を取り囲み、そして警察のものよりずいぶんとテクノな拘束具を腕にはめ、俺を後ろ手に縛った。
「ではいきます」
「いきます」
「ます」
わらわらと俺をとり囲んで平行移動していく作業員。行きと同じ昇降機に乗せられるかと思いきや、出て右奥の方向に進んでいく。
「そのまま下ってください」
「ください」
この作業員たちは、俺関係のことになった瞬間、いつ見ても不気味なほどに同じ行動をとる。命令されていなければ、静止状態になったままだったりするというわけでもなくある程度人間っぽさを残したままなのがいっそう気味が悪い。
統率された動きをしているけれども、謎のズレがあったり、好き放題いろいろな方向に注意を向けている様子。
どっかで見たことがあると思ったら、小学生だ。
一斉に揃って発話できていないのもより、それっぽい。
「あんたらは、その行動を強制されているのか?」
「日常業務に関係のない事柄は、話すことが禁じられています」
聞いてみてもこれだ。
黄色い目をした男性が続けた。
「違反行動が目立ちましたら、我々の管理者に通報いたします」
というところも特に、低学年っぽい。
先生に言ってやる、みたいな。
歩幅を俺がちょっとずらすと、一拍遅れて歩幅を揃えてくる。ちょっと大きめに取れば大きく、小さくとれば小さく。
止まれば、合わせて静止する。
真似するな、と言ったら言い返してきそうな雰囲気だ。
試しに挑発してみようという悪戯心が働いた俺は、少し冗談混じりに言ってみた。
「お前ら、何で揃えてくるんだよ」
取り囲んでいる10人あまりの作業員が一斉に俺のほうを向く。ずらっと向くとホラー映画の一種に感じるようで少し怖い。
「すみません。お話の意図がわかりませんでした」
あ、そっすか。
そういうタイプなんだ。
まあ、こんな鉄と油でできてそうな連中にこういうのは野暮だったかもしれない。
「あ、次は左ですので」
「ですので」
「はいよ」
案内に従って、ずいぶん高い建物の間を何回か曲がったり直進したりを繰り返していると、突き当たりになっているところに辿り着いた。
そこにあったのはトレーラーの荷台が縦にまるまる収まるくらいの巨大な扉。
扉からこちらまではすり鉢のようになっていて、そこに向かって3方向から鉄の階段が伸びている。
「ここからはお一人で」
「で」
言われたままに手すりを持って、鉄の階段を下るけれども、彼らはずっとこちらを眺め続けていた。見張り役もしてんだろうな。
やっぱり、気持ち悪いな。アレ。
カエルの目みたいにずっとこちらを見ているようでみていないような目から逃げるように、彼は扉に向かって行った。
「実験、か」
どういった実験が行われるのかは何となく想像できる。薬を投与して、それが効くのか効かないのかの治験だけで、あの博士が終わるのか。
絶対何らかの耐久試験だとか、部分的な外科処置みたいなことまで始めそうな気がする。
そういや免許取ってんのか聞くの、忘れたわ。
自分のデリケートな部分が、急に寒気を感じ始めた。
ただ、後ろにはなんかエジプト神話顔負けの眼力を発揮している作業員モブ、約10名がいる。
すり鉢の底に到達しても、まだみている。
俺、現状維持、したくなくなってきたなあ。
急に胃のあたりから湧き上がる、猛烈な抵抗感。これはそうだ。バイト直前に無断でバックレる時の、あの心境に近い。
わかるだろ?
博士には、情報を渡す前におさらばして、俺のことを忘れてもらう。
ではさようなら。
俺は重厚感のある扉に背を向け、すり鉢状の広場から左足を抜いた。
「何逃げようとしてくれてんの」
足が止まる。耳の上にまで達する震えを無視して、俺は階段を駆け上った。
「私はあの子たちの目を介してキミを見ている、逃げるな。難杉新丈」
アナウンスと同時に扉上部にある回転灯が起動。すり鉢を取り囲むようにして、天井からオート・タレットと思われる銃器が何十発と並んで現れた。
「キミが逃げたら、コレではんごろしにします」
博士はなんの前触れもなく試射した。ストロボが光ったと同時に、熱さを感じる。俺の足元に火花が散った。レーザービームだ。
「わへっ」
手すりを握った俺は、その場で動けなくなった。
大量のポインターが俺の体の上を蕁麻疹のように照らしている。
少々、驚いた。でもこれは既に、祖父ので経験済みだ。
博士。残念ながら俺にはそれは脅しには不十分だ。
「余裕そうか。致命傷は与えられない、そうだろうな」
納得したらしく、博士は話を始めた。
「キミに遮光能力があるらしいことは、我々はわかっている。もし身体強化が一時的なもので、再現可能な形で発現しなくても、キミを存分に痛めつけた上で強制的にデータを取らせることもできるしね。キミの再生能力が尽きる前に、「無限に」照射すればいい。最悪、邪魔ならキミを生かす必要はないからね。キミの亡骸でも使って、破壊の力さえ手に入れれば、それでいい」
「俺の体を人殺しに使うのか」
博士は鼻で笑った。引き笑いじゃない。
「どうして、キミはそんなことを気にするんだ?」
「だって俺は、犯罪だけはする気はない、お前たちになんと言われようと」
俺の言い訳を聞くや、博士は詭弁だ、と言った。
「だってもクソもないだろう」
博士の声のトーンが、だんだんと低く、濁っていく。
「生殺与奪を相手に任せて、相手の善意を食いつぶす。それがキミの姿だろ?存分に見せてくれたよな。なら私がキミの生死を握る存在になって、今キミは僕の善意を消費している、それだけじゃないか。それに『だけは』って何だ?キミは社会に対して貢献する意思がない。ならせめて社会を変える養分になってもらうことの何が不安なんだ」
「俺はそもそも、はじめから同意していないんだぜ、ねつ造した書類を用意したのはあんただ」
「悪に、同意はいらない。キミの両親もキミの寄生には同意していないだろう、同じことじゃないか」
なんで、そうなる。俺の生活とお前の悪事は関係ないだろう。
なんなんだ。
「そんなの、おかしいだろ」
「おかしいか、それはキミのほうだ。あれはれっきとした契約だ。私が確かに圧力を使った。そして、キミはそれに同意した。とはいえ、それはキミの行動の全てを私が決めたのとは「全く違う」。決めたのは、キミの意志だよ」
「逃げれば解決するもんだと思ってたのか?我々はそんなじゃない。キミが犯罪を犯さないっていう、力への責任があるというのなら、それをはじめに私たちに示すべきだった。全力で抵抗したらいい。それをしないで今、何て?命乞いか。寝ぼけてないか?」
足を踏み締めて、俺は手すりを掴んだ。
なさけないことに、それでも立っていられないほどに、弱い。
そう、ご覧の通り、俺は、メンタルがクソザコであった。
が、くだらないことにキレやすいタイプでもあった。
「知ってるわ、そんなことはな」
唇が絡まりそうな中で喋ったからか、語尾が少し跳ね上がった。だめだ。
「無理なんだよ!それならあんたが俺と同じ状況で、同じようにされてさ、そうなってみろよ。あんたができるというならさ、やってみればいいじゃないか」
不気味な引き笑いが、ホールの中に充満した。
「キミ、ほんと、バカだよねえ」
「私はためらわないよ。死ぬことも」
いわれのない羞恥が俺を襲う。我慢することが微塵もできないのも、耐性がまるでないのも露呈した。
「あ、今自分責めてる感じ?なるほどねえ。そういう性格だと思ってたよ。だから、我々にとっては利用しやすいんだよね」
広い地下空間のせいでひどく反響する声が、俺の心に一層のダメージを負わせた。デリケートな部分を逆撫でして、おろし金で擦りやがって。
「笑いたかったら笑えよ!クソがよ!」
俺はあるかもわからない機器を探しながら、天井に向かって吠えた。
「自分のやりたいこと、全部酷評されてみろよ!就職全滅してみろよ!なんか、諦めるだろ!なあ。無駄にしがみついてるわけじゃねえの!大事なもん、売り渡したくねえんだよ!」
博士は笑いを崩さない。
「やっぱり、こういう人間は好きだな。最高のエンターテイメントだ」
「うるせぇよぉ」
掠れる声を絞り出して、俺は進んできた道を振り返る。
「なあ、お前らはどうだ、なんとか言ってみろよ!」
淡々と仕事をするだけの作業員たちは訴えに何も表情を変えず、ただ彼に目を向け続けていた。
博士は笑いを抑えながら咳き込み、静かに言った。
「あのさ、キミのいるその場所、私が数年以上前に通過したとこなの。そういうところが、面白いんだよねえ」
「っっく」
「もういい、始めろ、ブルー」
惨めにうずくまる俺の首元を、パイプの張り巡らされた空から降ってきた「ブルー」がひっつかんだ。
「博士の言ってた通り、面白くないバカなんだな、君」
そうして、俺のみぞおちにかかとをねじ込んで、すり鉢の真ん中に蹴り飛ばした。
一瞬のことに、呼吸する事も忘れた。
何も出来ないままで、俺は空中を行く。
鉄板の床の上に放り出され、滑り止めの突起が肉を一層強く叩いた。
「君、瀕死の両生類か何か?」
汚い悲鳴が、それっぽさを重ねる。
みずぼらしく嗚咽を重ねる俺を、ブルーは一撃殴った。
さらに、顔面に合わせて4発、続けて連打をたたき込む。
「まず、簡単なテスト。君は、身体能力が何倍に上昇しているのかを見せるんだ。僕の10倍を超えていたら、合格だ」
鼻水にまみれながら、俺は起き上がった。
好き放題、言ってくれる。
俺だってよ、何もしてないままでいいはずがないなんて、分かってんだ。
もっと、主体性を寄越せ。俺に何かする気力を返せ。
お前ら、成功者の何が、俺と違うのかは分かってんだ。「継続力」だ。それすなわち、「努力できる才能」があるやつが勝つんだよ。
「そうでなければ、君の体は実験用に酷使される。生き残りたければ、戦うんだ」
「うるっせえ」
さっきから試すだとか、なんだとか、好き放題上から目線で指示しやがって。
それだけ言うなら、全力出してやる。こんな所も、破壊して、なかったことにしてやる。
俺が本気出せば、家の半分が一瞬で吹き飛ぶんだからな。この際恥だの外聞だの何だっていい。このふざけた連中に俺の力で全部わからせてやるしかない。俺は、養って貰うだけの価値があった男だったと、そして、ついこの間、なんでか知らない力に目覚めた、選ばれし男だと。
踏ん張る。
尿意が、来ない。
「あ・れ・れ?」
ブルーの鉄拳が、胸板を粉砕する勢いで俺の胴体を抉った。
予想以上だ。逆上は、能力値の急速な増加に寄与している。
私の煽りが効果的だったと見える。
それにしても、あの怒り様。何も成し遂げていない人間はいつもあんな反応を見せるが、彼はお手本の様な反応だ。
ずいぶんと器の小さい男だな。最高だ。




