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9-MORE


「どうしよう、どうしよう!」


 少女の焦る声が聞こえる。ドローンは彼女を確実に補足し、次の一発を加えようとしている。


「俺の遺体は捨てるんだろ!早く行け」


 少しじんわりとしている視界のなか、俺は叫んだ。

 ああ、良き人生だった。正直美少女をかばい立てしながら死ぬのは、死に方としては1.2を争うくらい美しいのではなかろうか。物語としても最高だ。難杉 新丈の人生、ここに一片の悔いもなし、と。


「あなたは嫌いですけど、わたしの命をかけても……遺体は貰いますから!」


 少女は、俺の体をかつぎ始める。

 え、ちょっと、火車みたいなことすんの。やめて、ミイラになったファラオの気持ちが分かるぞ、今。

 流石に鬼の目にも涙、という展開になっていると思っていたのは俺だけか。彼女はしっかりと任務を果たそうとしている。あくまで利益のために。


 ちゃっかりともう助からない見込みをつけられているのも、なかなかな鬼畜度合いである。

 遠くエジプトの地に眠っている古代人に謎のシンパシーを感じつつ、俺は肩の上にしっかりとのせられ、まあ美少女のミルクじみた汗と制汗剤の香りがするのはわるくない、悪くないんだが。


 ちょっと、弾よけになってないか?


「撃てば撃つほど、死体が損壊しますよ」


 少女しとねの無慈悲な宣言に、俺は若干蘇生の気力を折られつつあった。そうだった。この人、そもそも俺に対して、何の感情ももっていない。一方通行だったのは俺だ。

 あー、かっこわりい。


「最悪わたしの体に仕込んだ超斥力爆弾で、研究所ごと吹き飛ばします」


「ほあ」


 スピーカー越しに音割れするほどの素っ頓狂な声を上げたのは、博士である。


「言ったでしょう。わたしは潜入するのに向いてるって」


「え、ろくでもないことしようとしてない、ねえ」


 懇願するような口調になる博士を、しとねは冗談めかして笑う。


「いやですね、あなたが撃ったら、の話ですよ」


 あ、でもそれ、俺も確実に巻き込まれるってことだよね。それ冗談抜きでマジヤバでは。


「女の子には2対の爆弾があるんです。普通はただの比喩表現で、実際にあったりなかったりするんですけど、私の場合は実際にプレゼントできちゃいます。あなたの言うとおり「ろくでもないこと」できちゃうような、とんでもない威力ですから、覚悟してくださいね」


 俺の視界は、どうやら少しゆるゆるしている。水泳ゴーグルを被ったら、確かにこんな感じだ。

 体に力は入らないし、ぐでんとしてはいるが、一向にこっちの自意識が途切れる様子はない。ただ、口を動かしたり、発声するだけの余裕はないらしく、ずっと殻のなかにとじこもったままのような状態だ。

 

 これも人間じゃなくなった結果だろうか。

 いらないところで、便利になられてもなあと思う。客観的に俺の状態は確認できないし、現に死にそうだと思われて完全に死体扱いされているわけなので。

 

 だが、博士の所持している機械か何かで、俺の状況がわかれば少しまずいことになる。


「そうですか、なら、こうしましょう」


 博士が喋ると、どこからともなく現れた黒い影が視界を奪う。宙がぐらついて俺は地面に放り出された。


「私の改造人間は、デルタ・ミュー型【ブルー】だけではない。そこのイオタ・ニュー型【ジェット・ブラック】を倒せるならば、安心してあなたは逃げられる。しかしその前に、キミのほうが満身創痍になってしまえば、無駄に弾薬を消費して銃殺するまでもなく、難杉くんを確保できるというわけだ」


 ジェット・ブラック、だと。


 影の正体を追うと、人型をしている。俺や「ブルー」とおなじように、バトルスーツであろうものを纏った人間が、静かに背面を向けていた。


 しとねは、どこにいった。125度の視野角を限界まで使って探す。

 すると少し離れているところにうずくまっているのが見つかった。


「なるほど、そういう、魂胆ですね。うっとうしい」


 少女の目つきが鋭く変わる。


「ならば、こちらにも考えがあります」


 しとねは、さびついた色に染まったグローブをはめ直し、人影のほうを指さした。


「こいつをぶっ倒せばいいんですよね」


 人影の表情はわからない。しかし、そう言われたとき、その背中が一瞬こわばったのが見えた。


「甘く見ないでいただきたい。わたくしは、下でへばっている彼より継戦性能は劣りますが、敏捷性と攻撃力は優れていますからね」


 男にしては少し高めの声がした。しとねは臆せずに人影を見つめる。


「どうでしょう、要するにバテやすいんでしょう」


「言ってくれる」


 「ジェット・ブラック」としとねの打撃が交錯する。お互いに裏拳で相手の間合いを計り合い、足払いを腿で受け止めつつ、牽制の蹴りを構えでしのぐ。しかし、その全てが金属すら歪ませる衝撃である。まともな人間であるならば、受けるだけで骨が粉砕されてしまうだろう。

 一発が放たれるごとに空気を切る音はまさにつむじ風そのもので、油断すれば真空波だけで切り傷まみれになりそうな、そんな攻撃が続く。

 

 フェイントをかけた「ジェット・ブラック」の動きを読んで、その下を潜ったしとねが拳をたたき込む。身長差から上を取れるブラックだが、距離を保ちながら一方的に殴ることは出来ていない。お互いの力量差は分からないものの、しとねはそのリーチをものともせず、怪人の拳の降る危険地帯に躊躇なく飛び込んでいく。


 素早さを誇る「ジェット・ブラック」のボディーを縦拳が穿った。


 衝撃だけで痛そうなのが、スーツ表面を擦る音から伝わった。そこにバトルスーツの体が一瞬浮いたのを見て、しとねが二発続けざまに左から仕掛ける。

 

 二発とはいうが、俺にはそれは見えていなかった。


 軌跡を辛うじて目で追えないか否かという速さのしとねと、ジェット・ブラックの動き。衝突する寸前、ショットガンの銃声に聞き間違うような音がして、拳が止まっていた。

 一つは命中。一つは相殺。


 両者の衝撃の余波が、こちらにも少し伝わるほどだ。


「さすがに、硬いか」


 カウンター気味に入るストレートを片手で流しつつ、少女は呟く。


「それも取り柄ですから。あなたこそ、ただの人間とは思えませんね」


 手首を掴もうとする腕を払い落とし、怪人は拳を構え直す。


 ふたたび太鼓をたたき割ったかのような音のする連打の応酬が繰り広げられているなかで、

 俺の腹の下で何かがことり、といった。


 腹のほうに血だまりができている。

 怪我をしたときは、重病人は上を向いた方がいいのだが、しとねにとっては、俺が助からないと思っているほうが俺を気にせずに戦えるのだ。十分だろう。

 

 何やらへその上あたりから出てきたものがある。まさぐってみると、二つほどごろごろとしているものがみつかった、石のような大きさだ。

 少し触って確かめてみても、熱い。溶けかけのチョコレートのような形状をしているが、一瞬だけあった光沢がその正体を示していた。


「銃弾、か。信じられねえ」


 受け皿にした手から離れて、床のうえを転がっていくのをとどめる。

 普通、高速回転しながらねじ込まれたものは、その周辺の肉をえぐりとりながら進むため、埋まってしまう。手術で取り出さないかぎりはまともに出てくることはないはずなのだが、どうやら俺の体は違うらしい。

 厚い脂肪のおかげなのか、それとも人間をやめたのか。とにかく俺は、とんでもない生命力が発揮されて生きているようだ。


 その一方で、ヒットアンドアウェイを繰り返す少女と怪人が、確実に今目の前にいる相手の生命を削りにいく光景が、隣で繰り広げられている。


「性格、悪いですね。少女の腹に向かって、攻撃仕掛けるなんて」


「急所を的確に攻撃するのは、戦闘の基本です」


「まあ、そのほうが遠慮せずに戦えますし」


 しとねの一撃が決まる。次いで、ガードに入った下を、一瞬の後隙を狙ってずらし、サイドから二発目。

 上段に三発目をたたき込んだ。


「倒れない」


 一撃で警備員を気絶させる拳を至近距離で何度も喰らっておきながら、ジェット・ブラックは涼しげだった。本来ならばあの一撃で骨が粉砕され、苦痛によって床に倒れ込んでいるころだ。


「舐めない方がいいですよ」


 怪人は、両足をしっかりと広げて、彼女の打撃を片手で一閃した。少女は懐から左奥に突っ込み、流しつつ、二発目の反撃で耳を裂く勢いでうねる蹴りを紙一重でさばきながら、ふたたび距離を置き、前傾姿勢に戻った。


「言うじゃないですか」


「じゃあ、そろそろ片付けますね。わたくしも、性能テストを兼ねているので」


 両者はその言葉を最後に押し黙った。


 怪人の表情は冷たい仮面の下で分からないものの、周囲の空気が張り詰めた感じがする。それは素人目にも分かるくらい、なにかを変えた。殺気が地面を伝って波及するかのように思われた。


 一言でも無駄になるような、空白の時間が2秒ほど続いたときであろうか。


 雷鳴がした。


 少女の体は、理不尽なほど軽々と吹き飛んだ。斜めからうちあがった少女の体は床を背にして宙に舞い、天井にむけて手足が浮いた。


「しとねっ」


 思わず、カモフラージュを忘れて、声が上がってしまう。


「まあ、決まりです。ただの人間に、わたくしたちのような耐久はありませんから」


 人間の身体能力を超えた跳躍。それは、12メートルと、もはや飛翔といってもよいほどの高さであった。そこから黒い人影は少女に回避不可能の強襲をしかける。


 意識を取り戻し、目を開けた少女の前にあったのは、上から突っ込んでくる黒いバトルスーツである。

 上から、慈悲のない打撃が、彼女のみぞおちを打った。

 それは彼女の自由落下の速度の上昇幅を上げ、五体投地によって着地した「ジェット・ブラック」は無傷で地上に降りたった。


「電車の人身事故と同等の衝撃です。これで殺せずとも、脊椎は損傷したでしょう」


 とはいえ少し余裕がないのか、荒い息を上げながら「ジェット・ブラック」は拳を握っている。


 少女の体は再び起き上がる様子はない。ただ数秒間の沈黙が続いていた。

 勝者をたたえるカウントもなければ、敗者への担架もない。

 

 そこには殺人現場としての自然な光景が広がっている。 

 窓から状況を確認している博士が、小さいながらも遠くで何やら興奮しているのが分かった。


「よくやった、「ジェット・ブラック」」


「その呼び名はわたくし、嫌いなんですけど」


 マスクを取り、虫を見るような目で怪人は上の階に視線を飛ばした。やや鼻筋の高い、外見は一見して女性の姿をしている。


「なんか、害虫駆除剤みたいじゃないですか」


 こう言っているが、表情には冗談めいた明るさは微塵もない。


「私はキミの役割を侵入者排除に特化して作ってある。故に名前は間違ってないと思うがねえ」


「いや、普通に不快なので、もう少し回りくどい名前に変えてもらえると助かるのですが。


 博士は不服そうだ。相当ネーミングを気に入っているらしい。仮にも親のような存在を前にしているのにもかまわず、女性のほうはひるむことなく淡々と要求を突きつける。


「それに今の戦闘で分かったと思いますが、わたくしの起用をもう少しだけ増やしていただけません。それでも足りないとおっしゃるのであれば、市街で一暴れでもしてきますが」


 交渉にみせかけた恐喝だ。流石に折れたようで、博士はなんともいえないふぬけ声を出した。


「わかった、考慮しよう。では少女とそこの実験体を回収して、帰投したまえ」


「了解」


 徹底されたモデルウォークで、ジェット・ブラックは歩み寄ってくる。こうしてみればスレンダー美人の上に身長が高いのだ。リアル世界で見れば、十分に数多くの人々から人気を博すであろう風貌である。ただそんな人が現れてお知り合いになることができる分には問題ないが、それが殺意の塊のような実験体で、これからまた無限に生まれるだろう改造人間の母体にされるとなれば、まったくもって話は別だ。


 それに、会って一日も経ってないが、無職童貞の俺にできた、貴重で大事な知り合いが、傷つけられぶっ倒れている。

 

 勝手に貴重な友人枠を潰せば、今後のコミュニティが発展せずに、攻略が詰んでしまう。それは俺の今まで生きてきた人生がそのまま物語っていた。

 いくら性格が悪かろうが、今は失うことができない存在なのだ。


 なにやら怪しい組織に所属しているし、性格はちょっと合うか分からない。でも折角出来た縁だ。断絶して久しい友人関係に見えた一筋の光明を、あんたら大人のおままごと集団なんかに邪魔されてたまるか。



 何やってんだよ。

 見ているだけ、なのか。俺は。


 立て、立て、立ち上がれ。


 血液が腹のほうに溜まっているのがわかる。すっごく重い。そして全身から湧き出る苦痛。

 節々に鉄砲玉が入っているのだろう。某漫画に登場する満身創痍のキャラクターって、こんな荷物を抱えながら戦ってんだな。

 感慨深いものがあるぜ、まったく。


 驚きをもって、怪人はおれを見る。一瞬の隙にしかならなかった。それでも、俺に引きつけることができたなら十分だ。


「お前」


 ただ足を震わせながら、俺は怪人を睨み付ける。


「まだ、生きていたんですね、結構」


 たった二歩で、俺の近くに迫った。敏捷性は確かなものだ。しとねよりもさらに上を行くのは間違いない。足の長さも含め、素では決して太刀打ちすることができないだろう。


「あなたを回収します、決して逃げませんよう」


「ジェット・ブラック」は俺を抱え上げた。と殺が完了した家畜のように、おれは怪人の肩に積載され、そのまま出荷されようとしている。


 その瞬間である。

 俺は両眼を限界まで見開き、全力で拳を握り、口を絞った。


「漏らせえええええ」


 俺は吠えた。下半身に力を集め、特定の筋肉に呼びかける。


 古今東西、あらゆる所を探しても「オシッコを自発的に漏らしたい」と願う人間は、数多くいまい。その多くが不慮のじこであったり、不運であるなどしたことのほうが多く、一度でも「やらかせば」明らかに何らかのトラウマを抱えているはずである。たとえ望むようになったとしても、それは基本的にバレないようにやるのが普通だろう、人に目撃されるのを望んでいる訳がない。

 俺だってそうなのだ。望んでも、目撃されたいとも思っていない。


 ただ、生き残りたいがために漏らす。それは蝉の飛翔と全く同じものであるがゆえに、蝉を捕まえられなかったあげく手にひっかけられたときのような、惨めな思いをさせられる。


 この強制性癖開拓装置を開発したクソエンジニアに、クソを突きつけてやる。


 太ももに湿った感覚がある。勝ちだ。

 この勝負、一瞬でも濡れれば、俺の条件は達成される。


 ジェット・ブラックは思わず、変な声を上げた。そして、一瞬で俺の体から手を離して数歩の距離をとった。そう、一般的な感覚がある人間を改造して戦闘員にしているならば、女性ならば、必ず清潔感を期待する。俺でもそうなのだから、なおさらだ。

 ならば、排泄という行為を自分の体の上で行われることに、ごく正常な価値観を持っている人間が不快感を抱かないはずがない。


 これこそが俺の狙いであった。変身ができればよし、できなくとも時間稼ぎにはなる。


「何をバカな、正気なのか」


「正気も正気、てめえを抑えられれば、それでいい」


「この豚め、薄汚いことを」


 怪人は侮蔑に満ちた目線で、俺の双眸を見る。氷のようなひややかな視線だが、今の俺には正直何の魅力も感じないし、威圧感もない。

 オシッコがかかっているのだからな。ざまあみろ。


 例の、クソロックミュージックが始まった。相変わらず俺の周辺ばかりがアゲアゲでバブリーな雰囲気に変化していくが、俺の内心は決して盛り上がらない。


「はいここで誹謗中傷パートね、知ってんだよその反応は」


 ただ、今回は少し違うらしい。変身中になぜか、「ジェット・ブラック」が攻撃に出たのだ。


 スーツにあった胸部装甲が口を開いたと思うと、そこから突然火を噴いた。怪人のほうは殴る前に炎を浴び、あっさりと悶絶して倒れる。俺も正直呆然としてそのまま棒立ちを続けている。


 「ジェット・ブラック」は転げ回って火を消したところで距離をとり、拳を構えた。


「あなた、やってくれましたね」


 ただ静かな殺意が、怪人の瞳に宿っている。


「博士は生け捕りが望ましいと言っていましたが、わたくしもあなたのことが嫌いです、実験体137、いや、焼豚」


 体内に残っていた銃弾がひとつ、またひとつと地面に落ちていく。スーツから治癒完了、と言う表示が現れているのを俺は確認した。


「初めてみたんだがこの機能・ってかオネショするほど強くなる。屈辱を味わえ――」


 セリフも、強制なのだ。指定の時間になると勝手に口が動く。

 しかしながらそれを聞いた瞬間、彼女の眉間が険しくなった。機嫌は明らかに悪くなっているのがわかる。


「『ブルー』の気持ちが分かりました。わたくしは『ブラック』。今からあなたを殺します」


「やってみるがいいさ、俺は今、あんたに一発食らわしてやりたい気分なんだ」


「上等ですよ、クソ無職」

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