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11-MORE


「実に、実にスバラシィッ」


 博士は、妙にねっとりとした声でかみしめるように言う。


「これはまさに、大自然の神秘、はたまた宇宙のロマンか。人の限界を超越してもなおさらにその上があるとは、やはり私の見立ては間違っていなかった!!その銃弾すらはじき返す強靱にして弾性の高い表皮、ジェット機の衝突ですらヒビ一つつかない頑強な骨格、それにヒトの従来の性質すら変えてしまうほどの力」


 映画とかでたまたまある美食家のセリフか、はたまたヴォジョレー・ヌーヴォーの新しい売り文句かというくらいのくどい言い回しをしながら、彼は興奮しているようだった。俺に探究心と倫理観と恥の意識を反対方向に極限まで振れば、俺もああなるのかも知れないが、関わり合いたくない度が俄然上がってきたぞ。これ。


「と、まあ、待て。私は何かしようというわけじゃない」


 と、ドローンでしとねを囲いつつ、博士はのたまう。「どの口が」と言った俺を完全に無視して、話を続けた。


「監視下におけるキミのスペックの上昇が認められない、というか飼育に似た拘留での状況は、成長に足る環境が充足しないということは理解した。キミは、なんというかもう少し厭世的だと思っていたがそうでもないらしい」


「そりゃそうだろうよ。あんたのカプセルとやらにいたのも、大して今までの惰眠を貪る生活と、なんら変わらないものだったしな、満足するわけがねえ」


 ニートがニート出来る環境を与えられても、まあ適応はしようが、満足はしない。常に自分をクソ環境に置きたいわけではないので、ときたま起きてくる罪悪感に殺されるからだ。ニートは度々死んで、そしてそのたびにゾンビのようにして生きながらえている。生きる屍だ。


 それに「復活できる」とちらつかせて復活を目指したところで出てくる生活が、今までとなんら変わらなかったら、どうだろう?


「そもそも、あんたは俺に人権は存在しないといったが、あんたが俺の生殺与奪を掌握できるかで決まる」


 博士は二の腕をてのひらで打った。


「やはり物足りないか。キミはやはり業が深い。HAGに暴露して自我を保てるわけだ」


 俺は「クズだろ」と自嘲する。

 博士は曖昧な表情で笑った。


「じゃあ取引をしよう」


「取引だと」


 俺はドローンの先に取り付けられた拡声器然としたスピーカーと、ビデオカメラらしき穴を見る。

 レンズが俺の姿と周りの風景を捉えて、反射していた。


「キミの調査に関して、キミ自身の要望を聞こう。上がってきたまえ」


 俺は、首を振る。今更あんたとの間で取引は成立しない。その理由が三つある。

 

 ひとつ、俺を人間扱いしないという条件を、勝手に付け足したこと。最大限の尊重を希望する。


 ふたつ、俺の意志に反した約束ごとをあんたが用意しても、俺には何の意味もなさないこと。


 みっつ、しとねの方が同条件であっても、あんたより魅力的だから、以上。


 学生時代に培った、見事に欠陥だらけの主観的・ポイントオブスリーを披露し、俺は精神的弱者の多様性を主張した。半分が俺の身勝手な理由であろうが、優位に立てるならまくしたてる以外に選択肢はない。ロジックで出てくる相手にはパッションと勢いだ。それに同調してくれる味方はいないが。


「魅力的な条件は、キミ次第で用意できると思うけどね」


「不可能だ。あんたは少なくとも現役女スパイとの逃避行以上の価値を提供できるっていうのか、一生生きててあるかどうかすらわからない偶然の産物を越えるメリットが、あんた側にあるというなら出してくれよ」


 俺は意地悪な言い回しで博士に挑発を試みた。流石に人生に一回というフレーズは博士にとってもダメージを与えたようであった。


「あ、ただ俺がしとねに欲情しているというなら、微塵もねえよ。それだけは宣言しておくぜ」


 俺は余裕をもってしとねを見る。彼女は息をしているようだった。ゆっくりと服が上下している。そして少しボロボロになった体を持って行きながら、少女の傍らに向かった。


 大丈夫そうだ。

 思わず、安堵の息が漏れる。


 背骨が折れているだとか、そういったことがあるのなら立ち上がることすらできないはずだが、幸運にも彼女の体を守る衣服が潜入用か何かで、頑強だったのだと思う。

 俺が少女を抱き上げようとしても、そんなに腫れている様子はなかった。


「なるほど、そういうことか」


 何かを確信したように博士は


「では、見せてくれ、その逃避行という光景が、美しいか否か」


 ドローンの銃口が、全て俺の抱えているしとねに向いている。俺はその乱射を避けるために、彼女の体の上をカバーした。膝から先を綺麗に曲げ、上から覆い被さるようにしていると、ふと思った。


 彼女が起きた時、ヤバいんじゃないか。


「舐めやがって」


 腕の中で、巨大魚を釣ったような反応。


「がっ」


 みぞおちにすごい衝撃が入り、俺は突っ伏した。

 案の定、当の女子高生が飛び起きていた。


「あんた、めっちゃキモいな」


 侮蔑する目線が痛い。そしてその目の方向が、監視塔の上で鎮座する白衣の王様に向けられる。


「さっきは、どうもありがとう。おかげでよく眠れましたわ、ので」


 そう言った彼女は、上腕二頭筋より先に、完全に殺意がこもっていた。


「あなたの衛兵たちも、眠らせてさしあげます」


 けど、どうやって。俺はともかく、彼女は生身だ。何をどうやって、浮いている機械に対して一撃を浴びせるというのか。まさかとは思うがあれをまたやるのか。

 などと疑問符を浮かべているとがばっと、俺の体が浮いた。


「あなたは弾よけにしかならないから、その役でお願いしますね、じっとしてないと殴ります」


 まただ。

 ただ、さっきとは違い邪魔をしてくる者はもういない。はず。


 俺も満を持して、盾として専念できるのである。ファンタジーではオークが肉の盾を使うとかなんとかいうが、逆にオークな俺の方が使われている。

 しかしながら、実際それでよかった。「ジェット・ブラック」のいうように戦闘経験は俺はなさ過ぎるし、「ブルー」だって絶対に戻ってくるはずだ。


「だが、それじゃ足が」


「大丈夫です」


 しとねは、自信ありげにふくらはぎを叩いた。


「私、速いですから」


 しとねのサンダルのような靴の裏から、アンカーが射出された。訳もわからない状態で俺は少女に引きずられて、連射される銃弾を浴びに浴びまくる。


 効きはしないのだが、めっちゃ痛い。節分の鬼役とかしている人はこんな痛みを実の肉親に喰らわせられているのだろうか。


「私も無能じゃないんで、あの怪人の装備から奪っておいたんですよ」


 いつ。あの乱打戦の最中に?

 俺が目を丸めているのを悟ったのか彼女は笑った。


「やっぱり私、この仕事向いてるでしょう」


 こればかりは頷くしかなかった。


 火花を散らしながら、水上スキーの要領で、鉄の上を滑っていく。進行方向は右、左と細かく切り替えるので、そのまま突っ込んでといくと必ず先回りしたドローンがいる。九十度旋回し、鉄の柵を跳び越えながら、しとねは空中に躍り出た。


 股間がすーっと引くような感覚がする。下手したらまた「変身」するかもしれない。


「落ちないでくださいね」


 少女は冗談めかして俺を突き落とそうとするふりをする。


「ふざけんなよ、流石にJKの見た目してるからって、やっていいことと悪いことがある」 


 空中制御のブースターを射出。そのまま、落下するようにして非常口に突っ込んだ。

 俺の衝突によって、鉄板はゆがみ、そのままドアがはずれる。そんなことあるだろうか。

 車じゃねえんだぞ、俺。


「おい、どこまで行く気だ」


「直接、アイツの所行く。ぶっ飛ばしてやるから」


 そして彼女は俺に小型ロケットをにぎらせる。

 いくら火傷しないとか、痛みを感じないとか脱臼しないとかいう特質があろうと、無理があろうと思われますが?

 振り返ればすぐ後ろにつけたドローンが侵入するところだった。少女は俺の陰に隠れて衝撃回避体勢を取る。その見た目だけは、非常にかわいい。体格も相まって小動物みたいである。


 ただ、この緊迫した状況でなければ、よく見られるのだが、そうでない時には絶対しないということが、困る。男子的に。

 しとねは、頭を抑えながら全力で叫んだ。


「それ、投げて!!」


 投げるくらいならできる。ハンドボール投げ、11メートルの本気を出してやる。



「今すぐ!」


「了解した」


 両手で持って振りかぶる不格好な下投げが、凄まじい直線軌道でドローンの群れに突っ込んだ。

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